第5話

 少年が紡いだ言葉に、私は思わず息を呑んだ。少年が語った“夢”が、私が“神童”と呼ばれ持て囃されていた頃の“夢“と同じだったからだ。そして、無限の可能性を秘めている筈の若い少年が、“皆を笑顔にすることんだ” などと、まるですべてを諦めてしまったような過去形の表現をしたことに対し、ひっかかりを感じた。


「そんな……やってみなきゃわからないじゃない! どうして、そんな、諦めたようなことを言うの!」


「ぼくだって、もっと、もっと、ピアノを弾きたかったよ! でも、もう……ダメなんだって……」


 そう言うと、少年の大きな瞳から真珠のような涙がぽろぽろと零れた。少年の哀しみがひしひしと伝わってきた。私は、そっと少年に寄り添うことしかできなかった。どれくらいの時間が過ぎたのだろう。空の端っこが薄っすらと白んでいた。満天の星空から、星の粒が、ひとつ、ふたつ……と姿を眩ませていった。


「お姉ちゃん、ぼくの話をきいてくれてありがとう! ぼく、もう、行かなくちゃ!」


「えっ?」


 私は、少年が紡いだ言葉の意味を理解することができず、ぽかんと口を開けていた。


「そうだ! おととい、お姉ちゃんが弾いていた、ドビュッシーの『星の夜』、とっても綺麗だった。音の粒が、まるで、あの星空みたいにきらきらと輝いていて、ぼく、とっても幸せな気持ちになったよ」


 少年は、半分くらい消えかけている星空を見上げながら言った。そして、最期に、


「お姉ちゃん……ぼくの夢、ぼくの代わりに、叶えてくれないかなあ……」

と言って、天空に舞い上がって逝った。


 つい今しがたまで寄り添っていた少年の姿は、そこにはなく、辺り一面を埋め尽くしていた白い花々は、赤紫色に変色し、その生命に終止符を打っていた。

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