第17話 狙うは学園の超新星

「では、報告してくれたまえ。長文ニキよ」

 

 俺愛用のゲーミングチェアに深々と座り、炭酸飲料をごくりと嚥下した彩音が口を開いた。


 ちなみに俺は地面で正座している。


 こうなっている理由を説明するのはとても簡単だ。


 現在は日曜日の夜。定期報告のために部屋にやってきた彩音は隠していたお菓子を勝手に食べ出した。さらには飲もうと思っていた炭酸飲料も強奪しやがったのだ。

 イラっとしたので注意したら、先週と同じように脅されてこの光景が完成した。俺という人間は学ばない男らしい。


「ぷはぁ、やっぱ人から奪った飲み物は最高だわ!」


 調子に乗りやがって、このクソガキが。


 俺の右手がこいつの顔面を殴れと轟き叫ぶが、その後に訪れる地獄を想像してグッと我慢する。


「じゃ、土屋先輩から相談されたところから説明して」

「……その前に一つ質問だ」

「なに?」

「おまえは土屋の相談内容を知ってるのか?」


 答えはわかっているが、聞いておかなければならない。


 質問に彩音は首を振った。


「知らない。少し聞いたけど教えてくれなかったし、あたしもそこまで聞きたいわけじゃなかったから」


 その答えに頷く。


 彩音に相談したところで意味はないからな。こいつは不知火とさほど接点がないっぽいし。


 土屋としても自分の秘密を知られたくなかったはずだ。俺に話してくれたのは中学時代に相談に乗った経験があったからだ。


 それに、もし彩音の奴が不知火に惚れちまったら色々な意味で最悪だ。そういった諸々の事情があって言わなかったのだろう。非常に賢明な判断だと言うべきだろうな。


 後は単純に信頼されていないというのもあるだろう。


 いくら外面を取り繕っても本性がこれだからな。にじみ出ていたのかもしれない。そこに多少優越感を覚え、思わず笑ってしまった。


「その勝ち誇った顔はなに?」

「いやいや、別になにもないぞ」

「むかつく顔してないで、さっさと話しなさい」

「はいはい。といっても、仲直りさせただけだ」


 彩音が目を瞬く。

 

「……仲直り?」


 優越感に浸ったまま、ここまでの出来事を話した。


 無論、土屋が女の子を好きという内容は伏せておく。おいそれと話していい内容ではないし、恋愛感情がなくなった今も友人関係は維持しているつもりだ。秘密をこいつに教える必要はない。


 単純に二人がケンカをして、仲裁をしたと伝えた。


「なるほど、そういう相談だったのか。確かに土屋先輩っていつも姫王子と仲良くしてるよね。ケンカしてたから落ち込んでたんだね。てか、あの二人でもケンカするんだ。ちょっと意外かも」


 彩音の奴も違和感には気付いていたらしい。


「ケンカの原因は?」

「さあな。俺はただ場所をセッティングしただけだ」


 嘘を吐いた。あえて真実を話す必要はないだろう。


「まあ、別にそこはいいか。ケンカくらい誰でもするし、仲直りしたんなら大した問題じゃなかったんでしょ」


 勝手に納得してくれた。


「しかし姫王子か。難しいよね。女子人気が凄いからあたしも中々近づけないし」

「話してみたら意外と話しやすかったぞ」

「そうなの? あの人って男嫌いで有名なのに、兄貴って昔から変な女と仲良くなれる能力持ってるよね」

「失礼なこと言うな」


 大体、俺の知り合いで一番おかしな奴は目の前にいるおまえだぞ。そのおまえと仲良くないんだから変な能力は持ってないだろ。


「姫王子とはどんな話したの?」

「どんなって――」

「説得して仲直りまで持っていったんでしょ。だったらそこに姫王子と仲良くする鍵がありそうじゃん。今後の為にも知っておきたい情報ね。ほら、あたしも姫になるわけだし。姫同士は仲良くしてたほうが周りからの評価上がるじゃん」


 相変わらずの自信家だな。


 本物の姫を間近で見てきた身としてはこいつが姫に適任なのか疑問だよ。まっ、姫連中も変わり者が多かったから意外とお似合いなのもしれないが。


「話の中身は土屋のことだ。俺は土屋と同じ中学で同じクラスだったわけだしな。昔話をきっかけにしたわけだ」

「ケンカしてるのに?」

「お、お互いに仲直りしたそうな雰囲気を感じ取ったんだよっ」

「へえ。兄貴のくせに察しがいいんだ」


 我ながら苦しい言い方だが、彩音はさして興味がなかったらしくサラッと流した。


 不知火がVtuberの大ファンという点については黙っておく。

 

 目の前で偉そうにしている彩音はクソ野郎であり、Vtuberとかアニメオタクとかそういうのを受け付けないタイプだ。それは俺の部屋のコレクションを馬鹿にしたことからもわかるだろう。


 不知火は俺と同じ趣味を持つ同志だ。売り渡すようなマネはしたくない。


「まあいっか。とにかく、兄貴はケンカの仲裁したわけだね」

「そうなるな」

「……ふむ」


 彩音は何事か考えるように俯いた。


「おいおい、まさか仲直りさせたことは怒らないよな?」


 ケンカを煽って殴り合いに発展させて顔に傷をつけろ、とか言いかねない。


「言うわけないでしょ。むしろ褒めてあげる。よくやってくれたね。今回の働きに対してグッジョブという言葉をあげる」


 彩音が親指を立てる。


「このエピソードは広めるから」

「ケンカの仲裁をしたって話を?」

「そっ。兄貴が頑張って仲直りさせたって内容をそれとなくね」

「……意味あるのか?」


 尋ねると、彩音は呆れたそうにため息を吐いた。


「アホだな。これはあたしの好感度をアップさせるチャンスでしょ」

「おまえの?」

「兄貴がケンカの仲裁したのは、元はといえば土屋先輩があたしに相談したからでしょ。つまり、土屋先輩を兄貴に相談させたあたしの手柄でもあるんだから。こういう地道な努力が姫への近道なんだよ」


 こいつ俺の努力を自分の手柄にしようとしてね?


 横取りするなと言ってやりたくなるが、元を辿れば彩音が介入したのが要因といえばそれは間違いない。あながち横取りってわけでもないのか。


 別にいいけどな。


 今さら好感度稼ぎしたところで意味ない。そもそも好感度ってのはイケメンが所持しているから武器になるんだからな。俺個人としては最終的に彩音が姫になってくれれば問題ない。


「そういえば、肝心の攻略はどうなったの。先輩だけじゃなくて姫王子とも接触したんでしょ?」

「……どっちも無理だな」


 これは素直な感想だ。


 話をしたり、状況を冷静に分析したが残念ながら恋愛に発展するイメージは今のところ出来ない。


 彩音は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「あっそ。まあ、全然期待してなかったけどね。所詮は長文投げ銭しかできないような兄貴だし」

「うるせえ」

「落とすのは無理でも友達としてはどう?」

「それなら可能だと思うぞ」


 また相談すると言っていた土屋と、Vtuberの話題で盛り上がろうと約束した不知火。どちらの姫とも友好的な関係を築けるだろうな。


「なら、そのまま仲良くしておいて。特に姫王子のほうは上手くいけば大幅に支持率下げられそうだし」

「ケンカする理由はないからな」

「いいわ。じゃあ、しばらくは現状維持で」


 彩音はお菓子をボリボリ食べると、炭酸飲料を飲んだ。


「順調ね。それじゃ、次の獲物の話をしましょう」

「……ここまで十分頑張っただろ。まだ続けるのか?」

「当然でしょ。兄貴が知り合った姫を口説けるって自信満々に言ってくれればいいけど」


 そいつは自信がないな。


「でしょ? だったら数をこなしたほうが兄貴も安心できるってわけ」

「おまえが脅さなければいいだろ」

「それは無理。というわけで、残りの姫に手を出してもらうわ。これで接触してない姫は残り半分ね」


 そう、残る姫は半分。

 

「簡単なのがいるでしょ。一番近くに」

「……」

「強情だな。最終的にはどうせ接触するのに」


 つまり、俺が残り二人を落とせないって言いたいわけだ。


 馬鹿にされているような気がしないでもないが、そうなる可能性が高いだろうと俺自身も思っている。

 

「自分で選ばないならあたしが選択するわ。正直、個人的にはこいつを一番落としてほしいんだ。個人的な恨みっていうか、嫉妬だけど」

「もしかして……あの姫君か?」

「そっ、あのクソ生意気な女」


 生意気なのはおまえだろ。


「あいつ、あたしと同じ一年生の癖に姫なんだよ。このあたしがいるのに自分だけ姫になるとか許せない。おまけに姫になったのが当たり前みたいな顔して全然喜んでなかったしさ。ホントにもう、兄貴みたいな気持ち悪い奴にわからせてほしいよ」

「俺はノーマルだ」

「はいはい。というわけで、あの女の攻略よろしく」

「よろしくって言われても、俺には接点が――」

「後は自分で考えて行動して」


 彩音はポケットからスマホを取り出すと、立ち上がった。


「用事があるから今回はこれでおしまい。次の定期報告までに進展なかったら罰があるから。じゃっ、よろしく!」


 どこまでもふざけた愚妹は部屋から出ていった。


 取り残された俺は怒りと呆れと疲れが入り混じった息を吐き出した。次の標的は学園に現れた超新星。

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