第2話 2回目の中編。

「はい、クロウから婚約の、結婚の申し込みをされました」


『そう、だよね、グレースも、いつか結婚しちゃうんだよね』

「はい、ジェイドもいつか」


 どうして、こんな事に。

 私はジェイドと誰かの仲を邪魔しない、そう宣言する為にも、クロウに結婚を申し込まれた事を言いに来ただけで。


 どうして、私はジェイドに抱き着かれてしまっているのだろう。


『僕もグレースが』

「あの、一部の同性からも憧れられる事も有るので、そうしたお気持ちと」


『僕が年下だから?』


「だからと言うか、私は先日言った通り、月経が少なく軽い。つまりは妊娠しないかも知れないんです、更に加えて近衛兵と言う近しい立場。婚姻に至る事は、果ては野心を抱く騎士を増やす事にも繋がりますし、身分差に年の差も加わり、私ではあまりにも分不相応だと」

『年はそこまで離れて無いよね?』


「まぁ、ですが」

『立場や身分差はお母様が何とかするって』


「では、お父上は、どう仰ってますでしょうか」


『出来るだけ親の手を借りず、先ずは気持ちを得なさい、と』

「何で反対意見が無いんですか」


『あ、お兄様は反対してるよ、けどお姉様は頑張れって』

「お兄様の反対する理由はご存知ですか」


『苦労するのは女性の方だぞ、って』


 思ってた反対意見と違う。

 そうじゃない、どうして身分差や近衛兵と言う近しい立場について誰も。


 もしかして、私はどの道、近衛兵を辞めさせられてしまうのでは。


 あぁ、そうなれば立場は変わる。

 どちらを選んだとしても、問題は有る。


 子が出来なければ私は石女と謗られ、いや、果ては裏切られたと断頭台で再び処刑を。


 有り得る、離縁よりは不名誉にはならない筈だ、でもそれだけは避けたい。

 なら、どちらも選ばず、一生女騎士をすれば良いだけでは。


 けれど、そう生きた筈の前世で、私は処刑されてしまった。

 なら、私は一体どうすれば。


「少し、考えさ」

『お嬢様にもう少し情報を与えて頂けると助かります、例えば、何処がお好きでらっしゃるか』


 侍女、どうしてお前は余計な事を。


『僕の目の前で跪いて、僕にも分かる様に説明してくれて、手を差し伸べて返事を待ってくれた。優しくて、僕を子供だって馬鹿にしないで、尊重してくれた。だから信じてみようって思えたし、綺麗だったから、目が綺麗だったから』


「その、コレはウチの家系の呪いと言うか、あまり評判は」

『でも僕には凄く綺麗に見えた、今でも、青空の下だと綺麗な水色になるし、緑にも見えたり紫にも見えたり。ずっと見ていたいから頑張ってる、グレースの傍に居たくて、捨てられたくなくて』


「そんな、例え王子でなくなろうとも捨てません、見捨てません」


『本当に?』

「はい、勿論です。養える程度の蓄財も御座いますし、いつでもウチの養子になって下さって大丈夫ですよ」


 私が生き残る手段の1つ、ジェイドが王子で無くなれば私は処刑されないだろう、と。

 そうした思惑からお誘いしたのですが。


『お父様が、どうして自らの手で気持ちを得ろと言ったか、分かった気がするよ。うん、そうだよね、うん』


「あの」

『ありがとうグレース、僕、もっと頑張るよ』


「え、あ、はい」


 それからジェイドは更に勉強を頑張るようになり、様々な事に意欲的に取り組み。

 義姉とも一緒に考えた試験に、とうとう見事合格し。


 王宮に飴職人が呼ばれ、美しく飴が練り上がる姿を、ジェイドや王妃と共に見る事に。


『凄い、簡単そうに見えるけど熱いんですよね?』

《ですね、柔らかくなる温度まで温め、練り上げる事で、軽やかな飴に仕上がるんだそうです》

「成程、クロウは物知りだな」


『僕、もっともっと頑張るね』

「お体を壊さない程度にお願い致しますね、ご健康が1番ですから」


『もしグレイが寝かし付けに来てくれたら、直ぐに眠れるんだけど』

《オスカー様、なら僕が毎晩訪ねて差し上げますから、存分にお勉強して頂いて構いませんよ》


『いえクロウには他にもお仕事が有るでしょうから、他の事をしててくれると安心して勉強が出来るので、僕の事以外をお願いしますね』

《遠慮なさらないで下さい、僕らはそう年も離れていませんし、ご相談にもお乗り致しますよ》


『いえいえ、優秀な近衛兵を僕が2人も独り占めするワケにはいきませんから、お父様やお母様をお願い致しますね』

「飴作りを見ないのか?」


『あ、そろそろ出来上がりそうですね』

《ですね》


 このままでは、寧ろクロウが処刑されてしまうのでは。


 いや、もしかして、アレは囮。

 私はクロウの監督不行き届き、若しくは連座で処刑されたのかも知れない。


 有り得る、このままなら有り得過ぎる。


 だとしても、一体、どうすれば。




「何だクロウ、答えならまだ」

《仕事を、お願いしたいんですが》


「どうした、改まって」

《密告が有り、調査に行かなければならないんですが、生憎と社交場で下調べをしなければならず》


「で、何だ」


《女性として、社交場に出て頂きたく》


「他に候補が」

《居ません、万が一が有っては困りますので。いえ、勿論グレースに何か有っても困るんですが、グレースなら対処出来るかと》


 非常に不本意ですが、グレースに力を借りる事は多い。

 女性にしか頼めない方法しか無い場合も有り、仕方無く、グレースに力を借りる部署は近衛だけでは無い。


 けれど、万が一が有っては困る。

 だからこその女騎士、グレースなんですが。


「はぁ、分かった」

《ありがとうございます》


 グレースは着飾る事を酷く嫌う。

 コルセットは勿論、化粧や髪結いが苦痛で仕方無い、と。


 だからこそ騎士を目指したのも有るそうで、こうした調査は特に機嫌が悪くなるんですが。


 表には決して出さないんですよね。

 他の女性とは違い、涙や感情を決して武器にはしない。


 アレ大嫌いなんですよね、可愛いとすら思えない。


「そろそろ、後身を育てるべきだろうか」

《先ずは騎士になりたがる女性から探さないとならないんですが、居ると思いますか?》


「国中を探せば少しは居る、だろう」

《一応は知らべてみますが、期待なさらないで下さいね》


「あぁ、分かってる」


 本当に分かっているんでしょうかね、自らの稀有さを。




『僕、色々と勉強したんです、それで、練習も兼ねてお手紙を書いたのですが』


 騒動が面倒なのと、そもそも仕事が忙しく、飴の製造過程を王宮で見て以来ジェイドとは会わず。


 もう、流石に私の事は忘れたかと。

 それにもしかすれば一時的な事かも知れない、そう願ってもいた。


 ただ、もしそれでも思われていたなら、その時はしっかり考えろと。

 兄は勿論、義姉も侍女も、誰もが。


「あの、えー」


 王妃様の笑顔の圧が凄い。


『きちんと勉強出来ているかどうか、前の様な試験のつもりで、お願い出来ませんか?』


 後ろの王様の笑顔の圧も、凄い。

 コレは、受け取らなければ今こそ処されてしまうかも知れない。


「はい」

『宜しくお願いしますね』


「はい」


 そして手紙を読んでいる間に、クロウが辺境での防衛指南を任される事に。

 以前なら、私が任命された筈が。


《ですので、婚約しましょう》


「いや、そもそも、どうして私じゃないんだ」


《いやアナタに婚約の申し込みを》

「いやそうでは無く、どうして私が辺境での防衛指南を任されないんだ?」


 以前と同じく、仕事はしっかりとこなした。

 なのに。


《万が一を考え女騎士に任せるワケが無いじゃないですか》


 いや、確かに私は以前に任された筈が。

 どうしてこうなった。


「いや、だが」

《考えてもみて下さい、女性を同行させた場合の予算は高く付くんですし、人手も増やさなければならない。しかも何か有っては責任を取らなければいけない者が出る、万が一にも有り得ませんよ》


 いや、前世ではクロウが同行し、私は侍女のみを連れ辺境へ。

 だが特に何も。


 いや、本当に何も無かったかと言えば、確かに少し騒動は有ったが。


「例え何か有っても、私なら」

《そこは信用していますが。いえ、ハッキリ言いますが王子から嘆願が有ったんです、万が一の事が有ってはならないと》


「万が一も何も」

《以前なら兎も角、今のアナタは人気が有るんです、何か有っては王族の威光にも関わるとの事ですから。ご理解下さい》


 なら、前に辺境に送り出されたのは一体。


「もし、万が一にも私に任されるのは、どんな状況だと思う」


《王都での争いから遠ざける為か、厄介払いか》

「あぁ、厄介払いか」


 以前の私は強引にジェイドを連れ去った、だからこそ恨みを買い。

 そう買ったまま、だったらしい。


 和解した気でいたのは、私だけ、だったのか。


《ただ、別に僕の場合は厄介払いでは無いですからね?》

「そうなのか?」


《自覚が有るならどちらかの婚約の申し込みを受けて下さい、時間は有りましたよね》


「いや、こう、仕事が忙しくて。分かるか?コルセットを付けるだけで時間が掛かるんだ、しかも化粧だ髪結いだと」

《分かってますが、時間は有りましたよね》


「お前の様に器用に何かをしながら考える事は」

《何も無い時間も有りましたよね》


「休憩も許されないのか」

《だからこそ、辺境の防衛指南を任されなかったとは思いませんか》


「成程」


《はぁ、何か直すべき所が有るなら教えて下さい、改善しますから》


「いや、そもそも、そもそもだ、私は結婚など考えてもいなかったんだ。何をどうして欲しいかも、理想も何も無い、何も無いんだ。なのに結婚など、お前ならどう思う、いきなり朝起きて女になっていて結婚しろと言われたら、直ぐに何か出るのか?」


《浮気をしない、社交的ながらも下品では無く》

「それは私もそう思うが、それこそ誰もが考える事だろう。それこそ、それらから逸脱しない者はそこら中に居る。求めるべきものはそれ以外なのだろう、だが私には、無いんだ、特に」




 団員の前で牽制する筈が。

 グレースの許容範囲の大きさが広まる事になり、王都に置いていては更に騒動が起こると懸念され、結局は辺境の地へと連れて回る事に。


 ただ、問題は同行者ですよ。


『わー、海ですよ海、コレ全て飲めたら良いんですけどね』


 王子の遊歴も兼ね、辺境での防衛指南を任される事になってしまったんですよね。

 どうして、こんな事に。


「そうですね」


 グレースは誤解しているらしく、厄介払いされたのだ、と。

 まぁ半分は合ってるんですが、グレースの安全を守る為にもと考案された事で、そう伝えた筈なんですが。


『本当に左遷じゃないと思いますよ?僕も居るんですし』

「そこは分かっております、はい」


 なら、どうして浮かない表情のままなのか。

 全く意味が分からない。


《どうして浮かない表情なのか、全く分からないんですが》


「もし、前世が有るとして、似た様な人生を繰り返しているとする。その中で私は辺境送りにされ、果ては処断された。そうした記憶を、もし、持っていると言ったら、お前はどう思う」


 誂う様子や素振りも無く、真剣そのもの。

 そして戯言にしては、あまりに具体的。


《先ずは、そうした本か何かを読んだのか、と》

「あ、あぁ、そうなんだ。例えば、少しの事で大きく変わり、それらが良い方向かどうかも分からない。大局を見ると言う事は、こんなにも難しいものなんだな」


《戦いでは負け知らずじゃないですか》

「強さと言うより器用さだろう、皆がそう囁いている事は私も知っている」


《その器用さも強さの1つかと》

「それと女だから、だろう。女だと知っている者はどうしても手加減をしてしまう、そう狡い存在なのだと、そうだな、疎まれる要素しか、無いな」


《ですがジェイド様を》

「あの件は私の力だけでは無い、父上やクロウ、皆のお陰だ。全ての功績において私の力など微々たるもの、少し力の強い曲芸師、結局はお飾りの女騎士でしか無いと分かっていた。けれど、だからと言って、断頭台に乗せられる程の事なのだろうか」


《例えば、ですが、そうなった場合、政治的な変化が有ったのでは、と》


「そうだな、私は政治にも疎い。こんな者より、女らしく美しい者を娶った方が良い、お前もジェイド様もな」


《僕にしてみたら、そこらの女は》

「そんな女とお前は前世で結婚していて、まぁ、結局は失敗も同然の状態だったが。不満を聞いた事は無かったぞ、何だかんだと結婚は継続させていたし、子も居たしな」


《そんな妄言を》

「妄言と思ってくれて構わない、私もアレは半ば夢だったのかも知れない、そう疑っているしな」


《失礼しました。仮に、ですが、どうして処断されてしまったんでしょうか》


「全く分からん、理由も分からないままに捕縛され、断頭台に乗せられ、断罪された。あの恐怖を今でも覚えている、なんて理不尽で不条理なのだ、と」


《それは、一体誰に》

「王子に、だ。何も分からない僕を利用する為、その為に情まで利用するだなんて、と。私は否定したがんだが。素直に最初から言ってくれたら、きっと今の言葉も信用していたけれど。けれどアナタは僕を謀った、さようならグレース。そう言われ、少しして首が落ち、視界が回転した。前は強引に連れ去ったんだ、だからこそ今回は丁寧に、丁重に扱おうと思って、こうしていたんだが」


《そこまで表立って険悪だったんでしょうか》

「いや、表面上は問題無い、と、思っていたんだ。今と同じ様に仕事をこなし、私は辺境へ喜んで向かった、そして帰って暫くして捕まり、死んだ。憎悪と悲しみ、何かしらの情愛の残滓を目に見たんだが、何故なのか私には全く検討も付かなくてな」


《その、僕は何を》

「全く動じず、王子の横で私を眺めていたよ、きっとお前からも恨みを買っていたんだろうな」


 確かに、少し前までは疎ましいとすら思っていましたが。


 それは表に一切出さずに居た筈で、今まで誰からも指摘されず、彼女にも気付かれるワケが。


 いや、実際に思い当たる節が無さそうですし、察しているワケが無い。

 ただ、コレは夢にしても、随分と具体的で。


《今も僕がそう思っている、と》

「いや、だからこそアレは夢だったのかと。だがあまりにもハッキリと覚えているんだ、捕らわれた時の痛みも、何もかも、ハッキリと覚えている」


《だからこそ、僕も王子も受け入れられないんでしょうか》


「そうだな、何を考えているのかさっぱり分からんしな。全く、コレの何が良いのか」

《その夢か前世を思い出した事で、アナタは変わったんですね》


「若しくは、本だな、ただ何時何処で読んだのかはさっぱり分からん」


《成程、探してみましょうか》

「気にするな、戯言だとでも思っておけば良いさ、どうせ証明し難い事なのだしな」


《いえ、それはどうでしょう、アナタがコレから先の出来事を言い当てれば良いだけなんですし》

「ある程度、情勢が読める者には当たり前に分かる事なら、証明にはならんだろう」


 あぁ、初めて見た表情ですね。

 すっかり諦め、絶望している顔を。


《証明する気が無いんですね》

「既に以前と違うしな。それに、ただ死を回避すれば良いだけだと思っていたが、何も、私が居なくと困る者は居ないだろう。前世で簡単に処断される程だ、家族すらも、実は私を疎んでいたのかも知れんしな」


《相当早くに、処刑までが早かったんですよね》

「あぁ、いつも通り王宮に来た所を捕らえられ、罪状を読み上げられたかと思うと断頭台へ」


《その断頭台は何処に有りましたか?》


「王子の宮の近くの広場に用意されていたが」

《他には誰が居ましたか?》


「お前の結婚相手のヴァイオレットに私の侍女、王子に、この前排除した大臣達だな」

《どうして言わな、いや、俄かには信じ難い事ですが、少しは僕も、いえ、無理ですよね》


「下手に突いて殺されても叶わんしな」


 自分を疎んでいたであろう者に求婚されるだなんて、確かに嫌でしょう。

 なのに僕も、王子も。


《すみませんでした》

「戯言だと思ってくれて構わない、ただ殺さないでくれたら、殺すにしても理由を教えてくれたらそれで良い。もう疎まれる様な事はしない、だから言いたい事が有れば言ってくれ、善処する」


《疎ましいと思った事は確かに有りましたが、それは半ば妬み、自分の弱さへの苛立ちです。ですがもし前世でアナタが悪かったとするなら、周りの妬む気持ちを理解しなかった事、完璧過ぎた事だと思いますよ》


「完璧か、何処がだ?」

《そう言う所です、アナタが欠点まみれなら、周りはもっと欠点まみれなんですよ》


「なら、だからこそどうしようも無いな、どう足掻いても死ぬ時は死ぬ。殺す時はちゃんと理由を教えてくれ、せめて納得して死にたい」


 妄言なら、どんなに良かっただろう。

 冗談を言う人では無いし、こんなにも真面目に戯言を言える人では無い。


 ハッキリしない事や分からない事は、分からない、そうハッキリと言う人が。

 ココまで真面目に、こんなにも内容が詰まった妄言を。


 この人には、こんな事は言えない。


 けれど、もし事実なら。

 彼女の行動にも言動にも、全て説明が付く、付いてしまう。


 寧ろ、妄言であって欲しい。

 本当に惚れてしまったのだから。

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