第046話 〇〇〇〇は遅れてやってくる

 ワーウルフとは、ダイヤウルフ以上に縦横無尽に駆けまわる素早さと、オークキングをも超える怪力を兼ね備えた二足歩行の狼型モンスター。


「なんでこんなところに……」


 本来は西の山に生息している。


 Cランクモンスターまでしかいないこの森にいるはずがない。


「もしかしたら……」


 西の山で起こった異常事態というのに関係しているのかもしれない。その異常事態の煽りを受けて山を下りてきた可能性が高い。


 オークの集落が中層にできたのも、こいつがこの辺りに棲みついたせいだとすれば頷ける。


 そして、Bランクモンスターは、Cランクモンスターまでとは比較にならない。


 EランクからDランク、DランクからCランクにも壁は存在するけど、Cランクまでなら格下のランクをある程度集めれば数の力で倒すこともできる。


 でも、BランクからはCランクモンスター数十匹程度ではどうにもならない。それどころか、数百匹いたとしても数で押し切ることは難しい。


 それだけ隔絶した強さを持っている。


 つまり、俺がここから生きて帰れる可能性は限りなく0に等しいってことだ。


 はは……アイリ、ごめんな……。


 そうなったらやることは決まっている。


「ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール!!」


 俺は周りの木々に火が燃え移ることも省みず、火魔法を連発した。


 ――ドォオオオオオンッ!!

 ――ドォオオオオオンッ!!

 ――ドォオオオオオンッ!!


 何発もワーウルフに直撃して大きな爆発を起こす。


「クロ、お前はこれをもってアイリのところに行くんだ」


 煙で俺たちが見えない間に、背嚢に材料とお金を入れて、クロロの体に結わえ付け、逃げるように指示を出した。


 俺の命が助からないのなら母さんの命だけは助けたい。そうすれば妹も路頭に迷わずに済む。


 そのためには、俺が囮になって時間を稼いでいる間に、隠密性に優れたクロロを離脱させ、材料とお金を届けさせるのが一番可能性が高い。


「ニャニャ!?」


 指示を聞いたクロロは信じられないという顔で鳴いた。


 そりゃあそうだ。代理とは言え、主人を置いていけと言っているのだから。


「いいか。良く聞いてくれ。母さんが助けられるかどうかはクロに掛かっている。今すぐこれをもって街に戻るんだ。いいな?」

「なーん……」


 クロは俺の覚悟を感じとって悲しげな声を出す。


「お前たちも逃げろ。ここに残るのは俺だけで良い」


 ルナとプルーにも死んでほしくない。だから逃げてほしかった。


「クククゥッ!!」

「ピピピッ!!」


 でも、2人は頑なに俺から離れようとはしなかった。


 はぁ……本当にこいつらと来たら……。


「分かったよ。せいぜい一緒にあがこうぜ!!」

「クゥッ!!」

「ピピッ!!」


 俺は2人を撫でてワーウルフの方を見る。


 そろそろ爆発の煙も収まりそうだ。


「クロロ、行け!! そして母さんを助けてくれ、頼む!! リリたちにもすまんと伝えておいてくれ!!」

「ニャ、ニャオーンッ!!」


 俺が強めに促すと、クロロは影に沈んでその場から離れていった。


 クロロを見送った後、煙の方を向きなおす。


 煙の中から黒い影が姿を現した。煙が晴れると、ワーウルフの体には一切ダメージがなかった。


 ワーウルフは口端を吊り上げて思わせぶりに笑う。


「へっ。待っててくれたってわけか。随分と余裕じゃないか」


 奴の顔は、お前を殺してから追いかけても間に合う、そう言っているような気がした。


 無理だと思いながらも剣を抜いて構え、ワーウルフに斬りかかる。


「はぁあああああっ!!」


 ――キンッ


 しかし、指の爪、それだけで俺の攻撃は受け止められてしまった。


 それだけで圧倒的な力の差を感じる。


「うぉおおおおおっ!!」


 それでも諦めるわけにはいかない。俺は何度も剣を振った。


 ――キンキンキンキンッ


 その全てが指一本で防がれる。


「ルナ、プルーやれ!!」


 俺が一度離れると、ルナがアイスニードルを唱え、プルーはポイズンショットで毒を飛ばした。

 

「ウォオオオオオッ!!」


 しかし、それらはワーウルフが咆哮しただけで消滅させられた。


「そんなんありかよ……」


 そう思わざるを得ない。


 その間にワーウルフに近づいていた俺は剣を振りかぶる。


「ウォオオオオオンッ」

「ガッ!?」


 だけど、次の瞬間、俺の剣はバラバラになり、身に着けていた胸当ても粉々に砕け散った。


 そして気づけば、ワーウルフの拳が俺の鳩尾にめり込んでいた。


 ――ボキボキボキッ!!


 体内で骨が砕ける音がした。


「ガハッ!!」


 俺はそのまま吹き飛んで、木に背中からぶつかって口から血と空気を吐き出す。


 重力でそのまま地面にずり落ちた。


「ごほっ……あっはははは……」


 ここまで圧倒的だと、全身が痛いのに乾いた笑いが出てしまう。


 ちょっとくらいなら足止めできると思っていた俺が浅はかだった。


 まさか、ただの一発だってワーウルフの攻撃に耐えることができないなんて……。


「グウッ……」

「ピピィ……」

「ルナ……プルー……」


 ルナとプルーも俺の前にぼろ雑巾のような見た目になって飛んできた。1体ずつでは俺より弱いルナたちがワーウルフの攻撃を耐えられるはずもない。


 ピクピクと体を痙攣させて瀕死の状態になっている。


 早く回復させないと……。


「ウォッウォッウォッウォッウォッ」


 しかし、ワーウルフが俺の前にやってきて嘲笑うように笑いながら見下ろす。


 まさかこんなところでワーウルフに出くわすなんてな……本当についてない……。


 でも、クロロさえ街に着けば母さんは助かる。


 そのために痛む体を必死に動かしてワーウルフに足にしがみついた。


「ガァ」

「ぐぅっ!!」


 しかし、ワーウルフが少し体を動かしただけですぐに振りほどかれそうになる。


 放してたまるかよ……!!


 力の限りしがみついて放さない。


「ガァッ!!」

「うっ!!」


 でも、俺のちっぽけな力なんて圧倒的な力の前では無意味。


 俺の意思などお構いなしに振りほどかれて、再び木に叩きつけられた。


 たった数分の時間を稼ぐのがやっとだなんてな……。


 それも相手が俺たちをいたぶろうという気持ちがあったからだ。殺す気だったのなら一瞬で終わっていたと思う。


 朦朧とする意識の中、俺に影が落ちる。


 ワーウルフの顔には、つまらない、そう書いてあった。もう終わりにするつもりらしい。


 体がピクリとも動かない。どうやらここまでのようだ……。


 願わくば、クロロがワーウルフに見つからずに街に辿り着けますように……。


「ガァッ!?」


 そう願って目を閉じようとしたその時、ワーウルフが突然焦った声を出した。


「騒がしいと思って目を覚ましてみれば、随分と面白いことになっておるではないか、なぁ、イクス」


 そしてそのすぐ後に、頭上から聞き覚えのある声が降り注いだ。

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