cp06 [File2”D区画・路地裏”]②
鑑定所はもともと「換金所」と呼ばれていた場所だ。
そもそも換金所はモンスター繁栄時代に広まった「郵便局」の別名で、元々は郵便施設として作られたものだったらしい。それを元の形に戻し、換金所の知識を合体、進化させたのが現在の鑑定所だ。
鑑定所は各町村に一つ、もしくはそれ以上存在し、主に「換金所の運営者」と「町村課(各町村で役所を運営する国の部署)の人間」で構築されている。なお、王都では町村課ではなく上位互換の民衆課の人間が派遣される。
民間人はこの場所から書類を入手、記入して国に提出することが多い。
要は郵便、役所、銀行の役割を担う、国にとっても重要な施設だ。民間人の元換金所運営者にも管理を任せたのは、人手不足に加えて彼等が職を失わない為でもあったのだが、それはまた別の話。
有理子は顔馴染みの職員に八雲を紹介し、鑑定所内での仕事を話して聞かせる。
郵便の集荷時間は朝の7時と夕方4時、伝票の書き方、金融管理の機械の取り扱い、民衆課の窓口係のローテーションなどなど。八雲と鑑定所員の脱線話を交えた、長い説明と質問を応酬が終了したのは一時間半後のことだった。
「ほら、八雲さんのおしゃべりが長いから…」
「ああ、日が暮れてしまう」
夕日に焼かれつつある町並みを切なそうに眺めた二人は、早足でその場を後にする。
「先に聞いておきますが、監視塔とクレープ屋の他に見たい場所は?」
「そうだな。いい感じの雑貨屋なんかありませんか?」
「それなら、丁度帰り道にありますよ」
「じゃあ後ほど少し寄らせて下さい」
「了解です。とりあえず近道して、監視塔まで急ぎましょう?」
仕事もプライベートもいっしょくたになっているあたり、八雲も有理子に負けず劣らず仕事脳のようだ。打ち合わせもなく仕事用のメモを持参してきているのがいい証拠だろう。
競歩の速度で進みながら、2人は有理子の指した路地を人の流れの向こうに見据えた。
目的地の監視塔は、街の入り口に当たる橋の両脇に聳える塔のこと。それをスタート、及びゴール地点として街を囲うのが防風壁である。
壁や橋のメンテナンス依頼も含め、監視塔に関する仕事も民衆課には山ほどあるのだから、せめて顔出しだけでも今日中に済ませてしまいたい。
有理子は頭の片隅で考えながら、小路に足を踏み入れる。
道幅も広く、見通しがよい大通りからうってかわって、両脇を壁に挟まれた道は狭く、二人がギリギリ並んで歩ける程度だろうか。前方には乱雑に積まれた木箱やごみ箱等が並んでいて、足場も悪い。
おまけに各方から無秩序に小道が連結されているため、通り抜けるだけにしても気が抜けなさそうだ。
それはこの街を歩き慣れた有理子だからこそ感じることであり、街に来て日が浅い八雲にとってはそこらの路地裏と大差ないのだろう。それを証拠に、見上げた先にある狭い空を確認したり、箱の上で眠る猫に手を伸ばしてみたり、リラックスした様子だ。
あのトラキジの子が可愛いとか、あんなところに窓があるとか、ここは食堂の裏口かな?とか、八雲の他愛のない話に耳を傾けつつ、周囲を警戒していた有理子は、路地の中央で足を止める。
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでも」
驚いて問い掛ける八雲に肩を竦め、彼を背に進行を再開した彼女は、前を向いたまま小さくたずねた。
「…八雲さん、武術なんかできたりしませんよね?」
「そうですね。こっちなら、少しは」
頭の上から両腕を振り下ろす仕草を横目に捉えた有理子が、小首を傾げて問い直す。
「剣、ですか?」
「趣味でね」
「それなら、なんとかなるか、な…?」
照れ交じりの返答を受けた彼女が口の中で呟くと同時。数メートル先にある交差点から、恐ろしい速さで光の筋が伸びてきた。
有理子は咄嗟に、手の中に呼んでいたクナイを近場の木箱に投げつける。それは箱に接触すると、盾に似た円形のバリアを生み出した。
「伏せて!」
有理子の声に反応出来ず、引き摺られるようにしてごみ箱の影に座らされた八雲の視界を、眩い光が覆う。
通り魔。
その情報は二人の耳にも入っていた。
だからこそ有理子は、普段は持ち歩かないポケットルビーごと武器を持ってきたのだ。八雲が油断していたのは、二人が恋人同士ではなかったから。
手配書の情報はこうだった。
最近多発している通り魔による傷害事件について。
今週に入って既に5件が発生済。手当てが早かった為死者は出ていないが、被害に遭った5人中2人が重傷を負わされている。
狙われるのは主に仲睦まじく歩く男女……つまり、カップルだ。そのうちの片方だけが怪我をさせられる。
犯行に使われる凶器は謎。傷口は刃物で刺された、もしくは切りつけられたようなものが殆どだが、どれも火傷を伴っている。
犯行場所は人目が多いところから少ないところまで疎ら。犯人の目撃情報はなく、それらしい武器の類いも発見されていない。
閃光が収まると、周囲には喧騒だけが残される。
目を閉じて身を縮めていた八雲は、小さな金属音を聞いた。顔を上げると、ナイフを投げた体勢から立ち直り、次の武器を取り出す有理子の背中が見える。
「舌打ちしてる余裕があるなら、早いところ逃げたらどう?」
曲がり角から伸びた影に挑発と三本目のナイフを投げると、お互いの中間地点で弾けるような音がした。
「お前、何者だ?」
「見た通りだと思うわよ?あなたは、今噂の通り魔ってところかしら?」
「……近衛隊、ではなさそうだが…」
「あなたと違って、一般人でないことは確かよ」
攻撃を防がれた上に言い当てられて動揺したのか、顔半分を壁から覗かせた人物は、歪めた瞳で有理子を睨む。
「有理子さん、あんな事を言ってしまった手前悪いんですが…」
状況を把握した八雲が有理子の背中を詰まんでした挙手が、緊張を僅かに緩和させた。
「腕前は期待しないで下さいね…?」
困ったような笑顔が有理子の視界に映ると同時、通り魔から飛ばされた何かが、彼女の腕を掠めて地に落ちる。
「見られたからには、生かしておくわけにはいかない」
体を捻ってギリギリ避けたが、服を割いたそれは有理子の右腕に赤い筋を残していた。確かに地面に落ちた筈なのに、既に目視することができない武器の正体は。
「やっぱり、マジックアイテムか…」
有理子が声に出して確認すると、前後の二人も各々の反応を示す。
「近衛隊に連絡を…」
「するなら沢也の方が確実です」
「分かりました、すぐに…」
片手で端末を操作する八雲に妨害が向けられた。
「そう簡単に!」
男が標準をずらす間に防御の準備を終えた有理子は、バリアに弾かれた飛来物を見届けて眉をしかめる。
「甘く見られたものね」
目を見開く男に聞こえぬよう息を吐き、有理子は彼の手元を注視した。
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