第4話 パワハラ上司は金が欲しい

「ふぅ。 『ようこそ』ねぇ…… 」 

 スーツ姿の男は、珍しく猫背気味でそう呟く。


 その場で明らかに浮いているスーツ姿の男:羽輪原ぱわはらあつしは、傭兵や商売人らが集う商業組合事務所ギルドの、奥のテーブルに着き、一人で《ひとり》頭を抱えていた。

「ここが、本当にイシュハルという街だとして、俺は何故こんな世界に…… 」


 羽輪原ぱわはらは、水の入った白いコップをテーブルの上で少し傾けた。

「考えられるのは、刺されて死んで、生まれ変わった? しかし見た目はそのままか…… 」

 どこか遠くを見るような目で手元のそれを眺めている羽輪原。


 奥の事務カウンターでは、白いよろいの女騎士:レイナ・フリューナが、先ほど羽輪原が倒した獣の素材を売る手続きを行っている。


「少なくとも、これからしばらく、この世界で暮らすことは間違いないだろう。 だとすれば―― 」

 羽輪原は、向こうでレイナが銀貨を受け取っているのをチラ見して、それから視線を、近くの掲示板に移した。


 「金が要る」

 羽輪原は、まるでとびきり苦いコーヒーを飲んだような顔で、眉をひそめた。



 羽輪原ぱわはらはレイナの案内で、一度ギルドを出た後、その近くにあった飲食店に2人で入った。

 他の4人の騎士たちは、疲れたのだろう。 もう既に帰っている。


 レイナは席に着くなり店員に何品か注文をして、それからテーブルの上に、膨らんだ布袋をストンと置いた。

「さっきの魔物がいい値で売れました! これは羽輪原さんの分です! 」

「銀貨か」

 羽輪原は受け取った布袋から硬貨を1枚出すと、手のひらの上で転がしてみせた。


「それと、ここは私が御馳走ごちそうしますので、遠慮なくどうぞ! 」

「おぉ…… それは助かるが、いいのか? 」

 羽輪原はこの世界で一文いちもん無しだったが、社交辞令として一応レイナに聞き返す。


「もちろんです! 助けていただいたお礼ですので! 」

「そうか、では有難く」

 羽輪原は銀貨を袋に戻して、それを自分の近くに寄せて置いた。


 店内はわいわいと客の声がにぎやかに響いていて、店員が木の床を力強く歩くたびにゴトンと重そうな音がする。

 しばらくすると、羽輪原とレイナのテーブルにも、大皿が運ばれてきた。


 羽輪原は躊躇ちゅうちょなく料理をフォークで口に運ぶと

「これは、なかなか美味いな」

「それはよかったです! 」

 それを聞いてレイナは満足そうに笑う。


 羽輪原は料理を食べながら、羽輪原の来た経緯けいいについて、全ては話さないが、似た例が無いかレイナに質問をした。

 残念ながら、他の世界からの転移については、何の情報も得られなかったが、『羽輪原の着るスーツのが、勇者の伝承に若干じゃっかん似ている』という話があった。


「あまりお力になれず、申し訳ないです 」

「できれば早く知りたい、何か思い出したら教えてくれ」

「はい! 」

 羽輪原ぱわはら若干じゃっかん上から目線な言動も、レイナは気にしない。


「ところで、さっきの建物に掲示板があったが、あそこは仕事の斡旋あっせんをしてくれるのか? 」

「はい、その通りです。 羽輪原さんは傭兵ようへいのお仕事を探すおつもりなのですか? 」

傭兵ようへいか…… 内容は未定だが、まずは急ぎで金が欲しい」

「なるほど…… 私の仕事先だと、手続きに時間がかかりますし…… 」


 うんうんうなりながらレイナは、右手の拳を顎に当てて、少し考えるポーズをして

「でしたら、戻って知り合いの職員に良い仕事を回してもらいましょう! 」

「伝手があるならだまされるような心配もまぁ少ないな、頼む」

 常に人を疑っているような態度もレイナは気にならない。


 支払いを済ませて、2人は再びギルドを訪れた。





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