cp23 [file4”E区画住宅街”]①


 皿の端に避けられた緑の野菜たち。切り分けられる間もなく口の中に放り込まれたベーコンエッグ。

ふわふわの丸パンにバターを染み込ませて頬張れば、幸せもひとしおだ。

 感嘆を漏らし、にこにこと朝日を振り向いたのは身支度を済ませた義希である。長テーブルの中央を陣取る彼が、苦手な朝でもご機嫌な理由はただ一つ。

 あと数日で8月がやってくるから。

 沙梨菜の時にはサプライズがあったんだから。きっとオレの誕生日にも何かしらあるはずだと。

 心の声を表情に変換する義希をよそに、静かな朝食は進む。

 テーブルには他に、フォークで目玉焼きを突き刺したまま新聞を読み漁る沢也と、うとうとしながら紅茶を啜り、スケジュールを確認する蒼の姿がある。

 有理子は先程朝食を済ませ、足早に民衆課に向かって行った。まったりながらも慌ただしい朝の空気は、義希がコーンスープを飲み干す間も流れていく。5社分の新聞を読み終えた沢也がパソコンを引き寄せ、自分の頬を引っ張る蒼に話を振った。

「少し寝て来いよ」

「いえ、これを終わらせるまでは寝られません」

 背後に積まれた認可待ちの書類を横目に、蒼は大きく伸びをする。どうやら二人は仮眠すらせずに仕事をしていたらしく、爽やかな朝日を憎たらしげに見据える始末だ。

「無理すんなよ。こっからまだ一週間続くんだぞ?」

「だからこそ疲れがたまらぬうちに頑張ってしまおうという腹です」

「そりゃ一理あるが…」

「あなたの方こそ無理はしないでくださいよ?僕より仕事が詰まっているんですから」

「ちょ…ちょーっと待て?」

 ぼやぼやな会話に割って入った義希を、眼鏡越しに見据えた沢也が棒読みに応答する。

「なんだ」

「一週間って…?」

「徹夜するであろう期間」

「え。てことは昼間は勿論…」

「休みなしだな」

「あーえーと、そのー…なにかお忘れでは…?」

 ぎこちなく変化した笑顔から目を逸らし、パソコンに向き直る沢也の表情に目立った動きはない。

「なんの話だ」

「まーたまたぁ…記憶力抜群の沢也さーん、そんなまさかオレの口から言わせるような事はない…よな?」

「で、とにかくまずは…」

「わー!流すな!流すなってば!ほら!大事なイベントあるじゃん、8月頭といえば!」

 面倒臭そうにするでもなくスルーする沢也と蒼の間に身を乗り出した義希は、振り向いた二人の疲れきった眼差しを数秒見詰めた。そして。

「…オレの誕生日は…?」

 半ば涙目で自らを指差し問い掛ける。

「そんな暇ねえ」

「なんですとぉおぉおおお?!」

 無情にも程がある即答が雄叫びと涙の洪水を呼んだ。お陰で朝にしかない穏やかで静かな空気はぶち壊しである。

「蒼ー!なんでなんでなんでー?なんでオレだけー!?」

「義希くんすみません、詳細は今度の水曜日に…」

「それってもう過ぎてるじゃん誕生日ぃいぃいい」

「埋め合わせはきちんとしますから泣かないでください。それよりも時間は大丈夫ですか?」

「ぎゃー!大丈夫じゃない!いってきます!もぐぐー」

 お約束は今日も健在。

 体よく追い出された義希は、城を出るまでに涙をしまって仕事モードに切り替えた。

 慌ただしさは外にまで響いていたようで、門を潜るなり門番の二人に温い眼差しを注がれたが、彼は気にせず先を急ぐ。何故ならあと十数分で出勤時間だから。

 今日は朝番の中でも一番遅い出勤なので、これで遅刻したとあっては周りからぐちぐち言われるのは必至であり、更には隊長としての威厳も危うくなってしまう。

 この時間帯は多少なりと道が混雑するため、急いでも多分ギリギリだ。義希は適当な計算をしながら、人を轢かぬよう足を早めるが。

「あー…まーたあいつらかぁ…」

 その足は、街に入ってすぐのところで止めざるを得なくなる。

 冤罪事件の後、パトロールをサボった隊員を呼び出し厳重注意はしたものの。そう簡単に改心して真面目に勤務するわけもなく。

 そもそもやる気がないのは該当の隊員に限った事ではなく、殆どの隊員が仕事に対してまともに向き合っていない現状。

 日替わりで隊長とペアを組ませるだとか、意識改革のためのスローガンだとか、中途半端でその場限りの対策では根本的な解決にはならない…というのが沢也の見解だ。

 てなわけで「見掛けたら注意する」事だけを命令されていた義希は、雑貨屋近くで和気藹々と雑談を繰り広げる隊員達に歩み寄った。



 街は確かに平和である。

 しかしながら見えない部分に潜んでいる闇は、唐突に顔を出しては平和を壊そうとするものだ。

 不正マジックアイテムの制作者が逮捕された事で、隊員達の気の緩みはMAXらしい。歩く度、すれ違う彼等は誰もが緩やかな笑みを浮かべている。

「ったくどいつもこいつも…!」

 対して苛立ちMAXで街の西側を練り歩くのは、朝一で出勤してパトロールに繰り出した小太郎だ。

 彼は道行く隊員達のだらけた態度だけでなく、出勤したら連絡しろと命令してあった人物から音沙汰がないせいで、こめかみに青筋を浮かべている。

 工業地帯のある北側近く。街の中央を占領する商業地帯の外れにある八百屋の前を通り、振り向き気味に上方を確認するも、そこからでは目的の建物がよく見えず。諦めて路地に入り、入り口付近を横目に確認した彼は、異常がなしを認識すると同時に溜め息を漏らした。

 五分ほどかけて路地を廻った小太郎が、大通りの中でも防風壁に程近い位置まで来たとき。見計らったように端末が振動する。

 彼はジャケットから出して耳に当てると、遅れて手探りに通話ボタンを押した。

「おう、今報告入れようと思ってたとこだ」

 繋がるなり言い分けて、小太郎は空元気に報告をはじめる。

 まずは現在地を、続けて不正マジックアイテム横流しの本拠地の様子を話し終えると、電話の相手…蒼が短く問い掛けた。

「第8倉庫の様子はどうですか?」

 倉庫の持ち主は恐らく間接的、一時的にどこからか所有していただけなのだろう。先日建物が不要になったと、第8倉庫が売りに出された。立地条件は悪いものの、季節柄すぐに買い手が付いて、今日から倉庫として本来の役目を果たす手筈になっている。しかし一般の手に渡るというのに、事件を公にしていない後ろめたさから、蒼は事情を説明済みの小太郎と義希に見回りを頼んでいたのだ。

 そんなわけで、小太郎は朝も早よからここに来る前に見て来た様子を話して聞かせる。

「心配ねえよ。朝から搬入に忙しそうだが、それ以外は別に。平和って感じだったぜ?」

「そうですか。よかったです。念のためもう暫く様子を見ておいて下さい」

「りょーかい。…ああ、ついでに聞いとくがよ、そっちに義希いねえか?まだ寝てたらぶっ殺すぞ」

 舌打ち混じりに問う小太郎の耳に、蒼のクスクス笑いと端末の着信音が届いた。

「先程慌てて出勤しましたが…まだ着いていませんか?」

 穏やかな蒼の返答を聞いて、怒りもそこそこ収まった小太郎は、溜め息まじりに話をまとめにかかる。なぜなら電話の向こうが騒がしくなりはじめたから。

「先程って…あーまー…いいや。自分で見に行く」

「あ、待ってください小太郎くん」

 気をきかせたつもりが呼び止められて、小太郎は耳に端末をあて直す。

「…なんだ?」

 数秒後、用件を聞き終えた彼は、通話を切ると同時に勢いよく駆け出した。

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