第029話 生還

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……終わった……のか?」


 確かに命を奪った手応えがあった。


 リリは? ポーラは? ルナは? プルーは? クロは? エルは? チャコは?   キースは? カロンは? クリスは? ラッキーは?


 皆無事なのか?


 俺は重い体を引き摺って辺りを見回す。


「大丈夫!? 腕が……」


 丁度そのとき、エルが駆け寄ってきて俺に話しかけてくる。


「皆……生きてるか……?」

「生きてるわ、クリスが治した。そんなことよりあんたの腕の方が重傷よ!! クリス!! こっち来て!!」

「そうか……よかった……」


 ポーラとクリスとラッキー以外は、オークキングに手痛い攻撃を受けたはずだ。それでも一人も死ななかったことは本当に奇跡だとしか言いようがない。


 ギリギリまでクリスの強化魔法が効いていたのも大きい。


「ちょっと、イクス!! イクスしっかりしなさいよ!! イクス!!」


 安堵した俺は、急に力が抜けて地面に倒れた。


 エルが必死に何かを叫んでいるけど、耳が遠くなったように何を言っているのか聞こえない。


 視界がぼやけ、その後の記憶がない。



「ここは……」


 目を覚ますと、空と森が視界に入ってきた。


 そうだ、俺はオークキングを倒した後、皆の安否を確認してそれから……。


 うっ、頭がズキズキする。


「あぁ……起きた!! 良かったわ。まだ森の中よ」

「……俺が意識を失ってからどれくらい経った?」

「1時間くらいよ。今はまだ残党がいないか巡回をしているわ」


 エルが俺の疑問に答えてくれる。


 まだそんなに経っていないらしい。


「俺た――」

「チチチィッ」

「プゥッ」

「クゥッ」

「ピィッ」

「ナーンッ」

「うわぁああああっ、な、なんだ!?」


 話を続けようとしたところで俺の顔がモフモフとざらざらした感触に包まれる。


「こらこら、皆離れなさい!! あなたたちのご主人様は疲れてるんだから」

「あぁ……リリたちか。皆無事でよかった」


 俺は視界が覆われたまま皆を撫でる。


 なんだかデジャヴを感じるな。


 あっ……手が動く。もしかしてクリスが治してくれたのかな。俺は魔力もすっからかんでどうしようもなかったからな。


「あぁ、良かった。イクスさん、目を覚まされたんですね」


 視界が埋まっていて見えないけど、クリスの声が聞こえる。


「ありがとう。傷、治してくれたんだろ?」

「はい。なんとか治せましたが、ハイヒールでもかなりギリギリの怪我でしたよ? 無茶はしないようにお願いしますね。命あっての物種、ですよ」

「あははは……ブレないな」


 お金に目がないクリスの変わらなさに乾いた笑いがこみ上げる。


 ハイヒールでも危なかったってことは俺の腕は相当ぐちゃぐちゃになってたんだろうな。見る余裕もなかったから全然分からなかったけど、想像するだけで背筋に寒気が走った。


「……そういえば、キースは?」


 ここにいない最後の1人のことが気になった。


 まさか死んではいないと思うけど……。


「まだ意識が戻ってないわ。怪我という意味ではイクスより重傷だったから仕方ないわ。クリスももう一度回復魔法をかけたし、命に別状はないわ」

「そうか」


 無事なら何よりだ。


 はぁ……どうにかあのオークキングを倒すことができた。生き残れたのは本当に奇跡と言っていい。


 何か一つでも足りなかったら、俺たちは死んでいたと思う。


「おーい」


 エルと話していると、知らない声が聞こえてきた。


「残党は完全に駆逐した。引き上げるぞ」

「分かりました」


 どうやら今回の作戦に参加していたCランクの傭兵の1人で、状況を知らせに来てくれたらしい。


「皆、離れてくれ」


 俺はリリたちに離れてもらい、起き上がった。


「体が痛い……」


 体中に鋭い痛みが走る。まるで全身の筋肉が酷い肉離れになったみたいだ。


「命があるだけいいと思いなさい。それにしても今回はイクスに助けられたわ。ありがとね。今生きてるのはあなたのおかげよ」

「私もです。あそこでイクスさんが助けてくれなければ、死んでいたでしょう。本当にありがとうございました」

「よ、よしてくれ……俺もエルとクリスがいなかったら死んでいた。お互い様だ」


 急に二人に礼を言われて、慣れていない俺は恥ずかしくなってしまう。


「傭兵なら手柄を主張するものだけどね。あなたみたいな人は珍しいわ」

「そうですよ、貰えるものはきっちり貰わないと」

「あはははっ。いいんだよ、俺は。二人の礼が聞けただけで十分だ」


 心からそう思う。だって学院中の皆から蔑まれて、何もできなかった俺がまた誰かを助けることができたんだから。


 それだけで胸が一杯になった。


「つくづく傭兵らしくない人ね。それじゃあ、あのバカを連れてそろそろ帰りましょうか」


 呆れるような顔で俺を見た後、エルはキースを指し示す。


「頑張ったんだから、少しくらい褒めてやってもいいだろうに……」

「褒めると調子に乗るからいいのよ」

「なんだか可哀そうだな……」


 キースの扱いを見て少し不憫に思った。


 エルとクリスがすでに魔石の抜き取りや片付けをしていてくれたので、俺がキースを背負い、帰路に就いた。


「なんだか、何日も離れていたみたいだ……」

「死にかけるような濃い体験だったからそう思うのかもね」


 街が見えてくると心からホッとする。


 魔石を提出して成果を報告すると、滅茶苦茶驚かれた。


「今回は本当に助かったよ。また明日ね」

「また明日」

「ああ、こっちこそな。それじゃあな」


 キースをエルたちの宿に送り届け、そのまま解散。報酬は明日受け取ることになっているので、そこでまた落ち合うことにした。


「なんとか帰って来れた……」


 痛みと疲労でくたくたになっている体をどうにか動かして家の前に辿り着く。


 俺は家の扉を開けた。


 退学させられて帰ってきた時と違い、その扉は羽のように軽い。


「あ、お兄ちゃん、おかえりー……ってボロボロ!!」

「あははは……ただいま」


 アイリが駆け寄ってきて俺の状態を見るなり、目を見開いて叫ぶ。


 その姿を見ただけでここが自分が帰る場所なんだと、俺はそう思った。

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