cp21 [ランプ]①
ぼんやりと光が点る
それはゆらゆらと闇の中を進んでいた
決して明るくはない
美しくもない
しかし確かな存在として
まるで僕を導くように
雛乃の来訪から半日が過ぎた。
ランプの隣で寝息を立てる結に、視線だけで無愛想に感謝した沢也の口から大きなため息が落ちる。
話が混線している為、先に明記しておこう。沢也と蒼が真に追っているのは「不正マジックアイテム」を流通させている主犯だ。
「終わりましたか?」
沢也が口を開く前に、仮眠明けの蒼が問い掛けた。首肯で答えた沢也は、白衣を脱ぎ捨て目頭を押さえる。
時刻は既に朝も間近な午前3時45分。
周囲が寝静まった頃から続けていた調べものは、今しがた結と共に最終確認を終わらせたところだ。
さてどこから話そうかと、沢也がパソコンを覗き込むと同時に蒼が口を開く。
「彼女、嘘をつきましたよね?」
微睡みの中に浮かぶ笑顔から出た質問に、沢也は感心したように答えた。
「気付いてたのか」
「ええ、まあ」
寝惚けているようでしっかりした返答に、沢也は曖昧に苦笑して話の軌道を戻す。
「…確かに、いくつか嘘があったみてえだ。どっちも保身の為のもんだろ」
「でしょうね。ご自身で復讐しようとした、と話していましたが…どこまで本当か怪しいところです」
気だるそうに頬杖を付く沢也に、立ち上がりがてら蒼が同意した。
ティーセットに手をかける彼にマグカップを差し出しながら、沢也は横目で文字を追う。
「一つ目の嘘は、実行犯だな」
「はい。現場検証してみれば明らかでしょう。恐らく、実行したのは彼女ではなく執事の方です」
蒼が推測するように、執事が殺されたのは偵察のためではなく、窃盗を実行に移したせいだろう。首肯で同意した沢也が更に憶測を被せた。
「執事は死ぬ間際に、雛乃にブツだけ託したんだろうな」
「だから車を奪われてしまった。彼女は運転が出来なさそうですからね」
淡々とした見解にため息で答え、沢也は蒼を横目に見据える。すると図ったようにマグカップを差し出され、受け取りがてら視線を流した。
「もう一つは…」
「彼女の意志ではない、ということです。実際は彼に命令でもされたんでしょう」
「橡……か」
沢也がため息のように吐いたのは、蒼が門番から聞いた名であり、あるリストに並んでいる名でもある。
蒼が頷くのを見届けて、沢也は続けた。
「自分でやった、なんてアホな嘘ついたのも、そっち対策だろうな」
「はい。犬の散歩もしたことがない方に、泥棒なんて出来そうもないですし…僕は寧ろ、執事さんにやらせたと聞いた方が腑に落ちますから。ヘタな嘘をつく理由があるとすれば、あなたの言う通り…橡さんの耳に入っても平気なように、咄嗟に湾曲したのでしょう」
皮肉めいた長文に、沢也はある種の詮索をかける。
「一つだけ、別の理由があるとすれば…」
小さく前置いてコーヒーを啜った彼を、紅茶の冷却待ちの蒼が振り向いた。いつも通りの笑顔に、沢也は悪戯な笑みを注ぐ。
「お前に悪印象を与えたくなかったから」
含みのある物言いに、息を吐いた蒼は困ったように問い返す。
「窃盗を働くことよりも、執事を見捨てた事の方が悪印象だと?」
「お前はそう思うんじゃねえのか?」
「ということは彼女にとっては逆でしょうね。そもそも彼女は、そんな事まで考えていないと思いますけど」
意地悪を軽くかわされて、蒼の本心に確信を得た沢也は、不敵に微笑み話を変えた。
「橡について詳しく調べてはみたが、どうにもこうにも、黒幕に媚売る為にあちこちちょっかい出してるらしくてな」
「それはそれは。雛乃さんのお家も、さぞかしお忙しいことでしょう」
「ああ。橡の下の連中は揃っててんやわんや。しかも随分失敗しているみてえだ。雛乃に窃盗なんぞやらせたのも、その尻拭いだろう」
成る程と苦笑して、蒼は手近にあった万年筆を掴む。それをくるくる回しながら、譫言のように呟いた。
「今回の見合いも、媚売りの一貫ですか?」
「ああ。んで、こっちの潜入に失敗したら政略結婚。嫁ぎ先は黒幕のお膝元らしいから。橡にも少しは恩恵があるだろうよ」
つまるところ、雛乃の行動には橡が絡んでおり、二人の家は主従関係にある。よって、橡が不正マジックアイテムを製造、販売しているとは考えにくい。
橡は何故雛乃に命令してマジックアイテムを盗ませたのか。答えは簡単、マジックアイテムを売り捌く人物にダメージを与えたかったから。
「それで、目星はついたんですか?」
蒼はやっと冷めてきた紅茶に息を吹き掛ける。沢也は肩を竦めてキーボードを叩いた。
「いいや。橡と敵対関係にある貴族を一つ一つ調べ潰してはいるが…流石に手掛かりになるようなもんはねえ」
「でも、その中のどれかであることは確かなんですよね?」
「ま、間違いねえだろうな」
沢也が曖昧に肯定すると、蒼は窓に視線を流す。
朝日が昇りかけた空は、景色を曖昧な色に染めていた。先程の沢也の曖昧さよりは、寝惚けたような蒼の曖昧さに近い。
沢也は外の色を確認し、蒼の表情を窺う。今にも溶けて外の空気と混ざりそうな彼を見て、無意識のうちに呟いた。
「…大丈夫か?」
「なにが、ですか?」
聞き返されてしまうと、答えようがない。それほど曖昧で、言葉にしにくい感情を認識した沢也は、曖昧なまま話を進める。
「いいように利用されようとしてんだろ?」
「そう見えますか?」
誤魔化されたようにも思えて、沢也は口をつぐんだ。蒼はその間も景色を楽しむように微笑を浮かべている。
蒼の曖昧さは、自身の見解に対する迷い…というよりは、願望混じりの逃避に近いのではないか。つまり「雛乃は蒼を利用しようとしているわけではない」と否定して欲しいと思いながら、否定は有り得ないと理解している…そんな矛盾から来るものだろう。
「あの女、大人しそうに見えて相当強かだぞ」
「そうですね。正直、僕もそう思います」
呟けば、蒼はすぐに返した。瞳を細めて観察を続ける沢也に、振り向いた蒼が自慢気に笑う。
「ですが…その点では僕も負けてないと思いますよ?」
「利用されるふりをして、利用してやろうって腹なんだろ?分かってる」
「それなら、なぜ心配なんて…」
呆れたようにため息を吐く彼に、蒼は困ったように聞いた。穏やかな微笑を盗み見て、俯き気味に沢也は問う。
「そういう頼られ方って、例え裏に気付いていても、堪えるだろう?」
「裏切り合戦ですからね」
「ああ」
即答に頷いて、沢也はディスプレイに目線を移した。数秒間、固まっていた蒼が独り言のように話す。
「…そうですよね。そうなんですよね」
悲し気な声を振り向いた沢也は、窓縁に凭れる彼の呟きを聞いた。
「僕が彼女を責められないのは、僕も嘘をついているからです」
嘲笑にも似た懺悔を場に残し、蒼も沢也を振り返る。
「何が本当で、何が嘘なのか…僕にもよく、分からなくなることがあります」
曖昧さは、先より増した。沢也は頷き同意する。
蒼は伏せ目がちにため息を落とすと、笑顔を強めて願い出た。
「ちゃんと、持っていてくださいね」
「なにをだ」
沢也は問い返す。不思議そうでもあり、理解しているような反応に、蒼は妖しさを含む返答を。
「道を示す、ランプを」
苦笑気味に強く、囁いた。
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