cp07 [君との距離]③
翌日も雨だった。
梅雨だから仕方がないとはいえ、先週は晴れ間がのぞいていたせいもあって、蔓延る憂鬱に拍車がかかる。
加えて切欠こそあったものの、踏ん切りが付かないまま約束をしてしまったがために、朝から妙に胃が痛む。
空になった大皿を洗いながらうだうだ考え、無意味に唸る義希はもやもやしたまま出勤し、いつもより短いその日の業務をなんとか乗り切った。
そのままうやむやにしてしまおうかと、タイムカードを切って駐屯地を出たところで、沙梨菜に待ち伏せされていてはもうどうにもならない。
心の中で項垂れてはみるものの、一度は彼女とも約束しているわけで、言いくるめられたその足で、二人はのろのろと城へ向かうことになった。
「でもさ、義希。どうしてそんなに嫌がるの?」
不服そうな義希を覗き込むようにして問う沙梨菜もまた、不服そうに口を尖らせる。義希はその表情を見て一つ唸ると、頬を掻きつつ呟いた。
「いや、なんていうか…オレ、拗ねてるのかも」
「へ?」
「有理子が冷たいから、拗ねてるのかも」
丸くした目を瞬かせ、頷いた沙梨菜は促すように相槌を打つ。
「うんうん、なるほど」
「でも、オレはそれでも、どうしていいか分かんないんだ」
「そんなの簡単だよ!話せばいいんだよ」
「そうなんだよな、簡単なことのはずなんだ」
義希は真面目に首肯して沙梨菜を振り向いた。その瞬間、笑顔を浮かべた彼女は当たり前のように口にする。
「大丈夫だよう。有理子だって、きっと待ってるよ?」
それを聞いて、昨日のくれあや八雲との会話を思い出した義希は、安心したように笑顔になった。沙梨菜はピョコピョコ跳ねながら道の先を示す。
「じゃ、義希?行く前にテイクアウト出来る美味しいお店に連れてって♪」
「いやいや、この街ならオレより沙梨菜のが長いんだし、詳しいんじゃないん?」
「沙梨菜はなんだかんだ、海羽ちゃんの料理が一番好きだから」
「ああ、帰って食ってるからアレなんか」
「そゆこと」
「わーった、んじゃあそこかな」
くるくる回る沙梨菜の背を押して進行方向を決めた義希は、本来の目的も忘れかける勢いで食料の事を考えはじめた。
二人は大量のケバブをポケットルビーに忍ばせて、意気揚々と昼下がりの王座の間に入る。
「沢也ちゃーん」
両開きの扉が出す音にも負けぬ声量で呼ぶ彼女を見て、呼ばれた本人は隠しもせずに盛大なため息を付いた。
「ひ、久しぶり~」
そんな様子すら懐かしいと思いつつ、気まずさ全開で中途半端に挨拶を飛ばす義希を無視して会話は続く。
「みんな、またお昼食べてないんでしょ?ケバブ買ってきたから食べて食べて?」
「わあ、ありがとうございます」
中央の長テーブルに置かれた差し入れを見て微笑んだ蒼は、その足で有理子の部屋をノックした。
数秒後に顔を出した有理子は、部屋に充満する匂いに表情を緩める。
「わー良い匂いー♪ビール飲みたいー!」
「いっぱいあるし、夜まで取っとけば?」
能面のような笑顔で提案した義希の、あまりにも酷いよそよそしさに空気が一瞬だけ固まった。
「……へ?オレなんか変なこと言った…?」
「顔ガッチガチだよ?義希ぃ」
「えっうっそ、そんな筈はっ」
「っていうか!あんたちょっとこっち」
自身の顔を触る義希を見た有理子は、無情にもそのほっぺたをつかんで引きずりはじめる。
「いてっ!痛いって有理子…?なになに、なん…?」
「お前、経費削減で今日から家なし」
「ふあ?!」
「有理子さんと同室でお願いしますね。義希くん」
呆れ顔の沢也と笑顔の蒼に言い渡され、変な声を上げた義希は数秒間フリーズした後、なんとか状況を把握したようだ。
「まじで?!」
「いいからこっち来る!模様替えくらい手伝いなさいよ!」
「へ?わま、分かった、分かったから離してイテテテ…」
驚きと喜びと戸惑いと、様々な感情を表情と仕草で表現する彼を、有理子は問答無用で部屋に押し込む。
パタリと閉まった扉に浴びせられた三つのため息は、そのまま小さな会話に繋がった。
「それにしても、よくオッケーしたね?有理子」
「まぁな。っつーか、凹むくらいなら最初からそーしとけっつーの」
「彼女の場合、義希くんが素直過ぎる分、素直になれないんですよね。きっと」
「そーゆーもの?」
「そーいうもの、だと思いますよ?」
輝かせた瞳を傾かせる沙梨菜に倣って、返答する蒼の首も同じ方向に倒される。
「じゃあね、じゃあね、沙梨菜がもっと素直じゃなくなれば沢也ちゃんも…」
「ねーよ」
沢也が先回りでぶったぎると、沙梨菜の首が微かに俯いた。
「ぶー。でもいいんだぁ。最近沢也ちゃん格好いいし♪」
「そうなんですか?」
「うんー。ぶちギレて寡黙になるその横顔がもう…」
「おい、そいつ摘まみ出せ。声で気が狂う」
「むー。じゃあちょおっとレコーディングのリハ行ってくる。だからちゃんと食べてね?沢也ちゃん」
蒼のフォローも待たずにそう言って、沙梨菜はそそくさと出口に向かう。心配そうに振り向く彼女に頷いて、蒼はテーブルに盛られたケバブを二つ手に取った。
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