cp22 [飛ばない鳥]①
夏特有の鬱陶しい暑さが続く。
唯一の救いといえば、抜けるような青空の爽やかさくらいだろうか。陽射しも強く、いつにも増して光を反射する海が窓の外に見てとれる。
傍らに置かれた扇風機と、片側だけ開かれた窓に向かいの大扉から抜ける風で涼を取りながら、王座の間で仕事に励む三人の姿があった。
広い室内で比較的風の通る中央付近に長テーブルを置き、熱を拡散するために疎らに座る彼等の格好は一様に涼しげであり、暑苦し気である。
半袖のYシャツに緩めたネクタイ、片手に分厚い書類の束を団扇代わりにはためかせながら、逆の手で別の書類を捲るのは浮かない顔の沢也だ。斜め向かいに座る有理子は、暫く来客予定がないのをいいことに、一度部屋でラフな服に着替えた程には汗をかいている。自室ではない上に扉を開放しているため、いつも彼女が着ている服より布成分が多いせいもあるだろうか。
暑さの中で唯一長袖を着る蒼が、汗をかくどころか涼しげに書類整理をしているのを不思議そうに眺める彼女の端末が、静かな空気に水をさした。
有理子は連続する音を遮断し、自室に引き返しながら耳に当てる。その背中を見送る沢也の口から、とうとう深い溜め息が吐き出された。
「不正マジックアイテム流通事件」の実行犯逮捕から一週間後。
相変わらず藤堂の尻尾は掴めていない。
蒼の予想した通り、地図から得た情報を突き詰めても、結局また別の貴族の名前が出てくるだけで目ぼしい収穫はなく。第8倉庫やアジトの所有者にも同様に、地図とは別の名前に行き着くだけで決定的な手掛かりは得られなかった。
しかし雛乃の家の車は現場から消え、街中での目撃情報も出ているため、継続して捜査中。勿論証拠に繋がる保証はどこにもない。
なお、逮捕した三人を王座の間で聴取したところ、藤堂からの強い口止めを忠実に守っている事が結に読み取られたため、調査方針を「藤堂」に絞ることは決定している。しかし結の能力はあくまで指針に過ぎず、それだけで藤堂を捕まえられるわけではない。
とりあえず、不正マジックアイテムの制作者を逮捕する事は出来たので、世間に新たなアイテムが流れる事は防げた筈だ。
あとは押収し損ねたアイテムに注意して、今後の動向を窺いながら証拠を集めていけばいい。
「解決はまだ先だが、一段落…といったところか」
リーダーからの調査書類を確認し終えた沢也の呟きに、封筒の束を手にした蒼が問い掛ける。
「彼等はどうするんですか?」
「二人は既にリリスヘ送った」
彼等とは、今回捕まえた三人の話だ。聴取を終えた罪人は沢也及び司法課の判断で、別の施設に送られる。沢也が口にしたリリスもその一つだ。
蒼が瞬きで促すと、沢也の表情が曇る。
「製作者がな…」
珍しく言葉を濁した彼に肩を竦め、蒼は書類を封筒に詰めながら詮索した。
「なにかあるんですか?」
「まあな。もう暫くは付き合ってやろうと思う」
沢也が真顔で曖昧に返答すると、蒼の微笑が僅かに変化する。
「見当はつきました」
「こればっかりは仕方ねえよ」
「すみません」
「お前のせいじゃねえだろ」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
ゆっくりと、しかし間を置かずに続いた会話を区切ったのは沢也の溜め息だ。彼は薄く笑みを浮かべると、手の甲で頬杖を付いて蒼を見据える。
「やっぱり大丈夫じゃねえな」
「そんなことはないですよ」
「弱気になってんのがいい証拠だ」
誤魔化そうとする彼に一枚の紙を差し出して、沢也は部屋から戻った有理子を振り向いた。
彼女がいつもの仕事着に着がえていた為、二人は電話の内容に見当をつける。
「あの…蒼くん」
沢也と蒼を見比べて控え目に口を開いた有理子は、やはりというかなんというか、言葉を詰まらせた。蒼が頷いたことで、彼女はやっと先を続ける。
「そんな時にひじょーに言いにくいんですけど…」
長い前置きの後、低くも高くもない棒読みが告げた。
「アポなしの来客です」
聞いてすぐに、蒼には誰が来たのか分かってしまったらしい。
「予測はしていましたが、思っていたより早かったですね」
そう言って立ち上がると、彼は苦笑にも嘲笑にも困惑にも見える微笑で沢也を振り向いた。
「そんなに切羽詰まっているのでしょうか?」
「そりゃあ、こっちとしちゃ好都合だがな」
「そう期待しない方が良いと思いますが…」
「分かってる。まぁ、あっても2割ってとこだろ」
沢也が気のない首肯をしたところで、面食らっていた有理子が気を取り直して問い掛ける。
「…なんの話?」
「悪巧みのお話ですよ」
蒼は応えながら封筒を片付け、移動がてら有理子に命じた。
「昼食は先にとってください」
でも…と、納得いかなそうな彼女に頷いて、彼は静かに扉を開く。
「彼女と少し、散歩をしてきます」
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