第19話 妖精と姫王子と女神と
突如として放り込まれた女神の爆弾。
俺だけでなく、不知火と風間も目を見開いていた。発言の意味が誰も理解できなかった。
「急にどうしたんだい?」
最初に我を取り戻したのは親友の不知火だ。
「感想を言っただけだよ」
「いや――」
「翼ちゃんはまだそんなに関わってないから知らないかもしれないけど、佑真君は凄くいい人なんだよ」
「それは僕も良くわかっているよ。彼は僕達の友情の橋渡しをしてくれたわけだし」
勢いで引き受けてしまった件だけどな。
「翼ちゃんもわかってるんだね。そんな素敵な佑真君と幸奈ちゃんってお似合いかなって。お互いに性格良いし、お似合いって感じがするんだ」
「っ」
不知火は言葉に詰まった。
「幸奈ちゃんといえば魅力的な女の子の代名詞みたいな人でしょ。おしゃれだし、可愛いし、性格だって凄く良いのはクラスメイトだったからよく知ってるもんね」
「ま、まあね」
「恩人でもある佑真君の彼女にピッタリだなって思っただけだよ。あれ、もしかして変なこと言ったかな?」
どう考えても変だろ。
不知火は困惑の表情だった。
わかるぜ、その反応。そりゃ俺の前では言いにくいよな。風間は裏の顔を知らなければめちゃくちゃ性格の良い社交的な美少女に映っているはずだ。俺みたいな奴には勿体ないと誰もが思う。モブキャラとお似合いなはずない。明らかに釣り合っていない。
きっと不知火はそう言いたいはずだ。
「えっと……変というか、僕はただビックリしただけだよ」
否定しないのは俺に対して恩義があるからだろう。
良い奴だよ、不知火は。さすがは同志だ。内面までマジでイケメンだ。俺みたいなどうしようもない奴とは大違いだよ。
などと話をしていると。
「実は私も神原君と相性いいかなって思ってたんだ!」
何故か風間本人が同意してきた。
これには俺と不知火が驚く。
「だよね。幸奈ちゃんと佑真君って相性良さそうだもん」
「嬉しいな。土屋さんからもそう見えてたんだね」
「うん、凄い仲良しに見えた」
「さすが見る目あるね。確かに私達は仲良しだよ。ねっ?」
風間が俺にウインクする。
くそっ、こっちは完全にからかってやがるな。
あえて話に乗っかって俺を動揺させて楽しもうって作戦だろ。そういう顔をしていやがる。こっちは本性を知ってるから全部わかってるんだぞ
今は風間より先に土屋だ。
「ちょっといいか?」
土屋に声を掛けて少し離れる。
「どうしたの、佑真君」
「目的は何だ?」
小声で話しかける。
「単なるお手伝いだよ」
「手伝い?」
「困った時は力になってあげるって約束したよね」
確かにしたな。仲直りに協力した時の見返りとして。
約束のほうは覚えているが、先ほどの言葉に何の関係があるのかさっぱりだ。逆に攻撃されている気がしたぞ。
「佑真君を見ていたらわかるよ。好きなんでしょ、幸奈ちゃんが」
「……へっ?」
「ああいうタイプが好みだったんだね。でも、魅力的だし惚れちゃうのも無理はないよね。社交的だし、佑真君はどっちかといえば受け身だから喋りかけてくれる女の子が良かったんだね」
俺の好みはむしろおまえだぞ、とは言えないわけで。
「かなりの大物狙いだね。彼女は人気者だから難しいけど、佑真君なら可能性あると思ってるのは本当だよ。だから、全力でサポートしようかなって。さっきの反応からして、幸奈ちゃんのほうもまんざらじゃないみたい」
違う、あいつは俺をからかって遊ぶのが趣味のやばい女だ。
……って、そもそも俺は風間が好きじゃない。可愛いのは認めるけどさ。
しかしなるほど、土屋にはそう見えたわけだ。
俺は普段から風間にちょっかいをかけられている。関係を持続させたいのでそれを突っぱねるわけにもいかず、正面から受けて立っている。その姿をイチャイチャしていると受け取ったのだろう。
風間に恋愛感情を抱いていると勘違いしたわけだ。
これはどうなんだ。
ある意味では俺は風間を狙っている。それは間違いない。下級生の姫を狙えと言われているわけだが、一番手っ取り早く効率的なのは既に縁のある姫達を攻略することだ。
ただ、きっかけがなくて進展させられる自信がない。間違って突っ走ったら今の関係が終わり、完全に終了だからな。
土屋がサポートしてくれれば一つ上のステップに進める可能性はある。
「あっ、別に裏はないからね。佑真君と翼ちゃんがこれ以上接近しないようにしてるとか、そういうわけじゃないから」
「……お、おう」
そこを警戒しても意味ないだろ。どう頑張っても俺に姫王子が口説けるはずないし。
「というわけで、協力してあげようと思ったの」
協力してくれるという申し出はありがたいけど、これを受けてしまったら俺が風間を好きと公言したのも同じだな。さすがにそれはまずい気がするぞ。
風間に目を向ける。
「えへへ、私と神原君がお似合いだって。不知火さんもそう思う?」
「……僕としてはあまりかな」
「えぇー、どこがダメなのかな?」
「恋人には見えないってことさ。友達のほうがしっくりするかな」
「ふふふっ、友達から始まる恋愛もあるんじゃないかな」
「ぐっ」
楽しそうにお喋りしていた。
俺をからかうためだろう、風間が得意気な顔をしている。それを受けて不知火がぐぬぬといった表情だ。
その時だった。不意に「おぉ」と歓声が上がった。
意味がわからず廊下のほうを見ると、いつの間にか廊下には多くの男女で埋め尽くされていた。
俺はすっかり忘れていた。ここに集まっているのが姫であり、姫が学園でトップクラスの人気者であるという事実を。
「妖精が笑ったぞ」
「きゃっ、姫王子様が悔しそうな顔してる」
「やっぱ姫が集まると華やかだな」
姫が集まっている姿は結構レアだったりする。三人もいることで野次馬が集まってきたのだ。野次馬の数は時間経過と共に膨れていった。
この状況まずくね?
学園で全然目立たない俺の席に集まる姫達。明らかに場違いなモブ野郎である俺がこの輪の中にいるとか大丈夫なのだろうか。
不安に駆られていると。
「――この騒ぎはなにかしら?」
決して大きな声ではなかったが、よく通る声だった。
集まっていた連中は水を打ったように静まり返った。まるで機械が電池切れを起こしたようにぴたりと止まった。
こんな芸当が出来る人間は姫ヶ咲学園に一人しかいない。
声を発した人物はゆっくりと近づいて来た。周りにいた生徒達は示し合わせたように左右に捌ける。その様子は王様のために道を開ける市民といった感じだった。相手は女性だからこの場合は女王様だろうか。
「あなた達が騒ぎの原因ね」
圧倒的な存在感の前に全員言葉を失った。さっきまで楽しそうだった風間と不知火も冷や汗を流している。
女王様は不知火と土屋に目を向けた。
「あなた達はこのクラスではないわね」
「えっと、これはその――」
「もうすぐ午後の授業が始まるわ。早く自分の教室に戻りなさい」
女王様の言葉には誰も逆らえず、二人は素直に従った。
「集まっている野次馬も自分の教室に戻りなさい。この騒動はもう終わりよ」
パンパンと手を叩く。
女王の命令に逆らう者はいない。示し合わせたように全員散っていく。あっという間に元通りの景色が戻ってきた。
凄まじい統率力だな。
恐怖しながら感心していると、女王様は俺と風間に向きなおった。
「昼休みだから多少騒がしいのは構わないわ。けれど、大勢の生徒を巻き込むのは控えてちょうだい。何事もなかったから良かったけど、昨年は似たような状況で怪我人も出たんだから」
「は、はいっ!」
「わかったのならいいわ。それじゃあね」
淡々と述べると、女王様は去っていった。
窮地を脱した俺は安堵の息を吐いた。
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