cp06 [File2”D区画・路地裏”]③



 犯人が放っているのは恐らく、光の刃だろう。手元のアイテムを操作すると、装置が作動してランプが点灯する。攻撃が来るのはその約10秒後…つまり、かなりのタイムラグがあるのだ。

 最初こそ偶然だったものの、仕掛けに気付いた有理子はタイミングを見計らってバリア付きナイフを投げているに過ぎない。

 男は暫く沈黙していたが、八雲が携帯を耳に当てるのを見て動きを再開する。

 腰の脇に左手を、添えるようにして右手を。そのまま前傾姿勢で駆けてくる様子からして、恐らくは…

「下がって下さい!」

 バリアナイフを一本投げ、発動している間に出した大きなナイフ2つで、有理子は男を迎え撃つ。

 透明な壁に向けて腕を振り、もう一度元の体勢に直った通り魔の手に握られているのは、少しばかり立派なボールペンだ。

 有理子がそれを認識し、迫る男のフードに隠れた瞳を目視した瞬間、視界の端がキラリと光る。

 咄嗟に前に出したナイフが受けたのは、ボールペン本体から伸びた光のナイフ。それは有理子のナイフにヒビを入れると共に消え失せた。同時に、男も彼女と間合いを取る。

「しくじったら命はない、か…」

 今まで死人が出なかったのが奇跡に思えるくらいの殺傷力。確実に当てに来るところからも躊躇いがないのは認めるが、しかしどうにもぎこちない。

「そのアイテム、どこで拾ったんですか?」

「お前には関係ない」

「それがなければ私でも勝てそうな気がするんだけど」

 連絡を終えたのだろう。後方から挑発的な言葉を投げる八雲に、男の大きな舌打ちが答える。

「これがなきゃ、なんにも出来ないとでも言いたげだな」

「違うんですか?」

「分かってるさ。その手には乗らない」

 男はポケットから取り出したカプセルを口に放り込むと、激しく震える右手を左手で押さえ、マジックアイテムをきつく握りしめた。

「やはりそう簡単に捨ててはくれないか」

 悠長に呟く八雲に向けて、男は覚束ない足を進める。二人の間に立つ有理子は、フラフラと歩いてくる男の様子に寒気を覚え、そのまま数歩後退した。その直後。

「走って、八雲さん!」

「しかし…通りに出すわけには…」

 スピードを増して二人に迫る男の表情が、捲れたフードの下で大きく変化する。

「この世の為に死ね!幸福者!」

 低い声に合わせて引き抜かれた刃にナイフを飛ばしかけた有理子は、自分を素通りしようとする男に気付いて冷や汗を流した。

 足場の悪い中、それでも凄い速度を保ったまま八雲に向かっていく彼の足を止めようと、有理子が咄嗟に投げたナイフがバリアを生み出す。

 阻まれた行く手をマジックアイテムで切り開き、再度構えた男は、不安定な体勢を左右の壁で立て直した。

 目の前で背を見せつけられ、伸ばしかけた腕を一振りに遮られ、遠ざかる背中に向けて投げた5本のナイフも叩き落とされ、それでも諦めずに有理子は追加の一撃を放つ。その間にも八雲との距離を詰め、男は嬉々とした眼差しをぐるりと反転させる。

 彼が飲んだのは、恐らく強化剤だろう。

 マジックアイテム同様裏社会で出回っている、身体的能力を無理矢理引き出し、極度の興奮状態に陥る一種の麻薬だ。

 八雲もそれに気付いたのだろう、逃げる途中拾い上げた傘を手に近場のごみ箱を蹴り付ける。

 足元を掬われた上に、背後からは有理子のナイフ。それでも男は八雲から視線を逸らさなかった。

 転げたごみ箱に阻まれて、足下を狙ったナイフが鈍い音を立てる。路地の入り口で振り向いた八雲に、中距離から男のボールペンが光を発射した。

「そこまでだ!」

 八雲と男の間で攻撃を相殺した銀の輪。夕陽を背に大通りに佇むのは、叫びを上げた帯斗と、チャクラムを弄ぶ定一だ。

「もう到着したのか?」

「うちの通信網を甘く見てもらっちゃ困ります」

 男の舌打ちにふんぞり返る帯斗を見て、傘を盾に固まっていた八雲の口から安堵の溜め息が漏れる。

「降参するなら今のうちよ」

 両手にナイフを構える有理子を体半分振り向いた男は、茶化すように指先のボールペンを回した。

「そうだな。目撃者を消す意味はなくなったが」

 受け止めたそれを高い位置に掲げ、彼は堂々と言葉を繋げる。

「腹いせに、役目は果たさせてもらおう」

「役目?」

「そうだ。てめえらみてえな幸せそうな奴等の、片割れをぶっ殺して悲しい目に合わしてやる……それが俺の役目」

「勘違いしないでください。私達は…」

「役立たずは黙れ!」

 男の怒声が八雲の口を封じたことで、束の間の静寂が訪れた。沈黙の上を流れる湿った風に合わせて、八雲に狙いを定める通り魔の横顔に、暗がりから有理子の嘲笑が注がれる。

「要は大掛かりな逆恨みってとこか」

「んだと?!」

「それなら殺るのはわたしでもいいわけだ」

 挟み撃ちを崩せない現状、慣れない仲間同士で飛び道具を扱うのは危険だ。有理子はそれを悟られぬよう注意しながら、無理にでも男の興味を自分に向ける。

「ねえ、そうでしょう?早くかかって来なさいよ」

 上手いこと眉を逆立てた犯人に口端を緩めた有理子を、再び寒気が襲った。

「この状況で挑発してくるとは…」

 男の手元が発光する。それは夕陽が放つ光をかき集めるようにして増大を続けた。

「いい度胸してんじゃねえか!」

 彼の持つアイテムは、ペンの頭に付いたミラーで光を収集して発動する。つまり、日光が当たる場所で使用すれば必然的に能力が高まるわけだ。

 有理子はまずミラーを潰しにかかる。続けて男の後方と前方に向けてバリアナイフを。これで一撃はなんとか防げる筈だ。

 小さすぎる鏡には命中しなかったものの、弾かれたボールペンが落ちる。それは有理子のバリアと路地の壁に亀裂を生んだ。

「通行人を遠ざけて下さい、早く!」

「心配には及ばないよ、参謀から指示は出てるからね」

 慌てる八雲に悠長な返答をするのは、相変わらず指先でチャクラムを回す定一だ。業を煮やした八雲が彼を振り向くと、定一の視線は犯人の遥か向こう側を捉えていた。

「これで…」

 引き抜かれた光のナイフに飛んだクナイが地に落ちる。

「なにかにぶつかると消失するんでしょう?それ」

「だからなんだって?」

 通り魔は言葉に動じることなく、発射口を有理子に向けた。そして、狂ったように連打する。

「あの夕陽から蓄積した光、全部くれてやるよ!死ねえぇぇぇ!」

 機関銃のように乱射された光線は、薄暗い路地を明るく照らした。

 その全てを弾くためナイフを構えた有理子の腕が、不意に後方へと引っ張られる。

「間に合った…」

 呟きは光の壁の内側で。

 自らを庇うように立ち塞ぐ金髪を見上げながら、有理子は思わずその名を呼んだ。

「義希…」

 彼は振り向かず、代わりに前へと跳躍する。

「なっ…」

「殺すなんて、そんなこと、させるかっ」

 目を見開く男の腹部に斧の柄を打ち込んだ義希が躓き、二人は横倒しになる。

 その拍子に犯人の手から転げ落ちたボールペンが、有理子の足下で観念したように動きを止めた。

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