cp21 [ランプ]③


 押収品を一通り調べ、三人の聴取を終えた沢也は、それを元に調査を進める。

 資料とパソコンから顔を上げた沢也が、体を伸ばして眼鏡を持ち上げたところに蒼が顔を出した。

「任せきりにしてすみません。なにか分かりましたか?」

 来客の相手やら新聞記者のインタビューやらに駆り出され、普段より正装に近い出で立ちの彼に、沢也は苦笑を返す。

 蒼はよそ行きの笑顔を引っ込め、マントを外しながら長テーブルの端に落ち着いた。

 時刻は夕食前の19時18分。

 この時間は夕食の準備などで慌ただしく、海羽も秀共々厨房に籠ってしまうため、時間さえ合えば短い報告会が行われる。

「要約すると、こうなる」

 沢也は簡潔に前置き、紙を捲った。蒼は水差しからコップに水を注いで首肯する。

「今回確保したのは売人の幹部二人とマジックアイテムの製作者。尋問はこの先も続けていくが、現在までに判明した情報は…」

 蒼がコップを置く音が言葉の溝を埋めた。

「マジックアイテムの販売及び製造について、それぞれの供述は一致した。しかし三者共に「製作を指示した人物」については黙秘している。突き詰めるほど、奴等だけで事を進めたとは思えない程にはの存在が浮き彫りになってきた」

 つまり》の部分が曖昧で、細かな供述がずれているのだろう。蒼は沢也が省いた部分を憶測で埋めて、押収品に視線を移した。沢也は長テーブルに地図を広げ、一息置いて話を繋げる。

「捕らえた売人にマジックアイテムを製造、販売のが、印をした建物を所有する貴族。売人は「橡が所有者だ」と供述したが、実際は一般人の物で、更に元を辿ると「藤堂」という貴族の持ち物だった」

 押収品の一つである古びた地図は、どうやら本土の特定的な地域のものらしい。蒼がそう推定していると、沢也は届いたメールを確認しにデスクに戻った。蒼は地図の詳細は調べている途中だと受け取って結論を言った。

「つまり、そちらがなんですね」

「ああ。藤堂と橡は同じ派閥にいながら争っている。売人が橡の名を出したのもそのせいだろ」

「そう指示されていた、と?」

「だろうな。だが、藤堂が本星だという証拠にまでは辿り着けなかった」

 メールを読み終えた沢也が資料を放り投げたのを見て、蒼は地図の調査も殆ど終了したのだと悟った。

 沢也のことだ。恐らく場所の特定は元より、現地の郵便課に指示して現場調査までを済ませたところだろう。書類を突き詰めたところで、抜かりない犯人がマジックアイテムに繋がる証拠を残しているとは思えない。

「まあ…特定とはいかずとも、絞り込めただけで十分な収穫か」

「ですね。あとは結さんに裏を取って頂いて、証拠集めに尽力するだけです」

「ああ。明日にでもここでの聴取をするつもりだ」

 欠伸混じりに眼鏡を外した沢也は、再び鳴った電子音に引かれてパソコンに向き直る。

 蒼は彼の顔を、積み上げられた書類の合間から覗いて問い掛けた。

「橡さんの方は、どうするおつもりですか?」

「予定通りに」

 即答に瞬いて、蒼にしては珍しく長めに唸り、首を捻る。

「可能ですかね?」

「忙しそうだからな」

 回答と共に滑ってきた書類を一目見て、納得した蒼は溜め息混じりに苦笑した。

「と、いう事は…僕達も足元を掬われないよう気を付けなければいけませんね」

 皮肉めいた呟きに、沢也は顔を上げる。そうして真顔で言い放った。

「苦しそうだな」

 言葉の内容を飲み込んで、蒼は思わず窓を振り向く。透明に映る自身の微笑を認識し、苦笑と共に肯定した。

「…そうですね」

「まだ、見るのか?」

「え?」

「夢」

 間髪入れぬ問い掛けに、蒼はぼやけてきた頭を回転させ、理解して首肯する。

「…はい。みますよ」

「そうか。それなら、大丈夫だろ」

 沢也は、なんでもなさそうに言い切った。蒼はやはり頭が回らず、ぼやけた微笑を傾ける。

「大丈夫…ですか?」

「…罪悪感を感じなくなったら、危ねえってことだ」

 笑うでもなく、呆れるでもなく、当然のように言い捨てる沢也に、蒼の瞳が数回瞬いた。

 蒼は沢也の言葉を解析して一人静かに納得し、細く長く深呼吸する。そうして空になった電気ポットを持って、厨房へと足を進めた。





 真っ暗な中にいた

 だけどあの頃の闇とは違う

 同じだけど違う闇。違いは上手く説明出来ないけれど


 そしてもう一つ、僕の夢には変化があった


 そう

 ランプだ


 仲間が灯す光は淡く、しかし心強い色を放つ

 道の先を僅かに照らし、共に歩んでいくために


 そして


 被害者が灯す光は強く、しかしくすんだような鈍さを持つ

 背後から背中を照らし、僕に僕という存在を認識させるために

 …僕が通り過ぎた様々な道を、忘れてはならぬと


 進むごとにランプは灯る

 消えた分、また増えて

 ぼんやりと、それでいて確かに

 振り向けばそこには必ず


 僕の行いが鮮明に、光として焼き付けられるのだ


 導きの光は先にも

 そして後にも


 続いていく

 どこまでもどこまでも

 僕が立ち止まるまで

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