第4話 3回目前編。

 どうやら記憶を取り戻すには、条件が有るらしい。

 やり直したい、そう思った者だけが、真っ先に記憶を取り戻せるらしく。


「よし行くか」

《少し待って下さいグレイ、いずれは僕らの上に立つ方かも知れません、フードを取り丁寧に接するべきかと》


「あぁ、そうだな」


 それからは前々回と前回の知識を使い、王子とグレース、果ては国の為に。

 出来るだけ邪魔者を排除する事にした。


 コレでもう、大丈夫だろう。


 その見通しが甘い。

 その事に気付いたのは、王子が王宮入りして1ヶ月も経たない頃だった。


《グレイ、もう少し王子に優しく出来ませんかね》


「何故」

《彼は騎士になるワケでは無いんですし、事情が事情なんですから》


「だが、私が同じ年の頃は」

《アナタは様々な方から教育を施されました、ですが彼は違います、どうか幼くも無垢な子供だと思ってあげて下さい》


「それはそれで失礼では無いだろうか、腐っても男、彼の男としての性質を尊重すべきでは無いだろうか」


 僕は何処かで、彼女は単に愚直なだけなのだ、と。


 前世の記憶にでも引っぱられたのか、無意識に彼女を侮り、ココまで慮っての事だとは思わず。

 驚いてしまった。


 そう、前にもグレースを知る事もせず、前々回でも知ろうとはしなかった事実に驚いた。


 理解し、知ろうとしなかった。

 なのにも関わらず、僕は惹かれた、あの処断された時も僕は何処かで惹かれ続けていた。


 だからこそ排除した。

 王子の恋心を察し、奪われる前に、と。


 だから彼が処刑されないと知って、僕は嬉しかった。

 同じ場所で直ぐに会える、と。


《そう慮ってらっしゃるとは思わず、失礼致しました。ですが加減をして下さい、甥御さんも姪御さんもいらっしゃるんですよね》


「まぁ、そうだが」

《先ずはアッシュ様やマリー様とご相談なさって下さい、僕も付き添い事情を説明致しますから》


「分かった」


 そう、彼女は素直だ。

 疎まれ妬まれる事に対しても察知はしている、けれども個人の思いを無理に変える必要も無い、と。


 圧倒的な心根の強さが有る。

 だからこそ、あの裏切られた状況は本当に彼女の心を粉々に砕いた。


 打ち砕かれ殺される恐怖が有ったからこそ、彼女は諦めた表情を表に出した。

 生きる事すら、諦めた様に思えた。


 僕は前回も間違えた、前世の記憶が無いにしろ、僕のエゴで僕のものにしようなど明らかな間違いだ。


 王子は素直で聞き分けが良い、だからこそ騙された。

 僕は、その素直さと純粋さを生かすべきだったのに、利用した。


 彼がグレースに恋心と葛藤を抱いている事を察知していた、知っていた。


 だからこそ、本当に奪われてしまうかも知れないと無意識に考え、2人が仲違いするままに放置した。

 何故なら僕には婚約者がおり、破棄する考えも無かった、けれど2人には婚約者すら居ないまま。


 もし万が一にも上手くいっては、もう間に入り込む事は難しいだろう。

 そう思い、王子を道連れにした心中だった。


 ただ、言い訳をさせて欲しい。

 あの心持ちが惚れた状態なのだ、と僕は本気で分からなかった。


 目が離せない状態を、あの苛立ちや破壊衝動を、恋だとは思ってもいなかった。


「成程な」

『事情は分かったわ、クロウ。グレース、だからこそ中庸を行くべきじゃない?』

「私は中庸のつもりですが」


「いや、扱いが大人に寄り過ぎだ。しかも彼は敵味方の区別が未だに付かない状態、だからこそ、彼には味方だ、と」

「いずれ決まる婚約者様に誤解されては困るかと、こんなのでも女は女ですから、親しくするのは寧ろクロウの方が良いと思います」


《アナタは、少しは自分の成果を》

「皆のお陰だ、それに私よりジェイド様の威信の方が重要、脅かされる事が無い道を選ぶべきだろう」


 前々回も、そう思い厳しく接していたのだろう。

 だと言うのに、僕は。


「それも分かるが、加減だ、敵だと思われない様に接するべきだろう」

『そうよ、幾ら賢い子でも、アナタの事を理解しているとは限らない。聞いてるわよ?冷血冷徹と言われてるそうね?』

「それで困るのは愚か者、敵だけで」

《ですが、どんな評判でも過ぎれば悪用されかねません、せめて王宮内では程々が丁度良いかと》


「そうか」

「こうしてお前の事を気にする者の為にも、何処かで優しく接してやった方が良い」

『そうね、3人だけの時にでも、しっかり褒めてあげなさい?』


「機会が有れば、善処したいと思います」


 彼女は聡明さも忠誠心も兼ね備えていたのに、僕は穿った見方をし過ぎていた。

 このやり直せた人生で、今度こそ、2人を幸せに。




『あの、辺境に行くそうで』

「はい、防衛指南に参ります」


『字の練習に手紙を書いたので、試験と思い読んで頂けませんか』


「こうした事は、クロウに頼むべきかと」

『でもアナタに読んで貰い、返事が欲しいんです』


 私は腐っても女だ。

 異性との手紙のやり取りなどしては、ジェイド様の婚約に問題が生じる筈、だと言うのに。


 どうして王妃様は私に受け取れ、と笑顔で圧を掛けて来るのだろうか。

 しかも王様まで、このままでは処されそうな程の圧を、何故。


《では僕も関わりますから、それなら身の潔白も証明出来るかと》

「あぁ、すまない、頼んだ」


 今度はジェイド様が少し不服そうだが、まぁ、王妃様達が説得してくれるだろう。


 それにしても、どうして私などに関わろうとするのだろうか。

 もしかして、物珍しさだけで、好意や憧れ等が混在を。


 なら、帰郷の暁には女騎士団を作るべきだな。




《お疲れ様でした》

「あぁ、お前も休んでくれクロウ、助かった」


 どうしてか、前回や前々回とは違い、何故か女騎士団が創設される事に。


 いや理由は分かるんですよ、王子の誤解や錯覚を解く為にも、とグレースが考えての事だと。

 相談も受けましたし、分かるんです、分かるんですが。


 本当に設立が正式に決まり、いずれは近衛兵にも、と。


 歴史が変わり過ぎです、こんな事は無かった。

 それこそ話も、いえ、出ても僕が潰していたでしょうね。


 そして、だからこそ、このせいなのかどうか。

 人様の恋路をどうにかする事程、難しいものは無い、と実感させられている。


 王族と近衛兵の結婚など、本来は有ってはならない。

 だからこそ、2人が一緒にならないまでも、せめて誤解が無い様にと細心の注意を払っていたんですが。


 追い掛ける王子、逃げる女騎士団長、そんな姿を毎日見る事になるとは。


『グレース、邪魔するね』

「ダメです帰って下さい、クロウも帰す所なんですから」


 彼は笑顔で圧を掛けて来る。

 まぁ、今世は僕の償いも含めての事なので、王子には従うんですが。


《折角ですし、お茶にしましょうか》

『頼むね』


 辺境での防衛指南と平行しつつ、グレースと共に邪魔者を排除していたんですが。

 それが王子の情愛の火に油を注いだらしく、どの前世でも違う状態となってしまい。


 人様の恋路、人生をどうにかする、等とは如何に難しいかを実感させられています。

 凄く。


「それで、今日はどの様なご用件でしょうか」


『クロウかどっちか選んで?』

《あ、僕は遠慮させて頂きますね、単なる仕事仲間ですし》


 彼も察しが良い、その事を忘れており。

 僕は王子に殴り倒されてしまった。


 こんな風に彼のプライドを傷付けるつもりは、全く無かったんですが。


「ジェイド様!」

《僕は大丈夫ですから、グレース様は少し席を外して下さい》


「だが」

《男同士の話なので、お願いします》


「分かった」


 あぁ、僕のこうした余裕、態度が気に食わないんですね。

 分かりますよ、凄く良く分かります、僕も嘗てはグレースに抱いていた感情ですから。


《僕が余裕そうに見えるのはグレースのお陰です、僕も嘗てはグレースが疎ましかった、それ程に彼女は清廉潔白なんです。ただ、余裕から譲ったワケでは有りません、グレースにしてみたら僕は仕事仲間、僕とグレースの結婚は有り得ないんですよ》


『何故』

《近衛兵長の僕と、副官であり女騎士団長であるグレースが結婚、などとは女騎士団も近衛兵も貶める事に繋がります。そうして仕事と信頼を得たのか、と誤解されては困る、しかも後世に伝統行事だと誤解されても困ります。近衛と女騎士団は其々に独立しており、中立性が高いと示すには、関係者同士の婚姻は忌避すべきですから》


 やはり、幾ばくかは悩みましたよ、万が一にも婚姻は果たせなくなってしまうと。

 ですが私利私欲より国益、そしてグレースと王子の為。


 せめて今世では立派に生きたいじゃないですか、償いの為にも、恥を少しでも少なくしたい。


『だからこそ、どうして』

《清廉潔白で高潔、僕には無い騎士としての資質を全て持ってるんですよ。女なのに、年下なのに、全く私利私欲に走る気配も無い。誤解を恐れず周りを信頼し委ね、完璧では無いからと常に努力し続け、それらを苦と感じる素振りも無い。彼女は騎士として完璧なんです、補佐して当然では》


 分かって下さい、分かっている事を。

 だからこそ、完全にアナタを応援する事が難しい事も、分かって下さい。


『僕は、グレースの邪魔になるだろうか』

《それはアナタ次第です》


 アナタの一挙手一投足に、グレースの、女騎士団の未来が掛かっている。


『僕は王子としては日が浅い、だから、一緒に相談に行ってくれないかな』

《はい、喜んで》


 僕からは出ないんですよ、アナタ方2人をくっ付ける案。

 手詰まりなんです、風紀を乱さない方法は僅かなんですから。

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