第002話 決意

「着いてしまった……」


 俺は学院から1カ月以上かけて故郷の街へと帰って来た。辺りは3年前と変わっておらず、懐かしい気持ちになる。


 乗合馬車を降りて重い足取りで家に向かう。


「はぁ……気が重い……」


 今から家族に会って話をするのが本当に申し訳ない。


 俺の家は貧乏で、いつも質素な生活をしていた。


「体に気を付けてね」

「辛くなったらいつでも帰ってきていいからな」


 それなのに、小さい頃にリリをテイムして、俺にテイマーの素質があると分かった両親は、13歳になった俺にコツコツと貯めた貯金を渡してテイマー学院へと送り出してくれた。妹も生まれて本当に大変だったろうに。


 その時は本当に嬉しかった。


 俺は両親の気持ちに応えるために睡眠時間も削って勉強に打ち込んだ。でも、俺には才能がなかった。


 モンスターはG、F、E、D、C、B、A、S、SS、SSSにランク分けされていて、Gが一番低く、SSSが一番高い。


 俺はFランク以上のモンスターをテイムすることができなかった。


 それでも何か方法があるのではないかと研究論文まで読み漁り、自力でテイムしようと必死に試みたけど、結果は変わらなかった。


「着いた……」


 これまでのことを思い出している内に家の前に着いてしまった。


 こんなに家の扉が重く感じたことはない。


「うわっ」


 急に扉が開いて俺はバランスを崩して後ろへと下がる。


「誰!?」


 警戒するその声は、懐かしい音色だ。


「俺だよ、俺」

「お、お兄ちゃん……?」

「あぁ……あははは。ただいま」


 それは5つ下の妹、アイリだった。俺はバツが悪くなって頭を掻きながら挨拶をする。3年も会わないうちに、随分と大きくなった。


 俺がこの家を出たのが13歳で、妹が8歳の時だ。それが今はもう11歳。そりゃあ成長もするか。


「お兄ちゃん!!」

「おっとっとっ」


 妹が俺の胸に飛び込んできたのを何とか支えた。


「あら、誰か来たの?」


 奥から出てきたのは3年前よりも明らかにやつれた顔の母さんだった。


 その姿を見た時、俺の心にどうしようもない罪悪感が湧いた。俺がちゃんとしたテイマーになってさえいれば、母さんたちにもっと裕福な生活をさせられたのに……。


 テイマーは、モンスターを従えることで能力の一部と特殊な能力や魔法を使うことができる。しかも、それはモンスターの質が高ければ高いほど、大きな力を授かり、テイムした数によってどんどん増えていく。


 つまり、テイムしているモンスターの質と数がそのテイマーの価値を示す。


 何匹もランクの高いモンスターをテイムしているテイマーは、人間を遥かに超越した力を持っている。そのため、国では率先してテイマーを育てて優遇していた。


 一定以上のテイマーになれば、その家族もその恩恵を受けることができる。良い家に住んだり、税金が免除になったり。


 しかし、俺に才能がなかったばかりに、ウチはその恩恵を受けることはできない。


「イクスなの?」

「……ああ。母さん、ただいま」


 げっそりとした顔で笑う母さんに一瞬言葉に詰まる。でも、どうにか挨拶を返した。


「とりあえず、中に入りなさい。話はそれからよ」

「分かった」


 母さんに促されて俺たちは家の中に入った。室内は以前と変わっていて、本当に最低限の物しかなくて、がらんとしている。


 俺たちはテーブルについて話し始める。


「父さんは? 仕事か?」

「……父さんは死んだわ、半年前に」

「なんだって!?」


 不意に聞いた質問への答えに俺は衝撃を受けた。


 詳しい話を聞くと、父さんはモンスターの襲撃を受けた時に母さんとアイリを庇って死んだらしい。お金もないし、俺に心配をかけないように手紙を送らなかったとのこと。


 父さんは小さい頃から沢山可愛がってくれた。その父さんがもういないなんて……。


 涙が溢れてきてしばらく話にならなかった。


「ごめん」

「いいのよ」


 ようやく落ち着いた俺に母さんが優しく微笑む。


 父さんが死んだ後、母さんが今まで以上に働いてどうにか暮らしてきたらしい。


 さっき抱き着かれた時に思ったけど、妹もほとんど肉がついてなくて、貧しい暮らしをしてきたことが窺えた。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん、テイマーになったんでしょ? それならこれからは良い生活ができるね!!」

「あ、ああ。任せておけ!!」

「やったぁ!!」


 話を振られた俺は妹に嘘をついてしまった。


 アイリの期待するような目を見たら、本当のことが言えなくなった。


 俺は嬉しそうに笑う妹の笑顔を守るために働きに出ることに決めた。


 ここは辺境の街。


 辺境と呼ばれている所以は、ここがモンスターが多数生息している森や山などの魔境との境界を守っている街だからだ。


 モンスターを討伐する傭兵という仕事がある。ここにはモンスターが溢れているため、傭兵の仕事が沢山あった。


 モンスターを討伐して、体内にある魔石と呼ばれるモンスターの心臓のような物を証明として持って帰れば、お金に換金してもらえる。


 それに、山や森の中にある薬草や木の実などの採集をする依頼をこなしてお金を貰うこともできる。


 俺はすぐに傭兵を管理する傭兵ギルドへと足を運んだ。


 しかし、現実は甘くなかった。


 森の浅い所でもFランク以上のモンスターが闊歩し、少し奥に入り込むとEランクのモンスターがうろついている。


 Fランクモンスターならリリたちと力を合せればなんとか撃退できる。でも、Eランクのモンスターはどうにもならない。

 

 俺は森の浅い所に生える薬草を採取しつつ、Fランクモンスターを皆で倒して小さな魔石を持ち帰るのが精いっぱい。


 朝から夕方まで働いて、母さんの稼ぎと合わせて3人が生きていけるギリギリの稼ぎにしかならなかった。


「これ、美味しいね!!」

「そうだな」


 でも、生活が少し改善したことでアイリが笑顔を見せる機会が増えた。今のまま働いていれば、少なくとも生活はできる。


 しばらくそんな生活が続いたある日、予期せぬことが起こった。

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