cp07 [君との距離]②
(口には出せなかったが)身長の関係もあって帯斗の方を間借りすることにした義希は、雨の煩さに負けて質問の全てを駐屯地まで持ち帰ることにする。
部下二人も黙々と移動するだけだったが、流石に手持ちぶたさになったのだろうか。義希が弄んでいたポケットルビーを見て、帯斗が眉をしかめる。
「隊長、ルビー持ってんのに傘入れてないんすか?」
「うん、この前降られた時にさ」
「困った可愛い女の子にあげちゃったとか?」
定一の指摘に固まった義希が首を振って否定すると、今度は反対側から回答が上がる。
「箱に入れられた小動物に差し出すことでナンパの手段にした、とかですか?」
「いやいや、そんな…」
「隊長はそんな回りくどいことしないでしょう」
「そうそう、ってかなに?みんなん中でオレのイメージどうなっちゃってるん?」
ツッコミもソコソコに問いただす隊長に、部下二人はきょとんとしながら当たり前のように答えた。
「え。そりゃあもう凄腕のナンパ師だって聞いてますよ?」
「だねぇ。なんでも1号と2号の名を賭けて争ったとか争わないとか」
「そんなアホなこと言いふらすのは…」
「第二近衛隊長、もといその部下だね」
「うぁぁあああ」
傘がぶれるのも忘れて頭を抱える義希。容赦なく振り込む雨に、堪らず帯斗が話題を反らす。
「で、傘はどうしたんすか?」
「え?ああ、この前喫茶店に忘れて仕方なく新しいの買ったんだけど…」
「だけど?」
「今度はそのまま鑑定所に忘れてきた」
義希が言い切ると、両隣で盛大な溜め息が漏れた。
「忘れますか?普通。しかも同じ日に二度も…」
「全く、困った隊長さんだねぇ…」
呆れた二人の呟きが義希の苦笑を生んだところで、三人は駐屯所に続く路地に入る。縦一列で到着し、定一が開いた扉の向こうに待っていたのは見慣れた部屋の風景と、一人の隊員の背中だ。
「お帰りなさい、遅かったですね?」
入室する彼等を振り向き穏やかな声を掛けたのは、第一近衛隊員の
「さんきゅ……ってか、圓だけなん?他は?」
「雨足が強いので、監視塔の方に見廻りに行きましたよ」
「また報告書ほっぽって?」
中途半端に顔を拭いた義希の問いに苦笑を返す圓は、集まった視線の中で報告書の山と向かい合う。
「それより、どうだったんですか?通り魔の方は」
右手にペンを、左手で眼鏡の淵を掴んだ圓の質問に、天井を見上げつつ答えるのは勿論帯斗と定一だ。
「通り魔なんかどーでもいーっすよ。いやあ、やっぱり美人さんでしたね、有理子さん」
「そうだねぇ。あんな子にお礼言われるんだったら、少しは頑張っちゃうかなあ」
「いっさんにしては前向きな発言ですね」
「それくらい綺麗なんですってば。俺、にっこり笑ってありがとうって言って貰っちゃったし…」
「へー、よかったなぁー?」
顔を綻ばせる二人を見上げるのは、圓の丸くなった瞳と、じっとりした義希の瞳。いつの間にか回転式の事務椅子に後ろ向きに座る彼を見下ろして、帯斗がぷっと頬を膨らませる。
「隊長、あんな綺麗な人に好かれておきながら喧嘩するなんて有り得ませんよ。幻滅っす」
「んな、違う違う、喧嘩なんてしてないから!」
「でも険悪なムードだったよねー?」
追い討ちをかけるように笑顔を傾かせる定一に、まさか「いつもあんな感じだから」と言うわけにもいかず、焦った義希は冷や汗に任せて早口に言い分けた。
「気のせい気のせい、だって、会いに行く予定とかあるし?」
「本当だろうな?」
背後から現れた気配にヒッと小さな声まで漏らし、恐る恐る振り向いた義希の目に飛び込んできたのは黄金のつり目。にじり寄るそれは、怒ったような呆れたような表現し難い色をしている。
「……小太郎、いつ帰ってきたん?」
キャスターに力を加えて遠ざかりながら震えた声で問う義希に、圓が控え目に解答した。
「ずっといらっしゃいましたよ?その、仮眠室に…」
対するリアクションはあからさまに、額に手を当てたまま後ろに倒れた義希の頭は、すかさず小太郎に持ち上げられる。
「男に二言はねえよな?義希」
「ニゴンなんて知らないけど……」
思わず目を逸らした義希は、ボケたわけでもないのに揺さぶられながら無言の圧を受ける羽目になった。
「いや、行くよ!行くってば!明日!だからそう睨むなってー!」
耐える間もなく音を上げた彼に向けて、呆れか声援か微妙なトーンの拍手が贈られる。
「さっすが隊長ー!」
「ちょっとは見直したよ」
「よく分かりませんが、頑張って下さい…義希さん」
隊員のエールを受けて義希を解放した小太郎は、そのまま彼等の報告の続きを促した。義希も義希で、魂が抜けた表情のまま話を頭に叩き込む。
帯斗と定一の報告はこうだった。
自供からして、一連の通り魔事件は確保した容疑者の犯行と見て間違いはないだろう。彼はアイテムと強化剤の使用は認めているものの、出所までは明らかにしておらず、前回の第三倉庫の犯人達と併せて今後も取り調べを進めていく方針だ。
そもそも今日の一件は「通り魔は光魔法のアイテムを使っているのではないか」というところまで解析を進めた矢先の出来事だったらしい。光を扱う代物が出てきた事で、いよいよ解決を急がなければと、尋問の合間に顔を出した沢也が溢したそうだ。なぜなら防御魔法…バリアは光属性だから。
今回押収したボールペンは、性能は悪くとも形になっていると、詳しい分析前の段階で鑑定されたようだ。
日頃からバリアを使っているだけに、義希でも相手側の防御が固くなれば戦闘が厳しくなることは容易に想像ができる。沢也の言い分は最もだ。
「先のこと、キッチリ考えとかねえと。あとは司法課の尋問に期待するしかねえか…」
話し合いは小太郎が適当にまとめたところでお開きになった。出払っていた隊員達が帰還し、小太郎の矛先が奪われたから。彼は怒り心頭で部下たちに”報告書制作命令”を下した。
すっかり月が顔を出した頃。
やっとのことで駐屯所を後にした義希は、帰り道で倫祐と鉢合わせる。
「倫祐!よかった、会えて。遅くなったけど、これ…」
のんびりと歩いていたように見えたが、恐らく暇ではないであろう彼にまとわりついた義希は、早々に用件を切り出した。が、品物を手の中に呼び出したところで思い出す。
「あ、皿は家なんだった」
買い出しの品と一緒に、肉じゃがが入っていた丼も返すつもりでいたのに。
頭を掻く義希の手から買い物袋を受け取った倫祐は、開いた手に大きな皿を乗せる。
「へ?また貰っちゃっていいん?」
ヨダレ混じりに唐揚げと大根おろしのタワーを見詰める義希に、倫祐は黙って頷いた。
「助かったぁ、まだメシ買ってなかったんだ。ってか、倫祐はなに?どこ行くん?」
進行を再開する倫祐を義希の声が追いかける。
「また仕事?」
問われて立ち止まった彼は、首だけ振り向いてまた頷いた。
「そか」
唐揚げ片手に傘を持ち直した義希は、遠ざかる背中を更に呼び止める。
「なぁ倫祐。オレ、明日城に行く事にしたんだ」
強い語気にも関わらず、倫祐はもう振り向かなかった。
「よかったら……」
一緒に行かないか?その言葉は口から出ずに義希の胸の中に落ちる。
雨に煙る視界の中だからだろうか。ビニール傘に隠された倫祐の背中は、あっと言う間に見えなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます