第5話

「杏だけに教えてあげる」


 きれいな形の唇の端をキュッと引き上げて、清美きよみは笑った。

 白いローブを纏い、背中に大きな羽をつけて頭にエンジェルリングを付けた清美は、あんには本物の天使のように見えた。


「本当はね、この天使役、最初は杏に決まってたの。だけど、金飯かないいと寝て、私に役を回してもらったのよ。私もいい年だし、焦りがないわけじゃないからさ」


 なんでもないことのように、清美はそう言って杏を見たが、杏にはその言葉が俄には信じられなかった。清美はいつだって努力を重ねて実力で役をもぎ取っていたのだ。それは近くで見ていた杏が一番良く知っている。


 呆然とする杏に、清美はぐいっと顔を近づけて目を覗き込んできた。


「あなた、本気でこの役をやりたいと思ってた?どこかで諦めてなかった?自分には無理だって。甘いのよ。そんなことだから、役を奪われるの。もっと本気出したらどうなの?」


 清美の言葉は図星だった。

 どんなに頑張ったところで、いつも主役は清美が演じるのだ。自分はいつでも清美の引き立て役でしかない。


 イラッとした杏は、思わず清美のエンジェルリングを掴むと、階段下に向かって投げつけた。


「ちょっと杏、何するのよっ!」


 慌てたように清美は階段を降りかけ、ローブの裾を踏んでバランスを崩した。


「きゃっ!」


 スローモーションのように、清美の体が宙に浮かび上がり、階段に向かって沈み込む。

 すぐに手を伸ばせば、その背中を掴むことはできたかもしれなかった。だが、一瞬の躊躇いが清美の背中と杏の指先の間に僅かな隙間を生んでしまった。

 清美はそのまま階段を転がり落ち、不自然な体勢で踊り場に横たわったまま、動かなくなった。

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