第066話 旅路

 次の日、俺たちは進化を目指してイービル山に行くことにした。


「それじゃあ、何日か帰ってこないから」

「気をつけてよね!!」

「分かってるよ」


 アイリはまた俺としばらく会えないと分かると、不機嫌そうに顔を逸らして頬を膨らませる。


 こりゃあ、またご機嫌取りにお菓子でも買って帰ってくるしかないな。


 イービル山に行く前に沢山の料理とお菓子を買い込み、サーシャに挨拶してから出発した。


 今回は徒歩だ。イービル山までは2日ほどかかる。


 サーシャが手を貸してくれるシルバー峡谷の方が稼げるけど、進化のことを考えるとこれからもしばらくは行かなければならない。


 従魔たちは俺たちを乗せられるほど大きくはないし、何か移動手段の入手を検討した方がいいかもしれない。


「お、見ない顔だな」

「はい。Cランクになったので初めてイービル山に行くんです」

「そうか。気をつけろよ」

「ありがとうございます」


 前から馬車に乗ってやってきた傭兵たちと軽く挨拶を交わして別れる。


 彼らも馬車を持っていた。やっぱりあった方が良さそうだ。


「こういうのも久しぶりだな」


 俺は街の西側に広がる長閑な風景を見ながらふと呟く。


 学院に通い始めてから今まで、色んなことに追われてのんびり旅をすることなんて考えられなかった。


 今は急いでしなければいけないことはないし、護衛の旅でもないから誰かを気にする必要もない。


 それならせっかくの旅を満喫しようと思う。


 景色を堪能しながら歩いていく。


 たまにすれ違うのはほとんど同業者だ。後は商人。イービル山は山脈の一部なので、他の職業の人の行き来がないせいだ。


 イービル山の麓には、傭兵たち相手に商売をする商人たちが集まって作った集落があり、ある程度の補給はそこでできるようになっている。


 どんなところなのか興味がある。


 時折モンスターも見かけるけど、今の俺はかなり強くなっているので、襲い掛かってくるような愚かなやつらはいなかった。


「そろそろ休憩するか」


 数時間程歩くと、ちょうどよく小さな川が流れているところがあったので休憩をとる。


 人の姿も見えないので、皆を育成牧場の外に出した。


「しばらく遊んでてもいいぞ。ただし、あまり遠くには行くなよ」


 俺の声を聞いて嬉しそうに近くを駆けまわる皆。


 その姿を見ると、窮屈な思いをさせているなと思う。厩舎の馬房も居心地は悪くないとは聞いてるけど。


 街の中はまだしも、外では気兼ねなく、皆を連れまわせるようになりたい。


 そのためにも強くなるのが一番だけど、中途半端な強さじゃ、またモンスターの群れのような理不尽な暴力や貴族たちの権力の前に潰されてしまいかねない。


 だから、虎視眈々とこっそりじっくり強くなっていくか、強い人物に守られながら強くなるしかない。


 ただ、こっそりもそろそろ限界だ。皆の変化は隠しきれないし、活躍してそれなりに目立っている。


 一方で強い人物と聞くとサーシャを思い浮かべるけど、サーシャは森を離れられないし、存在自体知られているわけでもない。


 力を振るえばその脅威の前に従うしかなくなるだろうけど、サーシャに人間の敵になるような真似はさせたくない。

 

 それならいっそ強くなるまで家に帰らないという手段もあるけど、また妹に寂しい思いをさせるわけにもいかないだろう。


「戻ってこーい」


 休憩を終えて皆を呼び戻し、再びイービル山を目指して歩く。


 数時間ほど経つと、日が沈んできたので、適当な場所を見つけて野営の準備を始めた。


「今日は料理をするか」


 折角の野営なので、今までのような出来合いの料理ではなく、自分で一から作ることにした。


 とは言っても簡単なスープと串焼き程度だが。


 外に出てきた皆は涎を垂らしながら俺の料理を眺めている。


 そういえば最近皆の体が大きくなったせいて、食べる量が増えてきた。


 そのことを踏まえて食材や料理を考えて買い込まないと、すぐになくなってしまうだろう。


 気をつけよう。


 外で食べる出来立ての料理はすごく美味しかった。


 夜は少し冷えるので、見張りを交代しつつ、身を寄せ合って眠りについた。


 翌日。出発してすぐに雨が降り始める。


「私に任せてください!!」


 本来ならずぶ濡れになるところだけど、リタが守りの風を発動させると、雨が体に当たる前に弾かれて消えた。


 そのおかげで俺たちは雨に晒されずに旅を続けることができる。


 今日はリタとクロロを連れて進んでいく。


「あれは………」


 数時間ほど歩いていると、俺たちを追い越していった馬車がぬかるみにハマって立ち往生していた。


「こんにちは。お手伝いしましょうか?」

「あっ、ああ、頼む」


 声を掛けたのが、あまり力のありそうにない俺だったせいか、その馬車の持ち主である商人は落胆した表情を見せた。


 でも、少しでも人手が欲しかったのか、俺の言葉に首を縦に振った。


「ほっ」

「はぁ!?」


 目の前で馬車をぬかるみから脱出させてやると、その商人は目を見開く。


 そして、途端に媚びるような態度になって、イービル山の麓の集落まで馬車で乗せていってもらえることになった。


「ようこそ、イービル商人街へ」


 そして、数時間後、俺たちはイービル山の麓に辿り着く。


 乗せてくれた商人が振り返ってニコリと笑った。

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