第067話 イービル商人街
イービル商人街は周りを木そのものを杭にしたような柵で囲まれていて、結構堅牢な造りになっていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい!!」
「ここが最安だよぉ!!」
「うちの治療薬は良く効くよぉ、見とっとくれぇ!!」
内部では呼び込みの声が至る所で響き渡っていて、イービル山に稼ぎに来た傭兵たちが集落内を行き交い、出店の商品を物色している。
陰気な不穏な気配のするイービル山とは対照的にイービル商人街は明るく、活気に溢れていた。
「随分、賑やかなんですね」
「そうですねぇ。やっぱりイービル山はこの辺りで冒険者が最も集まる魔境ですからね。人が集まる場所で商売するのは基本。需要があるところに商人ありですからねぇ」
助けた商人のアスレさんが俺の呟きに返事をする。
彼は20代前半くらいの細身の優男で、やっと見習いを卒業したところらしい。
イービル山までの道は傭兵たちがよく通るのでモンスターが少ないため、護衛がいなくても行き来できる。
比較的モンスターの脅威の少ないここで稼いで、いずれ別の場所で活動するための資金を稼いでいるとのこと。
商人もなかなか大変な世界だ。
それにしても話は聞いていたけど、まさかここまでイービル商人街が盛り上がっていると思わなかった。
噂と実際に見るのとでは本当に何もかもが違う。
やはり百聞は一見に如かずだ。
「それじゃあ、俺はこの辺で失礼します」
「はい。今回は助けていただいて本当にありがとうございました。何かご用命がありましたら、言ってください」
「分かりました。ありがとうございます。それでは」
集落の中に入った後、俺はアスレさんと別れて集落内を見て回る。
「高いな……」
何店舗か見て回ってみたけど、街よりも5割程度値段が高い。
輸送に時間と人手がかかるとはいえ、ぼったくりも良いところだ。
でも、ここから街に帰って補給して戻ってくるのに4日。つまり、4日間が無駄になるということだ。
それよりはと考えると、この値段で購入する傭兵たちが多くいるんだろうな。
そうじゃなきゃ、こんな値段で物を売っているはずがない。
なるほど、確かにここで物が売れればそれなりに稼げそうだ。駆け出し商人にとっても稼ぎやすい場所なんだろうな。
俺も育成牧場の倉庫がなければ、ここで補給しなければならなったはずだ。そうなったら、相当な金額を使うことになったと思う。
本当にブリーダーの力のおかげで助かっている。進化しかり、厩舎、倉庫、治療院などの便利な施設しかり。
今後ともよろしくお願いします。
ただ、この街は良い側面だけじゃなくて悪い側面もあるようだ。
それは治安の悪さだ。
「へへへっ。おい、ちょっと待ちな」
「こんなところに一人で来るなんて舐めてるのか?」
「こりゃあ、先輩として教育してやらないとなぁ」
集落内を歩いていると、柄の悪い傭兵たちが俺の行く手を塞いだ。
先ほどから様子を窺っていたようだけど、どうやら彼らは俺を痛めつけて、金目の物を奪い取るつもりのようだ。
慣れた動きから前からこのような犯罪まがいのことを繰り返していたに違いない。
彼らはまるで獲物を見つけたゴブリンのように醜悪な笑みを浮かべていた。
ここは商人が集まってできた集落もどき。
一定の暗黙のルールはあるが、法は存在しない。
当然正式な統治機関もないため、衛兵などもいない。商売が活気づいている反面、ここは強さだけがものをいう無法地帯になっていて、街よりも治安が悪かった。
彼らを咎めるものはいない。周りの傭兵たちも触らぬ神に祟りなしと、見て見ぬふりを決め込んでいる。
柄の悪い傭兵たちがへらへらと笑いながら俺たちを取り囲んだ。
「早めに金目の物は出しておいた方がいいぜ? 痛い思いをしたくなければな」
「はいそうですねって渡すわけないだろ」
「そうか。どうやら死にたいらしいなぁ!!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべて脅迫してきた男は、俺の返事が気に入らずにすぐに襲い掛かってきた。
善意には善意を、悪意には悪意を返すのが俺の流儀だ。
「はっ!!」
――ズドォンッ
「ぐげぇええええっ!!」
俺は思いきり拳を振りかぶって柄の悪い傭兵の腹にめり込ませた。その男は壁に激突して、ずるずると下に落下する。
強くなってから初めて人間と戦ったけど、柄の悪い傭兵の男はCランクモンスター程度の防御力しか感じなかった。
「あ、アニキ!!」
「な、なんだこいつ、強すぎる!?」
「本当に新人なのか!?」
リーダー格の男がぶっ飛ばされた瞬間、その部下たちが俺を見て狼狽え、怯え始める。
「な、なぁ、絡んで悪かった。どうかこの辺で勘弁してもらえてねぇか」
「そっちから襲ってきたんだ。正統防衛だろ」
「ぐへぇっ!!」
「ぐはぁっ!!」
いきなり地面に頭を付けて謝り始めたけど、俺は有無を言わさずぶん殴って気絶させて、全員の身ぐるみを剥いだ。
これで少しでも反省してくれるといいんだけどな。
全く期待できない願望を思い描きながら、再び歩き始めた。
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