第3話 パワハラ上司,異世界だと気付く


「なんと! それでは羽輪原ぱわはらさん、剣をにぎったのは今回が初めてなのですか?! 」

 羽輪原ぱわはらあつしの話を聞いて、白いよろいの女騎士:レイナ・フリューナは目を丸くした。

「あぁ、剣道も演劇もやったことはない。 ゴルフクラブなら握ったことはあるが」

「ごるふくらぶ……? 」

 きょとんと首をかしげるレイナ。



 羽輪原と5人の騎士たちは、草原を抜け、小さな森の間を馬車に揺られていた。

 馬車のほろは曲線の屋根をしていて、淡いベージュ色の布が張られている

 羽輪原とレイナは、馬を操る御者台ぎょしゃだいのすぐ近く、比較的景色の見えやすい、馬車の前の方に座っていた。


 車輪がガタゴトと土色の小道を進む音と、そよ風が植物の葉先を撫でる音とが心地の良い、暖かな晴天の昼がりであった。


 そんな穏やかな気候に見向きもしない羽輪原は、シャツのそでをずらして腕時計を確認し、目をすがめてから

「おい、ずいぶん経ったが、まだ着かないのか? 」

「街はもうすぐです! ほら、城壁が見えてきましたよ! 」

 羽輪原の力量に感動しているレイナは、彼の少々不機嫌そうな態度も全く気にならない。 明るく元気に返事をした。


 少し身を乗り出し、レイナが指さした方を見上げると、緑の木の葉越しに、焦げ茶色をした高い壁の上端じょうたんが見えた。

「ん? 」

 見慣れない建造物に違和感を感じた羽輪原ぱわはらだったが、それが近づくにつれて、その感情は大きな驚きに変わった。



 馬車が森を完全に抜けて、視界が一気にひらける。 

「な、なんだこれは?! テーマーパークか?! 」

「さぁ着きましたよ、羽輪原さん」

 目の前でにこにこ笑顔を浮かべているレイナの表情は、もう羽輪原の視界には入らなかった。 


 そびえる巨大な石造りの壁、大きく開け放たれた立派な門とそこを往来する人々の活気に羽輪原は目を奪われた。


 長いローブ姿の男が杖を抱えて歩き、犬の耳や尻尾しっぽを生やした女性はとびきり大きな荷物を背負っている。 

 豪奢ごうしゃな馬車の御者台に座り、両手の紐で馬をぎょする筋骨隆々の老人と、後ろの座席から身を乗り出したドレス姿の少女は、何か楽し気に談笑しながら門をくぐっていく。


「うそ…… だろ。 おい、ここは、どこなんだ…… 」

 羽輪原は昔から頭の回転は早い方だったが、その人生において、はじめて、理解の全く及ばない状況にいると感じた。


 複数の大きな街道が左右から合流し、人は続々とやってきている。 

 その規模や賑わいが、その景観が決して作り物ではないことを物語っていた。


 レイナ・フリューナの身に着ける白い鎧も、その様子にとても良く合っている。

「たしか、この街は初めて、なんですよね?」

 というレイナの質問に 

「あぁ…… 」

 すっかり気の抜けてしまった羽輪原は、弱い口調で言葉を返す。


「ふふっ。 立派な街ですよね、中もすごいんですよ? 」

 と羽輪原の表情を見たレイナは、少し微笑んでから

 風に揺れる自身の前髪を右手で軽く整え、続けて


羽輪原ぱわはらさん、ようこそ! イシュハルの街に! 」




 羽輪原ぱわはらあつしはここにきてようやく、自分がどこか遠い世界に迷い込んでしまったのだという事実に気付いた。






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