cp03 [File1”第3倉庫”]③


 モンスター化した妖精の最後の姿…特別な力がある宝石。その全ては国の管理下にあり、許可した人物以外には貸し出していない。ポケットルビーをはじめ、アメジストやムーンストーンも例外ではない。

 特殊な石の中でも、蒼が立案して沢也が設計し、海羽と咲夜と椿の手によって完成した「改良型バリアストーン」は、3つしか現存しない貴重種。現在は隊長2人と国の最重要人物が持っている。


 このことは犯罪者の間では周知の事実で、軽視されがちな近衛隊の中でも、隊長だけは厄介な存在として扱われる程だ。

 効果は見ての通り、海羽やハルカが得意とするバリアと大差なく、スイッチ一つでドーム型と盾型の切り換えができる優れもの。その便利さを知っていながら感嘆を漏らすのは、入り口付近に待機中の定一だ。

「さすが、隊長がいると違うねー。楽で結構」

「っつーか、顔見れば隊長だって最初から分かりそうなもんですけどね」

「最近の若いのは新聞見ないから、こうやって命取りになるんだよ」

「俺は読みますよ?若いけど子供じゃないんで」

「知ってるよ、時々見かけるからね。さて、防御は固くとも攻撃はどうなのか…お手並み拝見といこうか」

「あれ?いっさん、まだ見たことないんすか?」

「サボってたからね」

「サボらないで下さいよ」

「給料分は働いてるから心配はないさ」

「そういう問題ですかね…?」

 背後で続く帯斗と定一のコソコソ話に気付く余地もないほど、隊長二人が浴び続けていた弾薬がついに切れた。

 続けて持ち出されたのは近接武器。背中を合わせた義希と小太郎を囲む5人の男達の額には、青筋が浮かんでいる。咆哮を合図にはじまったドンパチを前に、帯人と定一も会話を止めて姿勢を直した。勿論、周囲への警戒も忘れていない。

 そんな二人に目線を飛ばした小太郎は、攻撃の全てをドーム型のバリアで受け、素早く後退する。動きを目で追った5人はあっけなく、一回転した義希の斧の柄に弾き飛ばされた。

「これだから隊長は…」

「ろくに警戒もしねえで…厄介なの連れてきやがって…!」

 動かなくなった仲間の一人に悪態を付き、背後の包みを掴んだ2人が一目散に向かうのは、だだっ広い倉庫の最奥。

「でも残念!ツメがあめえんだよ、近衛隊はぁ」

 捨て台詞を残し、2人は積み重ねられた木箱を避けながら裏口に逃げた。小太郎はすぐさま地面と水平に跳躍する。

 一直線に捕らえた敵の背中、突き出されたレイピアが小包に届くも、衝撃で飛び出した中身は敵の手の中に綺麗に収まった。

「観念しろっ!」

 外からの先回りに成功した帯斗が裏口を開く。挟み撃ちに焦ったのか、マジックアイテムを手にした男が、開け放たれた扉にアイテムを向けた。

「誰が、大人しく捕まるかってんだよ!」

 発動を止めようと、義希が伸ばした斧は虚しく空を切る。携帯型扇風機から吐き出された炎が、勢いを増して帯斗に襲いかかる。

 迫り来る熱気に思わず両腕で顔を覆った彼の前に、上から風が降り注いだ。冷たい空気を纏うそれは、あっという間に赤色を掻き消した。

 突然の出来事に呆気に取られたのは、危機を免れた帯斗だけではない。アイテムを使った本人も、義希や小太郎に取り押さえられた男も戸惑ったままだ。

 風を起こした張本人は、立ち尽くす犯人を剣の柄で気絶させる。

「さっすが倫祐!助かった、さんきゅーな」

 天井から降ってきた彼に親指を立てる義希に、開いた口の塞がらない部下二人が腑に落ちない視線を投げた。

「ここまで手ぇ出したんだ、搬送も手伝ってけよ!」

 暴れる男を押さえ付けながら倫祐に指図した小太郎は、続けて苦笑する義希も顎で使う。文句もなく従った彼が手錠をかけるのを横目に、倫祐は抵抗を続ける犯人に手刀を落とした。

 途端に静かになった倉庫。倫はそのまま命令通り一人を肩に担いで入り口に向かう。

 足音もしない閑散とした倉庫内に、暴れていた男が持っていた2つ目のマジックアイテムが落ちて虚しい音を立てた。



 陽が暮れかけた城下町。

 オレンジに染められた壁を背景に、扉から入ってきたのはしかめっ面の小太郎だ。

「どーだった?」

「どーもこーも。誰かに手伝わされたっつーだけで、詳しいことはなにも」

 どかりと腰を下ろした彼は、捕まえた5人を城の地下牢まで送り届け、司法課による尋問に立ち合い、やっとのことで駐屯地まで戻ってきたところだ。

 彼の帰りを待ちながら書類と格闘していた三人は、それぞれがだらけた姿勢をそのままに、小太郎の膨れっ面に問い掛ける。

「もっと叩けばなにか出そうなんすか?」

「出てもらわねえと困るな」

「じゃあ後はボス任せか」

「最悪沢也もしゃしゃるだろうよ」

 帯斗と義希に対する小太郎の返答は、部屋の空気をあからさまに変えた。

「…大臣の…尋問…」

「ある意味ボスより怖いかもねぇ」

 身震いする帯斗と定一。更には居合わせた他の隊員達まで腕を擦る様子を見て、小太郎と義希は苦笑にも似た笑いを堪える。

 反応を見れば大方予想は付くだろうが、歯に衣着せぬ辛辣な物言いや鋭い目付きから、沢也は「鬼参謀」と呼ばれ恐れられていた。恐怖で顔を伏せる彼等をよそに、小太郎の報告は続けられる。

「押収したアイテムも、沢也を筆頭に詳しく調べるらしいけどよ」

「それでなんか分かればいいなー?」

「ほんっと、能天気だなぁお前はよお」

 周囲に間抜けな花を飛ばす勢いで笑う義希に、小太郎が盛大な溜め息で答えると、立ち直った帯斗が不服そうに顔をしかめた。

「いいじゃないですか。俺達が出る幕もなさそうな感じになってきましたし?」

「本隊長か。あれはなんだ、本当にロ…」

「そんなアホな話はどぉでもいいんだよ!」

 言葉を遮って、小太郎が咥えかけていた煙草ごと両手を机に叩きつける。注目を浴びた彼はハッとして、しどろもどろに言葉を繋げた。

「っ、そ、それより、報告書上がったんだろうな?二人とも!」

「アホな話ってことはないと思いますけど?」

「上 が っ た の かっつってんだよ!」

「…まだっす…」

「まあまあ、っていうかいっさんー。ここどうやって書くんだっけ?」

「仕方がない隊長だなぁ。義希くんは」

「ごめんごめん、この手の仕事が一番苦手でさ…」

 義希が発する空気が険悪を緩和する。小太郎は荒い息と共に立ち直すと、ストールを肩に掛けて踵を返した。

「んじゃあ義希、あときっちり締めとけよ?おれ様は一足先に…」

「おう、くれあに宜しくな!」

「明日も寝坊すんなよ?お前は」

「うぐっ…ど、努力しま…」

 歯切れの悪い義希に舌を出した小太郎は、苛立ちを乗せて扉を閉めた。

 夜風に晒された「近衛隊長駐屯地」の看板は、衝撃を受けても斜めを向いたまま。数秒後に沈黙を取り戻した。

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