第006話 進化と覚醒

「グゴッ!?」


 真っ白の光が視界を埋め尽くし、眩しさに目を閉じる。


 ホブゴブリンも余りの眩しさのせいか、驚いている声が聞こえた。


『ブリーダーとして覚醒しました』


 再び脳内に響く不思議な声と共に、体がぬるま湯のように暖かいものに包み込まれていく感覚。殴られた場所の痛みが引いていく。


「プーッ」

「チィッ」

「クーッ」


 俺の耳元でポーラと聞き覚えの無い声がする。


 目を開けると、いつもとは少し違う三匹のモンスターが俺の顔を覗いていた。でも、三匹の面影と、俺に対する表情が誰なのか物語っていた。


「リリ、ポーラ、ルナ……なのか?」

「チィチィ!!」

「プープー!!」

「クゥー!!」

「うぷっ」


 俺が声をかけると、三匹が俺の顔に殺到してきて息が苦しい。


 モフモフに包まれて幸せだぁ……。


「って今はそんなことをしている場合じゃない!!」


 我に返った俺は、すぐに飛び起きる。


 怪我をしていたはずなのに、なぜかどこも痛くない。触ってみると、怪我が消えていた。理由は分からないけど、今大事なのは問題なく動けるってことだ。


「ホブゴブリンはどうなった?」


 辺りを見回すと、かなり強い光だったせいか、ホブゴブリンはまだ完全に立ち直っていなくてフラフラしている。


 今のうちに状況を確認しよう。


 リリたちの姿が変わっている。


 まず、リリは一回り大きくなり、くちばしや足の爪が鋭くなった。


 これはFランクモンスターのシマナーガにそっくりだ。


 シマナーガは、その鋭いくちばしと爪による攻撃が特徴のモンスター。魔法などの特殊な能力はないけど、空を飛べること自体が能力だと言っても過言じゃない。


 それゆえに、Fランクモンスターの中でもかなり倒しにくい部類のモンスターで、下手をしたらEランクモンスターに入っていても良いくらいだ。


 次に、ポーラは体が一回り大きくなって、毛色は白のままだけど光沢が青っぽく見える。青銀っていうのかな。その特徴を持つモンスターはヒールラビット。


 ヒールラビットは、戦闘力は低いけど、Fランクモンスターの中でも珍しい回復魔法のヒールを使うことができる。ヒールは簡単な怪我なら一瞬で治せる力がある。ただし、病気や毒などを治すことはできない。


 最後に、ルナは体が一回り大きくなり、薄い青の毛に生え変わっていた。


 この特徴を持つ狐型モンスターはスノーフォックス。口から冷気の息を吐き、相手を凍えさせる。ただ、Fランクモンスター故に、凍らせるまではいかない。


 皆がいつの間にかFランクモンスターになっていた。


 なんでこんなことに……。


 思い当たるのは、


「さっきの声か……」


 脳内で聞こえた人とは思えないような抑揚のない声。


 その声は確か三人の名前と進化という言葉を言っていた。


 つまり、どういう訳か分からないけど、三人は進化というのをしてGランクモンスターからFランクモンスターに生まれ変わったということらしい。


 それなら今がホブゴブリンを倒す最大のチャンスじゃないか。


「よし、すぐにホブゴブリンを倒すぞ!!」


 俺の掛け声のもと、ホブゴブリンの方を向いて剣を構える。


「グゥゥ……」


 頭をフルフルと振った後、ホブゴブリンは俺たちの方を向いた。


 間に合わなかったか……。


 まぁいい。こっちは完全に回復してるし、みんなFランクになった。逆にホブゴブリンは手負い。さっきまでのようにはならないはずだ。


「今度こそ決着をつけてやる!! リリは攻撃をくらわないように牽制。ポーラは少し離れて誰かが怪我をしたら回復。ルナは隙を見てコールドブレスで動きを鈍らせてくれ」

「プーッ」

「チィッ」

「クーッ」


 指示を出した俺は走り出す。


 これは!?


 さっきとは比べ物にならないくらい体が軽い。


 そうか。


 三人がFランクになったことで、還元される能力も増えたわけだ。


 Gランクは人間に害を与える力のないモンスター。しかし、Fランクからは人間に危害を加えられる力を持っている。その差は歴然。


 その力が三人分となれば、Eランク一匹分までとはいかずとも、その半分くらいは能力が上昇しているはずだ。


 これならいける!!


「グォオオッ!!」

「ハッ!!」


 先ほどまで回避さえギリギリだった拳が、少し余裕を持って躱せるようになった。


 自分がつけた傷を狙って剣を振りぬく。俺の手にはざっくりと肉を斬った手ごたえがあった。


「グガァアアアアッ!?」


 その感覚通り、傷は大きく抉られ、血がだらだらと流れ出している。

 

「チィイイイッ!!」

「グゥウウウウウッ!?」


 その隙を狙ってリリが空から急降下してホブゴブリンの顔を引っかいた。


 Gランクの時と違い、顔に明確な切り傷が残り、ひっかいた先に目があって、ゴブリンは痛みで顔を押さえる。


 足の痛みもあってホブゴブリンは上手く動けなくなっていた。


「クゥ!!」


 フラフラするホブゴブリンに向かってルナがコールドブレスを放つ。


「グゴォッ!?」


 いきなり凍えるような息を吹きかけられてホブゴブリンは大混乱。


「とどめだ!!」


 これだけ大きな隙があるなら、急所をしっかりと狙うことができる。


 がら空きになっている喉に向かって俺は思いきり突きを放つ。


 ――ズブゥッ


「グッ」


 完全に突き刺さった手応えを感じた。ホブゴブリンは変な声を漏らした後、ビクンと身体を震わせる。


 喉に突き刺さった剣を引き抜くと、ゴブリンはフラフラと一歩、二歩歩いた所であおむけに倒れた。


 油断してはいけない。


「はぁっ!!」


 俺は完全に殺すために首めがけて全力で剣を振り下ろした。ホブゴブリンの首が胴体から離れて転がった。


 これで完全に終わったはずだ。


「はぁ……はぁ……」


 初めて強敵を倒して疲労が押し寄せる。


 俺はその場に膝を付いた。


「お兄ちゃん!!」


 体が動くようになったアイリが駆け寄ってくる。


「まったく……どれだけ心配したと思ってるんだ……」

「……ごめんなさい」

「とにかく早く街に帰ろう。門が閉まる」

「うん」


 俺は素早くホブゴブリンの魔石を体内から取り出し、急いで森を離れた。

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