第2話 カフェのバイトさんと「あの人」#2

「あの人なら」と思いながら明美は「あの人」とはじめて出会った時のことを思いだす。バイト先までの25分くらいの軽いお散歩の時間が今までとは違う時間になってしまうのを避けるためにと思いながら明美は歩きながらあの人のことを思いだす。


明美が今のバイトをはじめたのは大学に入学してからまもなくだった。「あの人」と出会ったのは、明美がバイトはじめたから六ヶ月くらい時間が過ぎたごろのある秋の日だった。あの日はひどい秋の雨の日だった。バイト先のカフェは明美が通ってる大学の近くにあり、明美と同じ年齢の学生たちがよく通う賑やかなカフェだった。

あの日は秋の大雨のせいか、ほとんど客も来ず、明美一人だけ仕事をしていた。たまに来る退屈なバイトの時間を彼氏とラインのやりとりをしながら楽しんでいたり、秋の雨音がララバイに聞こえてしまうほどの暇で退屈なバイトの時間をつぶしていた明美だった。その暇で幸せな時間をしゃましたのは「あの人」だった。傘なしで大雨の中を走って入って来たに違いないずぶ濡れ姿。そのカレの姿を見たとたん明美は更衣室にあるタオルを取りに走った。

世話ずきな明美だけあってこんな時も素早く行動したと思われるだろ。けれどこれはあくまで「あの人」のことだからできた早さで明美本人は死ぬまで一生気づいてないことだった。


あの時からだった。気づいたら「あのひと」は季節がいきなり猛暑から秋へと変わったかのように突然、または自然に明美の世界に入ってきた。あの秋の雨の日はたまたま「あの人」が雨に降られ傘も必要なだけでたまたま二つあった傘を「あの人」に貸したつもりだけだったし、あのときは「あの人」のことをなんとも思っていなかった気がする。当時つきって半年をすぎた今の彼氏との関係もよくて学校の勉強やバイトなどで忙しかったからだ。同時の明美の彼氏は今日みたいに無愛想でもだんまりでもなかった覚えがある。


彼氏のことを過去形で表現してしまうのが申し訳ないけど本当にそうだった。その彼氏との関係が悪くなった今、思い返してみると「あの人」の存在を大きく感じている。カレはそういうひとだ。いや明美から勝手にそう思っているだけのことかもしれない。

とにかく「あの人」はそういう人だった、そういう人だ。何気なくする挨拶もかけてくる言葉も見せる笑顔も後で考えてみると自然に脳みそに焼き付けられたかのような存在。わざわざ思いだそうとしなくても自然に覚えてしまう存在。一見みるとそこまでカッコイイとはいえないかもしれないけど、時々みるあのひとの私服の着こなし方

や季節の代わりにみせてくれる服装は毎日屋内で働きっぱなしの明美の目を引くものだった。いや明美があの人のことを気にしはじめたからこそ、そう思ってしまったかもしれない。「あの人」は明美にとってそういう存在になってしまったのだ。

など、何となく「あの人」のことを考えて歩いていったらすぐバイト先のカフェに着いた。


「明美早いね。」

「あ、店長おはよ。」

「おはよ。今日は普段より早いね。いつも早く店こなくていいのに、ごめんな。」

「いいえ、すいません。」

「いやいや別に誤ってもらいたくて言ってるんじゃないからさ。」

「あ、はい。」

といつものことながら他のバイト仲間より店につく時間が早い明美と、その明美を向かえてくれる店長、その店長との短い会話が仕事をする前のすべてのことだ。


店長は毎日朝一店に来てオープンの準備や在庫管理などで急がしいので店に来ても店長と話する機会があんまりない。それでお互いに長い付き合いし、ほとんどのシステムを明美も知っている。故に、店長から特に話すことがないかぎりわざわざ声をかけてくることはあまりない。それが楽でいい。

お互いに信じあってる感じ、明美はそれが好きだ。人間関係でこういうのがうまくできているいい店長だと思っている。そう思いながら自分の彼氏ことを思いだす。

自分の彼氏には一生できなさそうな信頼関係が、彼氏に言われた今朝の別れ話で完全に壊れそうになったのた気がした。彼氏とのトラブル増えてどんどん悲しくなるのを最近感じてから今日にいたるまで、明美には悩みが増えている。今後のことの心配で頭がいっぱいだ。


なので、今氏とのことで機嫌があまりよくない明美は、普段よりも増して無愛想な自分の挨拶を後悔してしまう。一瞬心配しながら店長の表情を伺うも、さいわいお人好しの店長は普段のままのようだった。「ふだんならこういうこと気にしなかったのに」と色々な気持でバイトへ行くのは良くないと改めて思う明美だった。

「いい店長さんでよかった」とほっとしながら店長に聞こえないよう小声で呟いた。

更衣室で、というよりほぼ在庫保管室みたいな狭いへやで私服を仕事着に着替終えながら鏡に映る普段よりまして無愛想な自分の顔と表情をチェックしている明美。


「あの人」なら今の自分の強張っている顔をみてどう反応するだろ。

「あの人」なら今の自分の気持に気づいてくれるだろか。

「あの人でなら。。あの人となら。。」と考えてはいけないことを考えているとき

、「あの人」の存在が明美の心のなかで次第に大きくなりはじめようとするそのとき聞こえた「おはよ」というバイト仲間の声で我に返った明美だった。

「おはよ、明美ちゃん。今日も早いね。」

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