cp03 [File1”第3倉庫”]②
城下町の北側を占める工業地帯の一角は、港に直結する倉庫街となっている。現場の第3倉庫も、そのうちの一つだ。
倉庫街から崖下の海までは、エレベーターやゴンドラなど、様々な方法で貨物を運んでいるようで、重機やトラクターなどが置きっぱなしになっている。その為広いわりには視界が悪く、特にシャッターを閉めきった倉庫の見通しは最悪だ。
日に三度、本島と王都を往き来する船は、国の管理の下、許可された品物だけを運搬する手筈になっている。しかし梅雨の間は海が安定しないため、現在は終日運休だ。この時期になると活気だけでなく物量的にも閑散とする上に、全ての倉庫のシャッターが降りてしまうため、どことなく薄暗く、心なしか空気も悪く思える。
元がゴーストタウンだっただけに、雰囲気満載な入り口付近に辿り着いた小太郎は、呼び出した張本人を探して物陰から辺りを見渡した。
その背後に気配が現れたのは、彼が周囲の状況確認を終えてすぐのこと。
「こったろぉおぉー!よかった、合流できて」
「おう、ってかお前のが遅いってどういうことだし」
「途中でつかまったん。おばちゃんに」
「アホか…」
「ちゃんと説明してソッコーではなしてもらったもん」
呆れる小太郎になぜかふんぞり返った義希の背後、ちらりと覗いた茶髪が小声で苦言を溢す。
「少数精鋭でそっと近付くらしいんで…あんま騒がないで下さいよ、隊長」
「なんだ、帯斗も一緒かよ」
「俺が一緒じゃ悪いですか?」
義希の脇からひょっこり顔を出し、ぷっくりと頬を膨らませたのは義希の部下にあたる青年、
小柄な小太郎よりも更に背の低い彼は、童顔も相成ってまるで少年のように見える。本人もその事を気にしているようで、彼の実年齢(19歳)以下の子供扱いをしてしまうと、あからさまにヘソを曲げる。特に身長に関する話題はタブーで、普段は空気の読めない小太郎ですら自重する程だ。
「いや、聞いてねえよって話。報告くらいきちんとしろし」
「す、すまん…なんかこんなおっきい事件?はじめてだからテンパって…」
「しっかりしてくださいよ!隊長。頼りにしてるんすから」
小太郎の言い訳に汗を飛ばした義希に、帯斗は懐に常備している小魚の小袋を手渡した。「カルシウム補給でイライラやソワソワを撲滅する」との名目で、日頃から小魚を携帯している彼であるが、涙ぐましいまでの努力にも今のところ成果は見られず。隊員達は生暖かい眼差しで、小柄な帯斗の頭を撫でたい衝動を抑える日々を送っていた。
義希は帯斗から受け取った煮干しをかじりつつ、先頭を切る小太郎の背中を追いかける。
小魚を口からはみ出させた二人を引き連れて、中腰で先頭を進んでいた小太郎は、目的の倉庫の手前で屈む人物を発見し、コンテナの影で立ち止まった。
対象に気付かれないよう寄ってくる三人に気付いたのか、振り向いた眠そうな顔付きの男が、欠伸がてら力ない手招きをした。
「遅かったね」
「ごめん、いっさん。大丈夫だった?」
問いかけに肩を竦めた中年の彼は、義希が最初にその名を目にした時に「ていいちさん」と読んだことからいっさんと呼ばれるようになり、僅か2ヶ月足らずで渾名として定着してしまってはいるが、本名は「定一」と書いて「さだかず」である。
噛み殺す努力もなく連発する欠伸からも分かるように、彼からはやる気の欠片も見いだせない。それでも元は組織の中立派として最後まで生き残った数少ない人材なだけに、腕は確かだ。
「まぁ、なんとか大丈夫。ほら、あの辺だよ」
例によって欠伸混じりに示された分厚い倉庫の扉の片側、微かに開いた隙間からは、蠢く複数の人影を垣間見ることができる。周囲には見張りのようなものもなく、中の人数も片手で足りるくらいだろう。
「毎回思うんだけど、なんつーか、人員少ないんだよな」
「そりゃあ、あっちにはマジックアイテムがありますからね」
「まぁ、そうだけどさ」
「好都合じゃねえか。なめやがって…!検挙できれば大手柄だぜ?」
「んじゃ、まあ…捲りますか…」
「いっさんが言うと逆にやる気が抜けてくんですけど…」
「あはは、んじゃ小太郎、先頭は任した!」
「仕方ねぇな、おれ様が突入の手本ってやつを…」
「はいはい、よろしくな!」
そう言って小太郎の背を叩く義希がピアスから取り出したのは、現在彼が武器として使用している片刃の大斧だ。アネモネは相変わらず有理子の元で髪飾りとして働いているので、代用として沢也が義希の希望に沿って加工した特注品である。
各地を旅していた昔と違って、警備中は人間を相手にすることが多く、いくら犯罪者でも殺してしまうわけにはいかない。加減の難しい武器を扱う義希は、自分の力量を考慮して刃の片側を軽量ハンマーにしてもらったのだ。
見た目は普通の斧と変わらぬそれを肩に下げた義希は、義手をナイフに変える小太郎に続く。
様子を窺う小太郎の合図を待って忍び足で近寄ると、微かに話し声が聞こえてきた。内容までは聞き取れないが、どうやら品物の確認中らしい。
踏み込むなら今だろう。
小太郎は武器の特性も考慮した上で義希に合図を送る。頷いた彼は、後ろの二人に援護の依頼をして小太郎に向き直った。
小太郎の口の動きに合わせて、左手が3つカウントする。義希は正面のシャッターから飛び込み、きっちりと斧を構えた。
「近衛隊だ!大人しく投降しろ!」
威勢のある決め台詞に場が硬直する。その空気は数秒間停滞した後、行き場をなくして見事に地に落ちた。
「言いたかっただけかよコノヤロー!」
堪らずツッコミを入れた小太郎に困った顔を返す義希。その間にも敵の体勢は整ってしまったようだ。
「マヌケが来てくれて助かったぜ」
台詞と共に構えられた散弾銃が義希と小太郎を狙う。銃口は待ったの声が出る間もなく弾を吐き出した。
けたたましい音が広い倉庫内で反響を繰り返す。雑多に置かれた積荷と、独特な凹凸を持つ高い天井のせいで音の跳ね返りが大きい。加えて激しい弾幕で床に積もっていた埃が巻き上がり、視界が悪くなる。
「おかげで貴重なアイテム使わずに済んだぜ。ありがとな、隊員さん」
「そうか、そりゃあよかった」
悪態の後、響いたのは金属同士がぶつかる音。続けて重たいものが床に落ちたような音が木霊する 。
「押収品は多いに越したことはねえ」
皮肉に併せて間近に迫る小太郎のツリ目。切断された散弾銃を捨て、慌てて距離を取った男は、真っ直ぐに立ち直す小太郎と、その奥で突き出していた右手を下げる義希の顔を見て舌を打った。
「このマヌケが隊長さまかよ」
「世の中どうなっちまってるのかねえ」
「うっせー!マヌケなのはアイツだけ!おれ様はまともだっつーの!」
「ちょ、小太郎?酷すぎ!」
コントの合間にも飛んできた銃弾を弾くのは、近衛隊長だけが持つ事を許された特殊なバリアストーンだ。
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