第18話 妖精と姫王子と
地獄のような定期報告が終わり、月曜日が始まった。
俺のテンションは朝から最低だ。授業に集中などできるはずもなく、昼休みになる頃には抜け殻になっていた。
昼休みになっても気分は萎えたままで、いつものように空き教室に向かう元気はなかった。自分の席で菓子パンを平らげ、ぐったりと机に突っ伏した。
「朝から元気ないね。体調悪いの?」
隣の席から気遣う声がする。
風間はさっきまで友達のところで弁当を食べていたはずだが、いつの間にか戻ってきたらしい。
「体調は問題ない。まあ、色々とあってな」
「テンションが低いだけ?」
「その通りだ。心配してくれてありがとな」
高くなるはずがなかった。
彩音から狙うように指示された例の姫は下級生だ。接点がなさすぎて最初から狙うことを諦めていた相手である。
仮に接点があったとしても狙うにはかなり問題のある姫だったりする。それを狙えと言われてテンションが上がるはずない。
一応、接触方法はいくつか考えてみた。
しかしどれも現実的ではないと諦めた。噂で聞くかぎり、どう頑張っても彼女と親密になれる気がしない。
かといって、今まで接触した姫を口説くのも不可能だ。関係を進展させるためのきっかけもないし、経験のない俺には方法がさっぱり浮かばない。
「何があったの?」
「別に」
「何もないのにそうなるんだ」
「そういう日もあるだろ」
姫を攻略していることを言うわけにはいかない。これが知られてしまえば非難轟々の未来が待っている。
よく考えてみれば姫攻略って、そこそこ最低な行為だと思ってた隣の席を攻略しようとしてる風間と同じようなものでは?
今さらだな。
「そういえば、聞いたよ」
「聞いたって?」
「不知火さんと土屋さんを仲直りさせたって話。結構な噂になってるみたいだね。私の友達も見直したって褒めてたよ」
「……マジか」
何故広まっているのだろう、と疑問を覚えた直後に答えにたどり着いた。
噂を流したのは彩音だ。どうやら本当に言い触らしたようだ。昨日この件について知ったから、朝から噂を流しまくったのか。ご苦労な奴だ。そういえば今朝はめちゃくちゃ早く登校していたな。
風間に言われて思い当たる。今日は妙に視線を感じた。
好意的な視線もあったが、向けられる視線に悪意が混じっていた気がしたのは「余計なことしやがって」という女子達からの怒りだろう。
気にする必要はない。悪い行為をしたわけではない。表立って文句を言ってくる奴はいないだろうし、例え文句を言われても自分の正義を主張するだけだ。
「見直しちゃったよ。神原君っていい人なんだね」
わざとらしくそう言った風間は、誰にも見られないようにこっそりと俺の足を踏みつけた。
「痛っ!」
「で、狙いは?」
顔を近づけてきた風間の雰囲気が変わっていた。
「ただ助けたわけじゃないでしょ。噂だとその辺りに関してはわからなかったけど、なんで神原君があの二人を仲直りさせるのかな」
「……」
「もしかして、どっちか狙ってるとか?」
鋭すぎるだろ。
無言を肯定と受け取ったのか、風間は大きく息を吐き出した。
「流石に無謀すぎでしょ。神原君みたいなモブキャラ君が姫を落とせるはずないんだから手を引いたほうがいいって。特に不知火翼のほうは絶対無理だからさっさと手を引いたほうがいいよ」
「俺は別に――」
反論しようとしたら、廊下がざわついた。
ざわつきの元凶が近づいてきた。
「たまたま通りがかったから挨拶に寄らせてもらったよ、神原君」
不知火翼だった。
「お、おう」
俺は手を上げて返事をする。
直後にざわざわが大きくなる。どうして手を上げただけで騒ぎになるのか気になったが、理由はすぐに判明した。
「あの姫王子が自分から男に話しかけたぞ」
「うっ、嘘でしょ」
「これ事件じゃね?」
不知火が自ら男に話しかけたのが信じられなかったらしい。
信じられなかったのは風間も同じだったらしい。猫を被るのを忘れて信じられないという顔をしていた。
ただ、一瞬でいつもの顔に戻ったのは流石だ。
「驚いた。不知火さんが男子に話しかけるところなんて初めてみたよ」
口にした風間に不知火が視線を向けた。
「おや、久しぶりだね。幸奈」
「久しぶり、不知火さん。元気だった?」
「僕はいつでも元気だよ。そっちも相変わらずで安心したよ」
両者は笑顔で挨拶を交わす。
「でもホントにビックリしたよ。去年は女子としか話してなかったのに」
「まあ、そうだね。僕は基本的に男子と話が合わないんだけど、たまたま神原君とは気が合ったんだ」
二人は元クラスメイトだ。
関係性はよく知らないが、こうして普通に話しているってことは仲良しなのだろうか。それにしては今まで会話している場面を見かけなかったけど。
「幸奈のほうこそ、神原君と仲が良さそうじゃないか」
「隣の席だからね。険悪だと生活しにくいでしょ?」
「はははっ、それは確かにそうだ」
不知火は楽し気に笑う。
いい雰囲気だな。友達と久しぶりに再会って感じだ。
「……ところで、神原君と不知火さんの関係は?」
「僕達は友達だよ」
その瞬間、空気がピリッとした。
……気がした。
風間の表情が強張ったのだ。それとほぼ同時に教室にいた数人の女子が明らかに怪訝そうな顔で俺を睨みつけてきた。
「へ、へえ、友達なんだ」
「神原君はとても好青年なんだよ。先日、僕は彼の世話になってね。それで彼と仲良くなったというわけさ」
「土屋さんとの話だよね。噂になってたよ」
「あれは事実だよ。神原君にはとても助けられたからね。恩人である彼とはこれからも良い関係を築いていきたいと思っているんだ」
そう言って不知火が微笑みかけてきた。
イケメンにも見えるし、女性にも見える素敵な笑顔に俺はこくこくと頷いた。こちらとしても良好な関係を築いていきたい。
風間は俺と不知火の顔を見比べると、聞こえるかぎりぎりの声で「ふーん」とつぶやいた。
「でも、意外だったな」
「意外って?」
「高校生にもなって自分達で仲直りできないなんて、不知火さんって意外と可愛いところあるんだね」
あはは、と風間が口に手を当てて笑った。
俺は気付いた。その言葉に悪意という名の棘があったことに。何故なら声の感じが猫を被りながら俺に皮肉をぶつける彩音そのものだったから。
「……」
「……」
不知火も気付いたのだろうか、空気が変わった。どこか張りつめているというか、何となく居心地の悪さを感じた。
あれ、いつの間にか険悪な雰囲気になってね?
幸か不幸か表情はどちらも笑顔だった。それがまた薄気味悪いというか、少し不気味な感じがして恐怖を煽った。
どうするよ、この空気。
不安に駆られていると、再び教室がざわついた。いつの間にか見知った顔が教室に入り、こちらに近づいていた。
「楽しそうだね。わたしも会話に参加していいかな?」
現れたのは土屋美鈴だ。
「もちろんいいぞ。是非とも参加してくれ!」
俺は迷わず了承する。
救いの女神様が現れてくれた。彼女ならこの変な雰囲気になってしまった場を穏便に収めてくれるだろう。
そう期待したのだが、土屋は俺の顔を見ると邪悪な笑みを浮かべた。
「廊下から見てたけど、佑真君と幸奈ちゃんってホントに仲良しだよね」
唐突にどうしたんだ。
困惑していると更に続けた。
「前に佑真君の場所を知りたかった時も幸奈ちゃんが教えてくれたし、たまにこのクラスの前を通るといつも楽しそうお喋りしてるもんね。もしかして、二人は付き合ってるのかな?」
「え――」
「あっ、その様子だとまだ付き合ってなかったのか。でも、とってもお似合いだと思うよ。幸奈ちゃんみたいな可愛くて性格良い人と、佑真君みたいに友達思いで優しい人がカップルならみんなが羨む最高のベストカップルなれると思うから」
にこやかな笑みで恐ろしい爆弾を投下してきた。
女神が邪神に見えてきた。
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