cp01 [あれから]②



「こらっ!お前、なにぼーっと歩ってんだよ!」

 頭の中を考え事に占領されていた義希の意識を引き戻したのは、小太郎による助走つきの脳天チョップだ。

 歩行をオートモードにでもしていたのだろうか、いつの間にやら辿り着いていた街の中央付近。その脇に位置する隊の駐屯地手前で攻撃を受け、痛みのあまり足を止めた義希は、涙目で振り向き小太郎を見下ろす。

「ってぇ…酷いじゃんか、小太郎…」

「何度も携帯鳴らしてんのに、シカトする方が悪いんだろーが」

「うっそ?マジ?気付かんかった」

 発信履歴の映る携帯のディスプレイを突き出され、慌てた義希は尻ポケットから携帯電話を取り出した。ディスプレイは元より、赤いランプの点滅までもが小太郎からの着信を忙しなく知らせている。

 小太郎は苦笑いで謝罪を示す義希にため息を浴びせ、電話で伝える筈だった用件を口にした。

「警備が終わったならさっさと昼休憩入れって、ボスが」

「おっけー。ってか小太郎は?休憩終わったん?」

「ぁー、残り15分弱ってとこか」

「んじゃ、その残り時間をアレして約束の焼き鳥でも買いに行くか」

 有無を言わさず小太郎の腕を引き、歩きはじめた義希はふんがふんがとご機嫌な鼻唄を奏でる。その旋律が先程まで聞いていたであろう沙梨菜の持ち歌だった為、隣を歩く小太郎の脳内でも曲のリピートがはじまった。

「今日も盛況だったみてえだな」

「つーか、じゃない日なんて、ないんじゃないか?」

「おれ様も仕事がなけりゃあなぁ…」

「ああ。ドラム、練習してるんだっけ?」

「おうよ!おれ様のバチさばきがありゃあ、盛況も盛況、満員御礼で立ち見までわんさかだろうに」

 上機嫌で頷く小太郎のエアドラムを見据えつつ、義希は進行方向から漂ってくる甘じょっぱい香りに鼻をひくつかせた。人ごみの中から彼を目ざとく見つけ、大きく手を振る人影が2人の視界にも入ってくる。

「いらっしゃい、待ってたよ!」

「あんがとね、おばちゃん。ついでに小太郎…」

「おうよ、義希にツケでレバー10本包んでくれ」

「あいよ!準備するから、ちょいとそこで待ってなさい」

 一軒家の出窓に似た店先で焼き鳥を受け取った義希は、代金を受け渡しながら小太郎の注文に頷くおばちゃんの言葉に従った。

 赤い暖簾を日除けに早速串にかじりつく彼の右耳に、食欲をそそる鳥が焼ける音が張り付いて離れなくなる。食べながらもヨダレが垂れそうな義希に呆れた眼差しを向ける小太郎、忙しなく焼き鳥を回しながら汗を拭ったおばちゃん。二人は満足気な第一近衛隊長の表情を見て思わず笑みを浮かべた。

 煙たくも穏やかな空気の中、とりもも、皮、つくね、ウズラウインナーと順番に平らげる義希に、おばちゃん特有の思い出し話が炸裂する。

「そうそう、ねぇ義希くん。今度の七夕祭りなんだけどね?」

「ああ、毎年やってるんだってなー?話は聞いてるよ」

「そうかい、そういやあんたははじめてだったね」

 帰還してまだ数ヵ月だというのに馴染みすぎだろと、二人からの苦笑を受けた義希が「そー言われてもなぁ」と膨れたところで小太郎が話を軌道に戻した。

「んで、その祭りがなんだよ」

「それがね、家の人が屋台出したいって張り切ってるんだけど、いかんせん腰がねぇ…」

「なるほどなるほど?つまりオレ達で屋台を運んだらいいんだな?」

「まーったく義希くんは!話が早くて助かるよっ」

 困り顔だったおばちゃんは、笑顔になると同時に頷く義希の腕を叩く。痛がる義希をよそに、彼女は逆の手で包み終えたレバーの串を小太郎に押し付けて、レジから割引券を取り出した。

「また連絡するから!これ一応持っといて」

「りょーかいー」

 裏面に走り書きされる電話番号を認識した義希は、おばちゃんから受け取ったそれをジャケットの胸ポケットに仕舞い込む。

「あれ?喰わねえの?」

 足を進めつつも背後に振っていた手を休めた義希が、袋の中の最後の3串を取り出しながら首を傾げると、小太郎はぶら下げていた袋を胸の辺りで抱え直した。

「ばぁか、くれあにやるんだよ。あいつ、最近貧血気味でな…」

「成る程。そういや、そろそろ産まれるんじゃねえか?」

「馬鹿言え…まだ7ヶ月だぞ?」

「え?ってか、何ヵ月で産まれんの?」

「…相変わらず馬鹿だな、お前は」

「う゛ー…馬鹿って言うなあ!」

 膨れる片手間焼き鳥を頬張る義希をよそに、口を開けた小太郎が前方を指し示す。

「あ。相変わらずの奴がもう一人」

「ん?ああ、おーい、倫祐ぇ!」

 串を持ったままの手を高く挙げブンブンと振り回す義希に、正面から歩いてきた彼が気付かぬわけもなく。しかし特に反応がないまま、二組は当たり前に駐屯地へ続く小路の手前で合流した。

 小太郎の言う通り、昔と変わらぬ雰囲気で瞬きの挨拶を繰り出す倫祐に、義希の朗らかな問いかけが行われる。

「これから入り?」

 こくりと頷く倫祐の、若干長い方の横髪が微かに揺れた。聞いたところによればどうやら散髪に失敗したらしく、昔の義希と同じく左側だけが短くなってしまったらしい。それでも義希とは全く印象が違うのは、髪色だけでなく全体的に短髪なせいもあるだろう。昔に比べて短くなった前髪が、彼のぼんやりとした表情を強調しているようにも見えた。

「じゃあ今日は入れ違いだなぁ。オレ、そろそろあがりなんだ」

 倫祐の無表情な返答に対し、顔の筋肉全体を下げて答えた義希は、手に持ったままだった身の付いていない串を袋の中に収める。その横からなめ回すように倫祐を眺めていた小太郎が、一歩踏み出して彼を見上げた。

「っつーかてめえ、腕鈍っちゃねーだろうな?」

「鈍るどころか、強くなってたりして」

「ばぁか。そりゃおれ様の話だっつーの」

「え?そーなん?」

「そーだっつーの!お前ら二人がいないうちににょっきにょき成長して、以前とは比べもんにならねぇレベルのパワーとスピードを手に入れたおれ様のレイピア捌きに恐れおののくがいいぜ」

「はー。そこまで言うならいっそ、手合わせしてみたらいいんじゃね?」

「上等じゃんか。逃げるなら今のうちだぜ?鉄面皮ぃ」

 言葉の応酬に合わせて義希と小太郎を交互に見据えていた倫祐の首の動きは、小太郎が振り向いたことで中断される。鋼鉄の人差し指に押された腹部を見下ろして小首を傾げる倫祐の代わり、二人の間に割り込んだ義希が提案した。

「ほら小太郎、そんな無駄な挑発してないでさぁ。焼き鳥、オレが届けてやるから…暇なうちに行ってきたら?」

「えー…」

「いーじゃんか。今なら道場も空いてるだろうし、オレもたまにはくれあに会いたいし。お前は帰ったら会えるだろ?」

「仕方ねえなぁ。ま、いっか。あいつも会いたがってたし」

「心配しなくても、小太郎からってことにしとくからさ」

「当たり前だ!って!待てコラ!ホントに逃げる奴があるか!」

 会話が終わらぬうちに駐屯地に向けて歩きはじめる倫祐を、小太郎が慌てて追いかける。放り出された焼き鳥袋をなんとかキャッチした義希は、曖昧な笑顔で二人の背中を見送って、街の南側へと足を進めた。



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