第33話 仮面の剣士の正体
傍で戦闘を始めたヌル、アインス対レオハルトの戦いは天変地異に匹敵する凄まじいものだった。
レオハルトは村人を庇いながら戦っている為、やや劣勢だ。
対してフィーアと仮面の剣士の戦いは静かなものだ。
四番目の成功例、フィーアと名付けられた彼女は対峙する仮面の剣士を幻術に嵌める事に成功した。
何と彼は立ったまま眠りについた。
――
視線が合った人物を夢の中へ誘い、悪夢を見せる。
更に構築した夢の中に入り、その夢を自在に操る事ができる
初見では絶対に負けない能力だ。
見せる悪夢は対象の最も忌まわしい記憶。後悔し続けている記憶。
――ここは。
驚くべき事に、その夢はフィーア自身見覚えがあった。
それは仮面の男の夢なのに少女の夢でもあるのだ。
「――遅くなった。済まない、本当に済まない……」
八年前に起きたドーンベルトの惨劇。
実験施設となった街の領主の館は半壊状態となっていた。
虫や鼠が肌を這いまわる汚い地下の牢獄にまで陽光が差し込む程に。
実験体が逃げ出さないように管理していた雇われの傭兵達が至る所で血を流して倒れている。
そして肝心の牢の前で。
衰弱している五人の子供達にひたすら謝り続ける声が響く。
黒髪の少年は金髪の獅子族の娘を抱きかかえた状態で五人を見つめる。
実験を生き残った者全員真っ白な髪に変異しており、貫頭衣から垣間見える手足は傷だらけだ。
黒髪の少年は痛ましそうに唇を噛み締める。
「――お、前、誰だ……?」
ヌルが薄く目を開けて尋ねた。
黒髪の少年は腰に下げた剣の柄を撫でながら、
「俺は現世界騎士の従騎士をしているアレン・ノーシュだ。もう安全だ。とにかくここを出よう」
「……世界、騎士……」
のちに世界を救う英雄。アレン・ノーシュ。
地下に差し込む陽光を背負って立つこの精悍な少年が。
この過去は。この夢は。
(仮面の剣士の正体は……!)
フィーアが驚くと共に、夢は――過去の続きは流れていく。
「今更来た、のか……僕の兄弟は皆死んだ……あんたらがいつか来てくれるって信じ抜いて、来ない事に絶望しながら死んでいった……!」
鉄格子を力なく掴み、ヌルは息も絶え絶えな様子で睨んだ。
アレンは沈痛な表情で俯く。
彼の眼の下には濃い隈があった。
「……僕達だけだ生き残ったのは。でも、生き残っても何も嬉しくない……! このアインスはな、怖い思いを何回もしたからか、言葉が喋れなくなった」
「……」
「こっちはツヴァイ。ショックで記憶をなくしてしまった……今は自分がどこの誰かも分からない」
「……」
「ドライは投薬の副作用か痛覚が消えたらしい……爪で身体中をひっかくのが癖になってる」
「……」
「……フィーアは眠れなくなった。捕まったその日から、一睡もしてない」
幼いフィーアとアレンの視線が重なり合う。
そう、成長した今でもフィーアは眠れない。夜が怖い。
暗い地下牢を思い出す。鼠や虫が耳元を這うあの感覚を思い出して眠れない。金属製の錠に繋がれた日々を思い出して眠れない。
眠れなくても、人工英雄としての強靭な肉体が彼女を生かす。
「……俺を恨んでも良い。罵っても良い。ただ何と言われようと、俺は生き残った君達を助けるだけだ」
鉄格子を斬り、アレンは五人の子供達の手を引く。日の光の元に晒しながら、一人ずつ抱きしめ、もう安全である事を伝えていく。
――黒曜の騎士、貴方はこの日の事をずっと後悔していたのね。
フィーアは理解した。アレンの苦しみを。
その未来の英雄の背に硬質な声がかかる。
「――ご苦労だった、アレン・ノーシュ。良くこの場所を突き止めたものだ。後は我々
純白の制服を着た騎士達が地下空間に雪崩れ込んできた。
先頭にいるのは赤髪の目付きの悪い少年だ。
「……何故ここへ?」
アレンの困惑にへルミスが答える。
「勿論、狂気の実験の首謀者であるシェディム・アスター捕縛と実験で生き残った孤児共の保護の為だ。まずシェディムはどこに?」
「奥の部屋で気絶している」
アレンが通路の先を指差す。
「そうか」
ヘルミスが鷹揚に頷き、部下である騎士達が速足で向かう。
視線を戻したヘルミスとアレンの双眸が再びぶつかる。
「それからその子供達は皇国が保護する」
「……」
「……そこをどけ。どうせ貴様もその子供達を我らに届けるつもりだったのだろう」
「……皇国内にいる孤児達が大量に失踪した今回の事件。何故か王達からの依頼がなかった。世界騎士は王達の承認がなければ動けない。この件について、皇王は過半数を割るように票を操作していたと師匠が言っていた」
「……そもそも陛下は世界会議の議題にするほどの件ではないと考えたのだ。集められたのは孤児達だ。貧民街で生活するゴミ共だ。いくら死のうが、何も問題はない。むしろ治安は良くなるというものだ」
「……」
「何だその顔は。ああそうか、そういえば貴様も孤児出身だから怒っているのか?」
「……」
「あの方に拾われなければ、貴様もここにいたかもしれないな」
ヘルミスは嘲笑しながらアレンとすれ違い、五人の子供達を部下達に拘束させた。
騎士達はナイフ型の魔封じの水晶でフィーア達の手の甲を刺し貫く。
「……何をしているッ」
「こいつらはもはや兵器と化している。暴れたら危険な存在だ。この街に一体何人の者達が暮らしていると思っている。まず彼ら国民の安全を確保しなくては」
氷のように冷たい瞳でヘルミスは子供達を見下ろす。
その目は博士を彷彿とさせる。
ヌルでさえ、気圧されて唇を震わせるだけだった。
「……保護に来たと言ったはずだ。言葉通りの対応をしろ」
「はっきりさせて置くが、優先順位はまず民だ」
「……」
「これ以上口を挟むな、アレン。これは世界騎士の領分ではない。あの方の従騎士である貴様にも当てはまる。王達から任務を依頼されていないのだろう? 本来なら自国の軍、つまり我々が解決すべき案件だ。その獅子族の娘だけは獣王国に届けるなり好きにしろ。あの国のゴタゴタには関与しない」
制度を盾に押し通された。子供達の両脇を固め、連行するように騎士達が階上へ上がっていく。
こうしてフィーア達は皇国の元に渡った。
これで夢は終わり。これがアレン・ノーシュの最も辛く後悔している過去。
――そう。今までずっと後悔していたのね。ヘルミスに私達を引き渡さなければ良かったと。私達の事をずっと考えていてくれたのね。
正体を隠して、ここに来たのは私達を止めるため……?
英雄の心の内を知り、フィーアは複雑な感情に支配された。
* * * *
アレンはいつになったら覚めるのか分からない夢の中にいた。
夢の中の自分は若返っており、過去の一幕をなぞるばかり。
レオハルトを保護した後の出来事だ。
(何が一番辛かったってさ、何日も徹夜した事だよね)
孤児達が失踪している件を俺抜きで解決してみせろと師匠にぶん投げられ、不眠不休で聞き込みをして証拠集めに奔走して。
ドーンベルトという街に孤児達が集まっている事を突き止めたアレンが赴くと、待っていたのは狂った魔導学者と孤児達からのもっと早く来いという罵倒。
寝不足な身体に染みる出来事だった。
何百人も犠牲になってしまった事には落ち込んだが、その責はどう考えてもシェディムにある。
助けても毎回気持ちの良いお礼が返ってくるわけではないのは当たり前だが、気分は重い。
それにしてもこの夢をどう終わらせるか。
皆目見当が付かない中、ふと気付くと夢の世界が段々崩壊し始めた。仮想空間が炎で焼かれた紙のように穴が開いていく。
寝不足で滅茶苦茶辛かっただけなので、この夢では精神が死なない自信がアレンにはある。
恐らく諦めて能力を解除してくれたのだ。
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