第20話 氷の姉妹

 姫ヶ咲学園には絶大な人気と影響力を持つ姉妹が存在する。


 その名は氷川姉妹。学園で最も有名な姉妹であり、様々な意味で学園最強と呼ばれる姉妹である。


 姫ヶ咲学園総選挙第6位・氷川亜里沙ひかわありさ


 最強姉妹の姉であり、間違いなく学園最強の存在である。


 彼女の二つ名は”氷の女王”。例によって姫なのに女王という矛盾に対してツッコミを入れてはいけない。そういうものだから仕方ない。


 ちなみに彼女は去年まで”氷の姫君”という二つ名で呼ばれていた。今年から女王に変更された。


 変更された理由は学年が上がったからではない。彼女の妹が入学してきたからである。これまた恐ろしいレベルの美少女で、大正義美少女姉妹が爆誕したと学園中が沸いたのは記憶に新しい。


 妹のほうも”姫6”に名を連ねており、去年までの二つ名は妹が引き継いだ。


 氷川妹こそ下級生で唯一の姫であり、愚妹が最もライバル視している相手であり、今年の新入生でぶっちぎりの人気を誇っている少女であり、俺が次に狙わなければならない姫だ。


「相変わらずの迫力だったね、女王様」


 疲れたように風間がつぶやく。


「まったくだ。今でも心臓がバクバク言ってる」

「小心者」

「うるせえ。誰だって怖いだろ」

「まあね。近くで見るとホントにやばかったよ。本物の女王様と対面してるみたいな重圧感じるし。怖いのに顔が綺麗すぎて釘付けになるから妙な感覚だった」

「……綺麗か」


 氷川亜里沙は綺麗という言葉がふさわしい。


 常にキリっとしている彼女は本当に綺麗で美しい。


 整った顔立ちなら不知火もそうなのだが、不知火のほうはイケメン女子という印象が強い。髪型のせいもあるだろう。


 それに対して氷川亜里沙は正統派の美女だ。整った顔立ち、通った鼻筋、髪の毛はさらさらのセミロング。身長も平均より高めで、すらりと伸びた手足はとても魅力的だ。モデルのような印象を受ける。


 唯一残念な点を挙げるとしたら胸がちょっとばかし平地という点だろうな。


「風間から見てもやっぱ美人か?」

「当たり前でしょ。あれは別格」

「別格か」

「同じ女として比較されたくないね。生まれ持ってのモノが違うっていうか、完全にバケモノでしょ。顔面偏差値は異次元だし、頭の出来はレベルが違うし、おまけに家はお金持ち。それでいて運動だって得意。努力だけじゃ絶対に追い付かないものを生まれつき持ってるタイプでしょ」


 あの風間がここまで言うとはな。


 だが決して言い過ぎではないのが恐ろしいところだ。

 

 氷川は学園が誇るビック3の一角である。昨年からクール&ビューティーとして多くの生徒を魅了した。


 現在では我が校の生徒会長を務めており、成績は学年首席。ちなみに去年からずっと成績トップだ。そして全国的にも有名な某企業の令嬢でもある。


 生まれながらの超ハイスペック。最強と呼ぶにふさわしい女性だ。


「神原君は氷川さんみたいなタイプが好みだったりするの?」

「馬鹿言うな。俺なんて相手にされるわけないだろ」

「自己評価低すぎない?」

「それは関係ない。相手はあの氷川だぞ」

「……まあ、ね」


 あれだけのスペックだ、告白した男子生徒は数多くいる。

 

 結果は全滅。それはもう戦いにもならないくらい圧倒的な敗戦だ。告白した奴等の中にはコテンパンに負けすぎてメンタルブレイクした奴もいたらしい。


 氷川は誰に対しても冷たい対応をすると有名だ。相手に興味を持たない。友達と歩いているところなど見たことがない。まさに孤高の女王だ。例外があるとしたら登下校を共にしている氷川妹くらいだろうか。


 そんな対応をしても人気は高い。男性だけでなく、媚びない姿勢が好きと女性からの支持も厚い。さらに言えば優秀な彼女は教師陣からの信用もある。


「確かに氷川さんは凄すぎかもね。妹に支持を流したのにまだまだ超人気あるし」

「……支持を流した?」

「あれ、神原君知らないんだ」


 信じられないとばかりに風間が瞬く。

 

「詳しく教えてくれ」

「氷川さんは自分を支持していた人達に言ったんだよ。総選挙では妹に票を投票してくれると嬉しいってさ。周りの人は驚いたみたいだよ。彼女が総選挙関連の発言をしたのは初めてだし」


 初耳だった。


 昨年、氷川は入学して最初の総選挙で2位を獲得した。昨年はずっと順位をキープしていた。


 しかし今年最初の総選挙で6位に順位を落とした。


 てっきり妹に票を奪われたと思っていたが、自分から妹に票を集めてくれと言ったのか。それなら急激に票が動いたのも納得できる。


 納得はしたが、理由が謎だ。わざわざ妹に投票を呼び掛けるなんて意味がわからない。


 氷川は姫に興味なさそうだった。多分、実際にないだろうな。姫ってのはあくまでも学園内だけの称号だし、進学に有利になるわけでもない。そもそも生徒会長であり、学年首席である彼女にはこれ以上の付加価値は必要なさそうだし。


 注目されるのが嫌だったとか?


 これもありえない。生徒会長って時点で注目されてるわけだし。生徒会長に立候補していたので目立つのが苦手というわけでもないはずだ。


「一応聞くが、風間は理由を知ってるか?」

「全然」


 社交的な風間も知らないのか。


「氷川の妹についてはどうだ。もしかして妹が姫になりたかったとか?」

「さあね。私は喋ったことないけど、違うんじゃないかな」

「何故そう思った?」

「噂によると氷川さんと似たタイプらしいよ。威圧感があって、誰に対しても塩対応っていうか氷対応だね」


 氷対応って言葉を聞いたのは初めてだ。


「それくらい他人に興味がないってこと。前にたまたま見た時、必死に話しかけてきた子を完全に無視してたんだよ。私にはあの姉妹の考えなんてわからないよ」


 俺が聞いた噂も同じだ。


 妹のほうも他者には興味がなく、対応は氷のように冷たい。そして、姉と同じく学年首席という成績優秀者でもある。


「……」


 ここまで聞いた印象だが、こりゃダメだな。


 接触できたとしても糸口が見つからなさそうだ。さすがにVtuber好きってわけじゃないだろうし。


 それ以前に接触できる気もしない。


 クラスメイトの風間幸奈、中学時代の友人である土屋美鈴、その土屋の親友である不知火翼、彼女達は薄かろうと接点があった。完全に接点がないわけではなかった。


 氷川姉妹は違う。姉のほうは同じ学年だが、去年も今年もクラスが違う。共通の友人だっていない。


 妹のほうはもっと無理だ。


 姉と同じように完全な無接点であり、しかも学年が違う。一応、彩音とはクラスメイトだ。でもそれだけだ。彩音の奴も氷川の妹とは友達じゃないらしいから繋がりは皆無。


 いきなり押しかけて話しかけたら単なるナンパ野郎だ。ナンパしても好印象は与えられない。っていうか、声を掛けた男子の数は多いだろうしな。


 前途はあまりにも多難だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る