第5話 3回目後編。
『グレースと女騎士団の邪魔をせず結婚する方法を、どうか一緒に考えて頂けませんか』
王族は勿論、貴族の素養すらも未だに未成熟な僕は、王であるお父様とお母様に頼み込む事で精一杯。
真剣さと必死さを見せるしか、今の僕には出来無い。
《うむ、良いだろう》
『そうね、アナタが単身で乗り込んで来たら断っていたのだけれど、クロウが居るのだし、良いでしょう』
《ですが先ずは考えて下さい、どうして僕が居る事で受け入れて貰えたのかを》
『味方も相談相手も自ら用意せず、ただ願うだけでは、あまりに他力本願。かと言って大勢を引き連れては混乱を招きかねない、だからこそ仕事で最もグレースと近しいクロウを呼んだ事、呼べた事が評価されたのかと』
《あぁ、そうだ》
『じゃあ、どうしちゃいましょうね』
《ですね、先ずは草案をお願い致します》
『僕だけで考えていた事なので、抜け漏れは多いとは思いますが……』
グレースの冷たい態度には深い考えが有る。
その事を理解出来た頃には、僕はグレースが好きなのだと自覚していた。
いつでも彼女を探してしまうし、一度見付ければ目が釘付けになってしまう。
好きだからこそ、冷たい態度に傷付いていた、優しくして貰えない事が不満だった。
けれど、もっと嫌な事は、最も避けたいのは好いて貰えない事。
だからこそ頑張った、王族の勉強も何もかも。
グレースに見合う為、認めて貰う為に。
でも邪魔者が居た、クロウが邪魔で仕方無かった。
けど、僕が我慢出来る様に、僕の為にグレースを遠ざけてくれていたのだと。
それが全てでは無いにせよ、こうして同席してくれた事で、少しは信頼すべきなのだとは思う。
でも彼はグレースを愛している。
だからこそグレースを守り、女騎士団の設立までも手伝った、未だに恋敵で有る事に変わりは無い。
ただ、敵では無い事は確かだとは思う。
《成程、女騎士団の場合は退任時期や条件を設ける、か》
『はい、条件を絞り女騎士が困らない様に内規を更に追加すべきかと』
『そうね、あまりに職を優先されては困るもの』
《急場でしたから近衛兵の内規を当て嵌めただけですし、元から内規の追加は想定していましたから、問題は無いかと》
《しかも、王族との婚姻は禁止、か》
『はい、癒着や専横を防ぐ為に。でも、そこが問題なんです、そうすべきですけど、僕はグレースを諦められない。王子としてはダメだとは思います、王族として生きたのが僅かだからかも知れませんが、何より欲しいのはグレースなんです』
《廃嫡、か》
『ですけど、結婚の為の廃嫡は意味が無い、しかも望まれない。だから、どうしたら良いのか』
ココに居たから、救われたからこそグレースを好きになって、良さも分かった。
それに恩も有る、いつか体を売る時が来ていたかも知れない、そんな窮困から救って貰った。
でも、この国は僕が居なくても、僕が王子じゃなくても困らない。
《僕から1つ、宜しいでしょうか》
《あぁ、クロウ、何か良い案は出たか》
《酷な事を申しますが、廃嫡の際に去勢を、と思っていたんです。そこまでしなければ、いつか市井にも特徴を持つ者が現れ、果ては政治に利用されてしまう》
《あぁ、だが》
《なのでジェイド様には廃嫡より、死亡が良いと思うんですよね。修道院入り等も色々と考えたんですが、どうしても辿る事が可能となってしまう。ですので、死亡を偽装し辺境に行って頂く、ただお子さんは王宮で引き取らせて頂く必要が有るかと》
《果ては血縁を利用されてしまう、だが》
《全てを手に入れる事は不可能、そうお考え頂けないのでしたら、僕は反対です。グレースの心もお子様も何もかも、それは流石に無理が過ぎます、何かしら諦めて頂く必要が出る筈です》
やっぱり、クロウは敵か味方か分からない。
グレースに子供を手放させるだなんて、僕には。
《オスカー、いやジェイド、他の案も模索はする。だがコレはお前が良く考え決める事だ、覚悟を持ち、熟考しなさい》
『はい』
僕はグレースを得る為なら、何でも出来る、何だって捨てられる。
命も、何もかも。
「私の為に、死を」
『うん』
「もし、私との子が出来た場合は、どうなさるおつもりでしょうか」
『無事に3才になった場合、姉上や兄上の子になって貰います、万が一にも王族の血を市井には出せませんから』
「どう、偽装するんでしょうか」
『体が弱く表に出せなかった、又は暗殺を警戒して、若しくは影武者を立てます』
「あまりに手間では」
『手間を惜しむ程度の気持ちではありませんし、本当は一緒に育てたい、でも一緒になるにはコレしか無いんです』
「何も、茨の道を」
『容易い道だからと言って愛してもいない者と婚姻を果たす為、僕は頑張ったワケじゃない、グレースと結婚する為に僕は頑張っていたんです。一緒に愛を育んで下さい』
ある意味、子を成せないかも知れない事が、逆に私の利点となる。
そう考える日が来るとは。
けれど、本当に、全く子が成せなかった場合。
私は私を許せるんだろうか。
「少し、考えさせ」
『もし子供の事を考えているなら、もしかすれば僕にも責任が有るかも知れません。どちらが原因かは分からない、でも出来るかも知れない、先ずは沢山試してみましょう』
「妾は、絶対にダメです」
『はい、勿論です』
「もしどちらかが早世した場合、再婚をしっかり検討して下さい」
『はい』
「それから、お仕事はどうなさるんですか?」
『貴族の養子になるので、領主の仕事の補佐と家事で、半ば養って頂く事にはなるかも知れないんですが。もう少し稼げと言われたら』
「養わせて下さい、お願いします」
『はい、宜しくお願いしますね』
そして直ぐに王子は王宮内で病に倒れ、早世し、国葬が行われた。
亡き王子の意向に伴い、質素に、静かに執り行われる事に。
一方の私は女騎士団の団長を辞め、新しい仕事に就いた。
辺境の地を転々としながら、女騎士や近衛兵として有望な者を勧誘しつつ、領主や犯罪者の監視を行う。
新設されたばかりの、地方視察団員となった。
そして視察中に出会った貴族の息子、貴族の養子となった元庶民ジェイドと結婚する事に。
彼の肌は透き通る様に白く、瞳は青、髪は茶色。
昔の怪我で背中には小さな火傷が有り、齢は私の少し下。
計算は得意なものの、元は庶民だった為、幾ばくか世間知らず。
けれど非常に歌が上手い。
それこそ王族並みに、声も何もかもが素晴らしい。
《歌は程々にして下さい、あまり目立たれては困りますから》
『うん、今後はグレースだけに聞かせるよ』
「ぁあ、はぃ」
《はいはい惚気ないで下さい殴りますよジェイド》
『良いよ、前に一発殴っちゃったし』
「私が受けますから止めて下さい」
《それは気が引けますし他の方法で》
『はい準備終わったよ、行こう?』
「はい」
視察団には近衛兵長のクロウが定期的に訪れ、連絡係をしてくれている。
私の為、ジェイドの為、国の為に。
コレが幸せなのかも知れない、そう思った。
結婚式をし、初夜を迎える直前。
ジェイドは自刃し、亡くなってしまった。
《グレース》
「何故、どうして、こんな」
《きっと、彼も思い出したんですよ、前世を》
「彼も、とは」
《僕も思い出していたんです、ある意味で途中から、ですが》
「それが本当だとして」
《最初、と言うべきかどうかは分かりませんが、兎に角何回か前のアナタはジェイドに、王子によって処断され断頭台の上で亡くなったんです》
「だからと言って」
《本当に愛しているからこそ、自分が許せなかったのでしょう、前世の自分を》
「いや、だが」
《思い出せませんか、成程》
「待てクロウ」
《私もアナタを愛してたんです、だから処断にも加担した。せめて、今世だけでも、願いを叶えさせて下さい》
「待ってくれ」
《もしかしたら、僕の狙いはコレだったのかも知れませんね》
あぁ、思い出した。
私は辺境に送られ、襲われた。
だが、こうして撃退したんだったな。
「落ち着けクロウ」
男には女には無い、急所が有る。
そこを見事に蹴り上げられ。
《ぅう》
「そんなに痛いか」
《痛い、と言うか、痛いですし、苦しい、です》
「大変だな男は。情愛に振り回され、肉欲に振り回され、いっそ宦官にでもなってみるかクロウ」
《いえ》
「あぁ、私も思い出したぞクロウ、良くやってくれたな」
《すみません》
「いや、良い意味でだ、以前の私なら女騎士団の設立なんぞ考えもしなかった。ありがとうクロウ」
《あの、王子と、ジェイドと結婚させた事は》
「構わん、大なり小なり悪いと思った事は無いんでな、構わんよ」
《ですが、処刑され》
「あぁ、そこだ、こうして死なれてしまっては説明が、お前に頼めるか?」
《はぃ》
僕は蹲ったまま、僕が知る全てを話した。
前も、その前についても。
「成程な」
《あの、すみませんでした》
「良く分からんが、それだけ情愛が有ったのだろう、お前にもジェイドにも」
《はい》
「だが、死なれてはな。話し合いも何も出来無いんだが、どうしたものか」
《もし、やり直す気が有るのでしたら》
「だがやり直してどうなる、次に私が思い出したとしても、ジェイドと関わる気は無いぞ」
《ですが、多分、少しでもお会いする事になれば、惹かれる事になるかと》
「んー、困ったな、女騎士団は捨て難い案だ」
僕が襲った事すら、意に介さない。
あぁ、前に襲われたと報告が有ったのは、本当の事だったんですね。
《僕の気持ちを受け取る事は、やはり難しいんでしょうか》
この少しの間すらも、期待してしまう。
こんな事をした僕すらも、許しそうなグレースに。
「そんなにか」
《今回は、機会が有るな、と今さっき魔が差しただけです。上手くいって欲しいと、思ってました》
「だが王子は死に、機会に恵まれ気持ちが抑えられなくなった、と」
《はい》
「片や前世を思い出し、自死、情愛とは実に厄介だな」
《王子を愛しては》
「分からん、コレが幸せなのかも知れないな、と思ってコレだ」
《良いんですか?仮にも殺せと命じた者ですよ》
「情愛故、なのだろう、しかも自覚の無い歪んだ情愛。そして他人に歪められての事なら、幼稚さや愚かさは仕方無い事だろう」
《王子は、ですね》
「いやお前もだろう、結局は今世でも前世でも結婚していない、しかも最初と言うべき時には子は居ても情愛を理解していなかったんだろう。情愛は奥が深い、と兄も義姉も言っていた。私にも未だに分からん事を、どう断罪出来る」
真っ直ぐで純粋。
だからこそ、計略を巡らせず謀らず、真正面から僕らは勝負していれば良かった。
今回も、失敗してしまった。
《すみませんでした》
「いやそれよりだ、どうしてお前は直ぐに記憶が戻っていたんだ?」
《やり直したい、そう強く思うかどうかが、鍵なのかと》
「あぁ、成程な。処刑された際に私は強くやり直したいと願ったが、前も、その前もやり直したいとは思わんかったからな」
《すみません、僕のせいです》
「いや、だが良い事も聞けた、まさか侍女が家族をも脅されて向こう側についていただけとはな。うん、家族に疎まれていたのかも知れんと、アレは本気で心が折れた」
《そこも、すみません、確信が持てなかったので》
「いや、気にするな、もう終わった事だ」
《それで、どう》
「自刃も断頭台も怖いんだが、また、頼めるだろうか」
《はい、喜んで》
「すまない、ありがとう」
やっと、償えたかも知れない。
だが王子には、ジェイドにはまだ、償えていない。
今度こそ、きっと。
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