第049話 計画(サーシャ Side)

■サーシャ Side


「くっくっく。あやつの顔と言ったら面白かったのう」


 誰もいなくなった森の中深部でワシは本体に腰かけて一人笑う。


 思い出しているのは、先日会ったばかりの人間の男の顔。その男は少し前に母の薬の材料としてワシの本体の葉を求めてやって来た。


 その時ワシは、またか、そう思っていた。


『申し訳ありませんが、母の病気を治すのに万年樹様の葉っぱが必要なので、いくつかいただいていきます。ご容赦ください』


 しかし、誰も彼もがワシに声を掛けることもなく無遠慮に葉をむしっていく中、その男は心からの謝罪を込めた言葉を呟いてワシの葉を取ろうとした。


 その行為はワシに興味を頂かせるには十分じゃった。


『!?』


 男の内を覗いてみると、まるで巨大な手で本体を握りつぶされるような錯覚を見るほどに底の見えない力を感じ取った。


 それほどの力を、たった1人の、しかもただの人間が宿しているのは異常じゃ。


 1万年以上生きてきたが、これほど凄まじい存在は見たことがない。


『ほほぅ。ワシに声を掛ける者がおるとは珍しい』


 ワシは思わず声を掛けていた。


 最初は万年樹であるワシの声だと分からず警戒していたが、気づいた後は律儀にもワシを敬う態度をとった。


 ワシの葉など無料ただでやっても良かったのじゃが、これほど誠実な男にならあのボロボロになった妖精を任せてもよいと思い、託してみることにした。


 根源がボロボロになってしまっては普通はどうにもできない。しかし、その男はあっさり契約を成立させ、あっという間に根源の傷を修復させてしまった。


 本来根源の傷は小さくともそれほど簡単に癒せるものではないというのに。


 話を聞くと、これまでに色々あったせいで自分の能力を過小評価していることが分かった。


 あまり実感しておらぬようじゃが、こやつの能力は世界を覆すほどの強大な力。


 このワシでも世界的に見ればかなり上位の存在。SSSランクというのは、そのワシよりもさらに上位のもはや神のような存在じゃ。


 それを複数従えられるなど前代未聞。しかも、その男の許には潜在的にSSSランクになりうるモンスターがすでに5体集まっているという。


 これから成長してその力を発揮していけば、いずれ英雄と呼ばれるような偉大な存在になるじゃろう。


 その覇道はもう始まっている。


 ワシはこの男を逃すつもりはない。


 じゃから、1万年以上拒み続けてきた名づけをこの男に任せることにした。むしろこやつに付けてもらうために名前を拒み続けてきたのではないかと思うほどに運命的な邂逅じゃった。


 ワシが気に入ったその男の名は、イクス。


 その名は無限の可能性という意味を含む。とても良い名前じゃった。さぞ両親に愛されてきたのじゃろう。


『サーシャ』


 そして、イクスはものの見事にワシの気に入る名前を付けてみせた。


 その直後、ワシはドライアドへと進化を遂げた。


 1万年以上の生の中で初めて、本体の外に化身という体を手に入れ、自由に動けるようになったワシは、イクスに同行することにした。


 初めて人型となって動く感覚や、直接、目で見て、鼻で匂いを嗅ぎ、耳で聞いて、口で話したり、何かを触ったりするのは新鮮でとても面白かった。


 しかし、楽しい時間はあっという間。すぐに別れの時間が訪れた。


 イクスは再会を約束して帰っていった。


 また会える。それだけで自然と嬉しくて待ち遠しい気持ちになった。こんな気持ちは初めてじゃ。化身が人型ゆえじゃろう。


 初めて化身を動かしたことで少し疲れたワシは、一度化身のスキルを解いて意識を本体に戻し、眠りについた。


『ん?』


 しかし、すぐに森の最深部の南西側が騒がしくて目を覚ます。


 何が起こっているのか確かめ行ってみたら、イクスが殺されそうになっておるではないか。


 イクスは凄まじい潜在能力を秘めておるが、今はまだ脆弱。Bランク程度の力しかないモンスターにも簡単にやられてしまう。


 強くなるまでワシが守ってやらねばならんじゃろう。


 森の中のことはある程度把握できるが、誰かまでは分からん。これは対策を講じねばなるまいな。


 ワシはすぐにモンスターを捕らえ、イクスを助け出した。


 どうやら薬の材料を見つけたが、ワーウルフに見つかって死にかけていたらしい。


 ワシを呼ばなかったのは、忘れていたからなどと言っていたが、大方迷惑は掛けられないなどと思っていたに違いない。


 つくづく難儀なやつじゃ。


 そして、ワシのお気に入りを狙うなど万死に値する。


 ワーウルフは圧殺してやったわ。


 渋るイクスを街に届け、再び別れた。


 しばらく経って久しぶりにイクスがやって来た。助けてくれた礼だという。全く律儀なものじゃ。


 そこで、対策として考えていた加護を授けることにした。


 ただ、ワシは嘘を付いた。


 実は加護を付けるのに接吻などいらん。じゃが、イクスを逃がさぬためには手段を選んではいられぬからのう。


 ついやってしもうたわ。


 逆に初めての甘美な感触にワシの方が溶けてしまいそうになったのは内緒じゃ。


 初めての恥ずかしさを隠すため、狼狽えるイクスを揶揄う。


 ワシは今、その時のイクスの顔を思い出していた。


「まだまだこれからじゃ。ワシに夢中になってもらわねばのう……」


 加護で体そのものが頑丈になり、以前より死ににくなったじゃろう。


 それと同時に、加護は与えた者がどこにいるのか分かるようになる。そして、ワシの物じゃという目印でもあるのじゃ。


 もう逃がさぬ。


 あれほど将来性のある存在はそうはるまい。いや、むしろイクス以外にいるとは思えん。


「幸い化身のこの体に並々ならぬ興味津々のようじゃからの。骨抜きにしてやろう」


 接吻然り、人間の男女の営みは長い間見てきた。


 大事に大事に守りながら、あの手この手で篭絡し、イクスをワシ好みの男に育て上げるのじゃ!!

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