第3話 2回目後編。
僕がグレースを殺す夢を、グレースが。
『僕にそんな気は』
《例えば、です。例えば強引に担いで連れ去られ、厳しく躾けられ続け、果てはグレースが勝手に婚姻を果たそうとする。そうして自分から離れ様としたら、どうですか》
『その夢の中で』
《例えば、です、婚約者も居ないままだったそうです。こうして1つ1つは小さい事でも、折り重なり大きくなった場合、それらを仮定しての事です。グレースは夢で、その悪夢では理由を殆ど聞かされてはいなかったそうです》
『その、理由を少しは』
《何も分からない僕を利用する為、その為に情まで利用するだなんて。と、グレースは否定したそうですが。素直に最初から言ってくれたら、きっと今の言葉も信用していたけれど。けれどアナタは僕を謀った、さようならグレース。そう言われ、少しして首が落ち、視界が回転したそうです。その時は強引に連れ去った場合だったそうで》
『だから、死にたくないから僕に、親切に』
《だけでは無いと思いますが。憎悪と悲しみ、何かしらの情愛の残滓を目に見たそうです》
『それは、その夢は僕と出会う前に』
《はい、直前に白昼夢を見たそうです》
『クロウは、それを前世だ、と』
《はい、もしかすれば前世だったのではと。彼女は真っ直ぐで純粋で、こんな冗談や妄言を言える様な人では無いですし、実際に排除した者達には確かに悪しき繋がりや企みが有りました。政治や情勢には疎い筈の彼女に察する事は非常に難しい筈が、です》
『女騎士だからこそ、関わらせて貰えないから、ですよね』
《はい、近衛兵だからこそ、女騎士だからこそ。政に巻き込まれない為、近衛兵としての力を削がない為に、そのお陰で騎士団の中立性は更に高まりました。だからこそ僕は疎ましかった、何もせずに周りを変え、結果として功を立てた。しかも自分は欠点だらけだ、と常に努力を怠らない、見習うべき部分が多くて凄く苦手だったんです》
『でも』
《アナタに優しく接する姿を見て、意外と人間らしい姿を見て、グレースが良いと思いました。ですが僕も処断に加担していたそうで、表情すら変えず、アナタの隣で眺めていたそうですよ》
『今なら考えられない事ですけど』
《荒く扱われ厳しくされ、それでも惹かれていたのに、グレースに婚約話が持ち上がったと知ったら。殺したくはないですか?》
その通りだな、と。
そう思った瞬間、全てを思い出してしまった、そして思い出していた事にも気が付いた。
僕も、時系列がバラバラになりながらも、断片的に前世を悪夢として見ていた。
グレースに冷たくされながらも惹かれ、どうしたら良いか分からず、真っ先に相談したのはクロウの妻だった。
お母様のお腹に居る子の侍女にと王宮に入った者で、僕の相談にも乗ってくれていた。
そして僕は彼女からグレースの悪評を聞き、憎しみが増した。
辺境へ行ったのは僕が疎ましいから、男漁りをする為だ、そもそも近衛兵になれたのも大臣達と寝たからだ。
僕が少しでも疑うと、次はクロウが大臣達を呼び出し、グレースと寝たと白状させた。
正体を隠し堂々と近衛兵をしている事が、女騎士の立場を利用している事が、とても許せなかった。
なのに、だからこそ、果ては遠方に嫁ぐのだと。
それが何よりも許せなかった。
幼稚で愚かな僕は彼らの裏の意図にも気付かず、クロウ達をすっかり信じ込み、グレースを処断すると宣言した。
都合良くお父様は城にはおらず、お母様は産後の肥立ちが悪く寝込んでいた時。
僕は大臣達と共にグレースを近くの広場で処刑した。
僕は少し複雑な心持ちだったけれど、良い事をしたのだと思っていた。
ざわつく心が酷く静かで、とても落ち着いていたから。
けれどお母様は倒れ、帰って来たお父様に叱責され、彼らの言う事が完全に間違いだったと知らされた。
グレースは清廉潔白な身なのだ、と。
実際にも目の前で遺体の診察が行われ、グレースが処女だと判明した。
代々騎士であり、女だてらに近衛兵となったグレースを妬む者は多い。
しかも婚約の申し込みを断られて逆恨みをした者も関わっての事、彼女は全くの無罪。
そして僕をも疎み、双方を排除する為、僕は嵌められたのだと。
けれども僕は受け入れなかった。
グレースが処女だと知っていたヴァイオレットやクロウが、不浄の場所を使い男達の相手をしていたと、先に僕に信じ込ませていたから。
だから僕は受け入れなかった。
僕が間違っていた事も、グレースが清い身のままに亡くなった事も、何もかも。
全て、僕は受け入れなかった。
『クロウ、処刑後の僕らは、どうなったと思う』
《王にバレ処刑されていそうですね》
その通り、クロウもヴァイオレットも大臣達も、関わった者の殆どは処刑された。
あの、グレースが首を落とされた断頭台で、1人1人処刑された。
それを僕は毎日1人、見続ける役を負わされた。
そうして最後の1人を見届けた後、僕は塔に閉じ込められ、子種袋として使われ。
子が3人程出来た所で、僕は牢に閉じ込められる事に。
その移動中、グレースの石像を見掛け、驚いた。
聖人であり近衛兵の女神、守護神として崇め奉られるグレースの石像は、まるで生きているかの様に躍動した姿だった。
その石像は処刑された広場に設置され、土台には文言も書かれていた。
王族や大臣の横暴に負けなかったグレースこそ、永遠に。
と。
本当に僕は間違えたのだと、その時になって初めて理解し、実感した。
近衛兵も誰も彼もが、彼女の石像を通る前に一礼する。
そして足元には白い花が絶える事無く供えられ、時に祈る者もおり、常に清掃がなされていた。
その後、その石像が常に見える位置に僕は収容された。
嫉妬から、もどかしさから、幼さと愚かさから。
彼女を処断した。
だから僕は決して祈らなかった、僕に祈る価値は無い、寧ろグレースを汚してしまうと思って。
祈りたくても、謝りたくても、ただ眺めて過ごすしか無かった。
それから幸か不幸か僕は健康で長生きをし、お母様の葬儀を目にし、お父様の葬儀を目にし。
兄が王になった事も、その子供が王になった事も目にした。
そして、やっと老衰で死ぬ時、グレースの兄の子孫に看取られた。
グレースにとても似ている女の子で、とても優しく僕を看取ってくれた。
そこで初めて、やり直したい、と。
思った、思ってしまった。
もしやり直せたら、僕とグレースの子はこんな子だったんだろうか、こんな良い子に育ってくれただろうかと。
そう思っているウチに、気が付いたら再び僕は僕として生きていた。
今、こうして、処断する前を生きている。
だからもう、コレでもう、良いのかも知れない。
前世でも、前世の記憶を持つグレースでも、僕を愛してくれるワケが無い。
親子二代で救い出したにも関わらず、恩を仇で返す様な愚か者を、自らを殺した者を愛せるワケが無いのだから。
『ごめんね、グレイ』
「あの、何が、でしょうか」
『今まで甘えていてごめんね、ちゃんと王子としての責務を全うするよ』
「それは素晴らしい事だとは思いますが、ご無理をなさらないで下さいね」
『うん、ありがとう』
辺境での遊歴も兼ねた旅の道中、王子はすっかり大人しくなり、グレースに対し全くアピールをしなくなった。
そして今まで以上に、更に王族教育を学び始め、政略結婚にも意欲的になった。
僕はグレースと結婚出来る望みはまだ有る、と思っていた。
実際には前世が有るとはとても思えなかったからだ。
けれども不意に、前世を思い出してしまった。
本当にタイミング悪く、グレースの着替えを見てしまった時。
裸を見てしまった時。
《すみません》
「あぁ、コチラこそすまんな、見苦しいモノを見せた」
激しい既視感と共に、全てを思い出した。
《どうやら、前世って有るみたいですね》
僕は返事を聞く前に、グレースを殺し、侍女を殺した。
それから暴漢が出たと騒ぎつつ、王子の部屋に向かい。
『クロウ?』
《思い出させて、すみませんでした》
王子を殺し、僕も自らの体に剣を突き立てた。
失敗してしまった、王子を苦しめるべきでは無かった。
だから、また最初からやり直そう、と。
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