第32話 その通りじゃ
時は少し遡る。
首長の屋敷の客室で、アスモデウスは椅子に座って足をプラプラするだけの時間を過ごしていた。
レオハルトの前では剣の形態になれないため、彼女は留守番中である。
「……暇じゃな……」
アレンには自分の有り難みを知るべきと言ったが、彼女自身が相棒の有り難みを改めて認識する羽目になった。
一人は寂しいしつまらない。
時計の秒針が動く音のみが部屋に響く。
ため息を吐いて、本棚にある本でも読もうかと考えた矢先、困り顔の首長が部屋にやってきた。
「なんじゃ、なんじゃ。わらわのような無垢な童女にむつかしい話は分からんぞ」
「……ごめんね、アーディちゃん。ただ、その、ちょっと聞きたい事があって」
言い淀みながら、コハクは頬を掻いて続けた。
「実はノワール様が捕まえた人工英雄が目を覚ましたんだ」
「ほうッ」
アスモデウスは途端に目を輝かせ、椅子の上に立って前のめりで聞く。
「それでそれで? まさか脱走したのか?」
何故か楽しそうに尋ねるアスモデウスにコハクは首を傾げながら否定した。
「いや、魔封じの水晶で両手足を刺し貫いた状態で拘束しているから大丈夫。でも目が覚めた当初はそれはそれは大きな声で喚いたらしい」
「……ふむ?」
まあ当然だろう。
アスモデウスも気持ちは理解できた。
街に来て堂々と宣戦布告し、その数時間後に白目を剥きながら担がれて運び込まれるなんて恥ずかし過ぎる。
穴があったら入りたいだろう。
「そこで見張りをしていた自警団員の一人がね、『ノワール様に負けたんだから大人しくしろ』と言ってきかせたんだ。そうしたら不思議な事に抵抗を止めたとか」
「……それは良かったではないか」
大人しくなったのか。つまらん。アスモデウスは欠伸を零した。
「うん。それは良かったんだけど、今度はノワール様に会わせろとばかり言うようになったらしいんだ。何故か感謝の言葉を直接聞いて欲しいんだって」
「……は?」
頭でも強く打ったのだろうか。
それとも感電して記憶が飛んだか。
「何でも彼ら人工英雄が今、感情を残して振舞えるのはノワール様のおかげとかで。僕達には全く意味が分からないけど、何かぶつぶつ言ってるらしい。俺達さえも救うつもりだったのか、とか何とか。何か心当たりある?」
「……うーむ。会えば分かるかもしれん。わらわ、そいつと会って良いか?」
コハクからの説明だけでは分からない。ただ何となく偶然の行動が良い方に働いたような気がしてならない。
アレンは結構そういう事があるのだ。本人の意思とは無関係に運が恐ろしく良い。
だからアスモデウスは直接聞いてみる事にした。
自警団の屯所にやってきたアスモデウスは案内と護衛の自警団員を外して、一人で地下にある牢の内部に足を踏み入れた。
牢の中は恐ろしく寒い。
壁や床に薄っすら霜が張り付いている程だ。
「……お前。ただの幼女じゃねえだろ。妹だと名乗ってるらしいが、何者だ?」
牢の中にいる狼族の青年は鎖と錠で壁に繋がれ、両手両足の甲に赤の水晶が貫通している凄惨な状態だった。
流れる血すら凍り付いている。
ここまでしなければ脱走してしまう危険があるという判断からか。
とは言え不思議と敵意は感じない。ここまでされて、普通殺意を抱かない方が無理だと思うが。
「わらわの名は雷殲剣アスモデウス。魔王を討った伝説の剣じゃ」
「自分で言うな、自分で……つうか、え、本当に?」
「うむ。お主を気絶させた力の源じゃな」
えっへんと胸を張る幼女をアハトは懐疑的な眼差しで見る。
「そんな事より、ノワールに会って礼をしたいと言ってるそうじゃな。正気か?」
「……正気も正気だ。本当に感謝してんだ。まさか【黒曜の騎士】が生還して、秘密裏に皇国の企みを阻止しようと動いていたとは」
「……」
アレンの正体がバレているのは、ジオフリードを見られたのだから仕方ない事だ。だが後半部分が良く分からない。
アレンは一貫してニートになりたいだけで、皇国の野望を止めようとした事は一度もない。
「今更取り繕うなよ? 名前、ノワールと名乗ってるんだってな。その名を聞いて驚いたぜ。そいつは古代遺跡からある
「……古代遺跡……もしや【
アハトは軽く目を見張り、口角を上げた。
「やっぱりあんたらだったか。博士が怒り狂ってた。最終調整ができないと」
「……なんじゃ、その最終調整とは」
「俺達は元々、古代遺跡に死蔵されていた【
「……」
「八年前、第一次人工英雄創造計画が実行されたドーンベルトの街で、【黒曜の騎士】は多くの子供達を救えなかった。だが今回は違ったんだな。魔大陸侵攻を掲げる皇国の野望を止めると同時に、完全な兵器となる予定の俺達を人のまま残るようにしてくれた。そうだろう?」
アスモデウスはいつからか手に汗を掻いていた。
確信を持ってペラペラ喋っているアハトの言葉に何一つ同意できるものがないのだ。
しかし、
「全くもってその通りじゃ。皇国が魔大陸侵攻をする上で、戦力としてお前達のような存在がいる事をアレンは早々に見抜いておった。そして次こそは救おうと決めていた。だが、居場所がどうしても突き止められず、せめて完全なる兵器にはしないと決心して古代遺跡へ赴いたのじゃ」
同意するしかない。
同意すれば、人工英雄と戦う必要がなくなるかもしれない。
そうなれば明確にアレンを利する。
緊張してきたアスモデウスに対して、アハトは憑き物が落ちたような顔で力なく笑った。
「戦争に巻き込まれる民草だけじゃなくて、敵の俺達すら救おうと動いていたなんて……これが本物の英雄か……」
アレン。お主の知らないところでまた評価が上がっておるぞ。
「……なあアハトとやら。今、お主の仲間とアレン、それにレオハルトが殺し合っておる」
「何⁉ どこでだッ、まさか王都に?」
「うむ。そうじゃ。ただ、全くもって不毛な戦いじゃ。お主らは感情を持つ人なのじゃから、皇国に従うのも反抗するのも自由のはず」
「……」
「ヘルミスを恐れて従っているのかもしらんが、アレンの想いを無駄にして欲しくない。心に正直に生きるのじゃ」
「……心に正直に……」
「うむうむ」
アスモデウスと視線を合わせたアハトは目を伏せ、手足を貫通している水晶を眺める。
「……なあ、一つ頼みがある」
「……良いじゃろう」
裏切らねーよなと思いつつ、アスモデウスはその頼みを聞いてあげた。
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