昇格への道
第051話 ここから
「忘れ物はない?」
「ええ。それにしても本当に便利ね。あなたのその力」
「でしょ? でも誰かに言わないでくれよ?」
「分かってるわ。そんな力見たことないからね」
母さんの病気が治ってから数カ月。
今日、俺たち一家は新しい家に移り住む。
元々物がかなり少なかったので、家財は育成牧場の倉庫に全部入った。
俺たちの手荷物は、各々の個人的な物だけで済んでいる。
母さんは最後にすっからかんになった家の中を名残惜しそうに見回していた。ここには父さんとの思い出が詰まっている。色々と思うところはあるはずだ。
ただ逆に、ここにいる限り父さんのことを思い出してしまうということでもある。
「ねぇ、早くいこうよ!!」
待ちきれないアイリが家の外から覗き込んできて、湿った空気を壊すように俺たちを催促する。
アイリは新しい家に住めるとあってはしゃいでいた。
「はいはい」
「分かってるって」
俺と母さんは顔を見合わせると、お互いに呆れ笑いをしてアイリの後を追った。
新しい家は少し裕福な人たちが暮らす住宅街にあり、しっかりとした塀に囲まれている。市場へもそう遠くなく、治療院や薬屋なども近くて何かあった時に便利だ。
「やっぱりここ広いね、お兄ちゃん!!」
「あぁ」
1度不動産屋に見せてもらった時にも感じていたけど、3人で住むはちょっと広すぎる一軒家と立派な庭がある。
ここを選んだ理由は、住みやすさもさることながら、1番は従魔たちに窮屈な思いをさせないためだ。
塀があるとはいえ、人の目があるので頻繁にとはいかないけど、この家の庭なら皆を遊ばせてやれるし、家の中ならずっと外で過ごせる。
ただ、それだけに毎月の賃貸料金は結構値が張った。でも、皆とサーシャからの恩恵のおかげでどうにか払えるようになったので問題ない。
「立派ねぇ、ホントにこんなところに住んでいいのかしら」
「いいんだよ。ほらほら、夜には皆で集まるんだから。さっさと済ませるよ」
「そうだったわね」
家の前で立ち止まる母さんの背中を押して屋内に入る。
夜は母さんの快気祝い兼引っ越し祝いをするつもりだ。そこにはロイクさんや捜索隊の人達、グロースさんなどのお世話になった人を呼んでいる。
そのためにも引っ越しは早く済ませておかないといけない。
俺たちは従魔たちに手伝ってもらいながら、家の掃除をして、荷ほどきや新しく買った家具や道具の配置などを行い、引っ越しを終えた。
「つっかれたぁ」
「お疲れ様。お茶でも飲みなさい」
「ありがとう、お母さん」
テーブルに突っ伏すアイリに母さんがお茶を出す。
早い時間からやっていたけど、結構時間が掛かってしまった。もうすぐ予約している時間になってしまう。
俺たちは少し休憩した後、足早に顔なじみの酒場に向かった。
「おう、よく来たな」
「今日はよろしくお願いします」
「任せておけ。美味い料理と酒を出してやるからな」
「アルコ、悪いわね」
「気にすんな。俺は儲かるだけだからな」
酒場の店主アルコさんと挨拶を交わす。
アルコさんは父さんと母さんの幼馴染だ。今日のために快く店を貸切りにしてくれた。
「俺たちは何もしてねぇのに今日は呼んでくれてありがとよ」
「いえいえ、ロイクさんには妹を探す時も、母さんの薬の材料を探しに行く時もよくしていただきましたから。ぜひ沢山食べて飲んでいってください」
「主催者にそう言われちゃ、仕方ないわな。明日休みにしてもらったし、楽しませてもらうわ」
続々と人がやってくる。軽く挨拶をして空いてる席に座っていってもらう。
「今日はお集まりいただき、ありがとうございます。皆さんのおかげで妹は助かりましたし、こうして母も元気になりました。本当にありがとうございました。お礼として、ささやかではありますが、この場を設けさせていただきました。楽しんでもらえたら嬉しいです。それでは、乾杯!!」
『かんぱぁああああああいっ!!』
全員が揃ったところで、皆の前に立ち、慣れないながらに挨拶をして乾杯の音頭をとると、酒場内は一気に参加者たちの喧騒に包まれた。
参加者たちで杯を交わし合い、妹と母さんに色んな人が祝福の言葉を掛けに行く。2人は少し困りながらも、皆の温かな言葉に笑顔で返事をしていた。
俺はそんな光景を見ながら料理に舌鼓を打った。
「それじゃあ、俺はちょっと寄り道して帰るから」
「分かったわ。気を付けるのよ」
宴が終わった後、俺はとある場所に行くために母さんとアイリを先に帰らせる。
「ああ。クロ、2人を守るんだぞ?」
「ニャッ!!」
クロは任せてと言わんばかりに鳴いて、影の中からついていった。
「父さん……」
俺がやってきたのは父さんの墓の前だ。
今までずっとここに来れなかった。
「俺、どうにか2人を失わずに済んだよ……」
父さんの墓に酒を掛けながら呟く。
本当なら父さんも一緒が良かったけど、それはもう2度と叶わない。だから、俺は父さんの代わりに2人の笑顔を守っていくつもりだ。
俺は父さんの前で誓う。
「もう何も失わないように、俺はもっと強くなるから……母さんもアイリも必ず守ってみせる。だからどうか、俺たちのことを見守っていてくれ」
そんな俺を暖かく見守るように満月の光が照らした。
しばらくの間、俺は父さんの墓の前で立ち尽くしていた。
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