第036話 託されし者

『そりゃあ、喋るじゃろう。ワシも生きておるゆえな。ただし、トレントと一緒にするな。あやつらはワシらの真似をして人を襲うモンスターだからのう』

「ま、万年樹様に意識があるとは思いませんでした……」


 本当に驚きだ。


 学院時代に本で読んだことはあるけど、眉唾だと思っていた。まさか、本当に実在するとは……。


『で、あろうな。何百年も言葉を発しておらんかったからのう』

「それではなぜ私に声を掛けてくださったのですか?」


 そんなに長い間、誰とも話さなかった方が俺に目を付けた理由が気になった。


『うむ。ワシの葉を何を言わずに持っていく者がほとんどの中、きちんと気持ちを込めた謝罪をする者はそうはおらん。だから興味をもった。それに見てみれば、お主の中には尋常ならざる力が宿っておるな?』


 別に意識してやったわけではなくて、なんとなくやっただけだけど、結果的に万年樹様に目を止めてもらえたなら良かったな。


 でも、尋常ならざる力?


 そんなものを持っている覚えはないんだけど……他の人と違う力と言えば、ブリーダー能力のことかな。


「自分では分かりませんが、他のテイマーとは違う、モンスターを進化させる力を持っています」


 万年樹様には話しても良いと直感が囁いているので、隠し事せずに正直に話した。


『ふむぅ。それはそれとして凄いのは間違いないんじゃが、テイマーとしての力自体尋常じゃなさそうじゃがのう』


 頭の中に、顎を擦りながら訝しげに見てくる老婆のイメージが浮かんだ。


 ただ、その言葉を受け入れるのは難しい。


「そうであったのなら、今頃テイマー学院を退学になっていないでしょうし、Gランクモンスターしかテイムできないということもなかったと思います」

『そんなことがあったのか。強大な力を感じるのに不思議なことじゃのう』


 万年樹様も不思議そうな声色だ。


「それで、万年樹様の葉をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

『うむ。御母堂が病だと言っておったな。良かろう』


 話を元に戻すと、万年樹様は快く承諾してくれた。


「本当ですか!? ありがとうございます!!」

『ただ、その代わりと言う訳でもないが、1つ頼みがあるんじゃが……』

「なんでしょうか。私にできることでしたらいいのですが」


 万年樹様の葉っぱが貰えるのなら、頼みの1つや2つくらいどうってことない。


『うむ。この子を預かってもらいたいのじゃ』


 言葉の後に万年樹様の生い茂る枝葉の中から、小さな光の球がゆっくりと落下してきた。


 その球は俺の胸の前で止まり、徐々に光度が薄れて内部が見えてくる。そこには手のひらサイズの女の子が目をつぶって横たわっていた。


「これは……手乗り妖精?」

『うむ。とても弱っておってな。このままでは消滅はまぬがれん。しかし、お主なら繋ぎとめることもできるであろう?』

「それは恐らく可能かと思いますが……これは酷いですね……」


 手乗り妖精はGランクモンスター。背中に生えている透明な羽で、空を飛ぶことくらいしかできないか弱い存在だ。


 可愛らしい見た目をしているため、愛玩用に従魔にする人がたまにいるけど、Gランクモンスターゆえに、契約しておいて酷い扱いをする人が多い。


 従魔は契約者からの魔力の供給を受けている。でも、契約者が酷い扱いを続けると、お互いを繋ぐ魔力のパスが揺らいで魔力の供給が上手くいかなくなる。


 そうなると、徐々に衰弱し、最終的にパスが強制的に切れて、根源である魔石が傷つき、そのまま死んでしまう。


 従魔契約とはモンスターにとって非常に重いものだ。


 この子は干からびたようにやせ細り、顔だけでなく、全身が青白くなっていた。


 ひどい扱いを受けてパスが切れ、魔石に亀裂が入ってしまったに違いない。本当にむごいことをする……。


 俺と契約し直せば、多分魔力の供給を受けて徐々に魔石の傷が癒えていくはずだ。


『で、あろう? ワシも見ておられんかった。たまたまワシのところに飛んできたから保護しておったが、そろそろ限界だったのじゃ』


 万年樹様から悲し気な声が聞こえた。


「分かりました、すぐに契約させていただきますね」

『うむ。頼んだぞ』


 俺はすぐにテイムの準備をする。ただ、名前はどうしようか……。


「この子の名前は分かりますか?」

『いや、分からぬ。だが分かったとしても、前の名前は止めた方がいいじゃろう』

「それもそうですね。分かりました」


 前の名前には嫌な思い出が沢山詰まっていることだろう。


 どうせなら全く新しい名前の方がいい。


 そうだなぁ……よし、決めた!!


「テイム、命名、リタ。どうか受け入れてくれ……!!」


 この子の未来が光であふれるように、光を意味する名前にした。


 後はこの子が受け入れてくれればいいんだけど、ここまで衰弱していると受け入れることさえできないかもしれない。


 頼む!! 生きてくれ!!


 俺は手を組んで心から願った。


「あっ」


 すると、手乗り妖精から光の糸が伸びてきて俺と繋がる。そして、お互いがひと際輝いた。


 テイム成功だ!!


 そして、光のパスは弾けるように消える。


 魔力の供給は始まったはずだけど、相当衰弱していたため、魔石がある程度修復されるまでは、目を覚まさないだろう。


 受け入れてくれてありがとう。


 俺はリタを休ませるため、彼女を指で撫でてから育成牧場へと送った。


『うむ。上手くいったようじゃな』

「はい。どうにか命を救うことができました」


 満足げな声色の万年樹様。


 俺もリタを助けることができて本当に良かったと思う。


『やはりお主に頼んで良かった。その子を頼むぞ』

「分かりました。必ず元気にしてみせます」


 万年樹様に頼まれなくても元気にするつもりだ。


『よし、お主はワシの願いを聞き届けてくれた。葉などいくらでも持っていくがいい』

「いやいや、そんなにはいりませんよ」

『ふぉっふぉっふぉっ、冗談じゃ。久しぶりに誰かと話したのじゃ。もうしばらく付きおうてくれんか?』

「分かりました」


 俺は万年樹様から葉っぱを貰い、今日は万年樹様から話を聞いて過ごした。


 万年樹様の許可を貰ってこの中心部で一晩を明かさせてもらう。


 万年樹様が気を利かせてくれて、木々の葉っぱでふかふかの寝床を作ってくれた。


 俺は寝床に横になる。


「あっ、アレならリタを早く治せるかもしれないな。試してみるか」


 寝る前に色々考えていると、脳裏にふと思いついた。

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