第003話 病と行方不明

「お母さん!!」

「母さん!!」


 貧しいながら安定して生活ができるようになった頃、母さんが病気になって倒れてしまった。


 くそっ、俺のせいだ。もっと死に物狂いで働いていれば、母さんに無理をさせずに済んだはずなのに!!


 俺は母さんの薬代も稼ぐために、妹に看病を任せ、その日から寝る間も惜しんで仕事をするようになった。少し森の奥に入って今採集している物よりも価値のあるアイテムを集める依頼をこなす。


 奥に行けば行くほど危険になるけど、母さんの命に代えられない。


 限界まで働いた後、近場の川で体を綺麗にして、街の門の近くで少し寝るという生活を繰り返し、7日に1度だけ家に帰る。


「お兄ちゃん!!」

「ど、どうしたんだアイリ?……まさか母さんの容体が!?」

「んーん、お母さんは大丈夫。そうじゃなくて、お兄ちゃん、最近全然帰って来ないから心配で……お兄ちゃんまでいなくなったら私は……」


 家に入るなり、妹が血相を変えて俺に飛び込んで来て、泣き出してしまった。


 母さんの病状が悪くなったのかと思ったけど、その予想は外れたらしい。良かった……。


 俺はホッと胸を撫でおろす。


 ただ、俺がなかなか帰ってこないせいでアイリを不安にさせてしまったみたいだ。


 母さんは薬のお陰でどうにか小康状態を保っている。でも、どうにかして効果の高い薬を手に入れなければ、いつ容体が変わってもおかしくない。


 このまま母さんが死んで、俺まで森で死んでしまったら、妹が路頭に迷ってしまう。それだけはなんとしても避けなければ。


 良い案は思い浮かばない。できるのはもっと森の奥に入ってさらに高く買い取ってもらえる物をとってきて早く母さんを治すことだけだ。


「悪かった。これからはもう少し帰ってくるようにするから」

「絶対だよ?」


 涙目で俺を見上げるアイリの頭を安心させるように撫でる。


「あぁ、約束だ」


 勿論、そんなのは口から出まかせだ。


 今より奥に入ったら、もっと帰って来れなくなると思う。でも、母さんが治るまで我慢してもらう他ない。


「今日は一緒に寝てもいい?」

「勿論良いぞ」


 これで少しでもアイリの気持ちが和らぐのなら、それくらいいくらでもする。その日は妹に抱きしめられながら泥のように眠った。




 次の日、まだ日も空けぬうちに目を覚ます。


「それじゃあ、行って来るな」

「……おにい……むにゃ」


 眠っている顔は安心しきっていた。起きている時もこんな表情をさせられるように、今日も頑張ろう。


 俺は起こさないように静かに家を出た。



 ◆   ◆   ◆



 お兄ちゃんが1度帰ってきて、また出ていってから7日。


 あれから1度も帰って来ていない。


 ちゃんとご飯食べてるかな。怪我してないかな。どこかで倒れてないかな。


 どうしようもなく心配になる。


「ううっ」

「お母さん……」


 苦しそうにうめき声を上げるお母さん。薬を飲んでいるのに、徐々に悪くなっているように見える。


 布を水に付けて絞り、お母さんの額に乗せた。


 お母さんはこんなに苦しんでるのに私は何もできない。何かしたくても私はただの子供。なんの力もない。


 お兄ちゃんみたいにモンスターを従えるテイム能力があれば良かったのに……。


 もしこのままお母さんが死んでしまったら……お兄ちゃんが帰って来なかったら……私はどうしたらいいのかな……。


 家にいると色んな不安ばかり募る。私はお兄ちゃんが置いていったお金を持ち、お母さんの薬や、日用品と消耗品を買いに外に出た。


「いらっしゃい。いつもの薬だね」

「はい。お願いします」


 馴染みの薬屋さんでお母さんの薬を買ってお店を後にする。


「北の森に凄く良く効く薬草があるらしいぞ」

「ああ、聞いた聞いた。なかなか貴重な薬草が見つかったらしいな」

「でも最近北の森は物騒だから気を付けねぇとな」

「そうだな。西の山のモンスターが出るらしいからな」


 別のお店に向かう途中で北の森の薬草の噂をしているのを聞いた。


 そうだ。この薬草を取ってくればお母さんもすぐに治って、お兄ちゃんも毎日帰って来れるようになるかもしれない。


 このまま家で1人で待っているだけはもう嫌だ。


「よし、決めた」


 私は北の森の行くことにした。


「お母さん、もう少し待っててね」


 着替えてお母さんに声をかけた後、私は家を後にした。


 きっとこっそり行けばモンスターにも見つからないよね。


 そんなわけないのに、その時の私は冷静じゃなかった。


 そして、余りにも考え無しだった。



 ◆   ◆   ◆



「ただいま~」


 今週は頑張った結果、かなりいい稼ぎになったのでいつもより早く帰宅した。


 しかし、いつもは真っ先に飛んでくるはずのアイリが来ない。


「アイリ?」


 家の中に入ってアイリを呼んだけど、返事がない。シーンとしていて、家の中がいつもよりも静かだ。


 寝室に入ってみても母さんがいつものように苦しげな表情で横になっているだけ。アイリの姿はどこにもなかった。


 もしかして……攫われた!? 


「アイリ? アイリいないのか!! 返事をしろ!!」


 思わず叫んだけど、全く返事がない。すぐに家を飛び出して近所に聞き込みをしてみたけど、何も分からなかった。


「くそっ!! こんなことならもっと早く帰ってきていれば……」


 いや、後悔するのはまだ早い。


 今できることをやらないと。


「ルナ。アイリの匂いを追えるか?」

「キュンッ」

「この匂いがする方を探してくれ」


 家に戻り、妹が身に着けていた物を嗅がせると、ルナは外に飛び出していく。


 俺はその後を追った。

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