閑話 姫王子の独り言
「……まさか、僕がこうなってしまうとはね」
配信を始める直前、昔のことを思い出した。
子供の頃から男子みたいだと言われていた。
実際、小学生の頃は男子に混じって遊んでいた。鬼ごっこしたり、ドッジボールしたり、大勢で遊ぶのが好きだった。自分は男の子ではないかと錯覚したこともあった。
でも、中学生になってしばらく経ってから気付いた。
僕は女の子なのだと。
気付いた理由はいくつもあるけど、一番それを感じたのは今まで遊んでいた男子達に力で勝てなくなったからだ。昔は腕相撲でも互角だったし、ケンカしても負けなかった。気付けば全然勝てなくなっていた。
自分が女と理解し始めた頃、周りの女子から「格好いい」とか「王子様」と言われるようになった。次第にその声が広がっていった。
親の都合で転校してからは顕著になった。
イケメン女子とか呼ばれるようになり、常に女の子に囲まれていた。
気の弱かった僕は嫌われたくない一心で周囲の期待に応えた。求められるのは格好よくて素敵なイケメン女子。だから、そうあるように振る舞った。
しかし実際の僕は違う。
ぬいぐるみが好きだったり、可愛い小物を集めるのが趣味だったり、どこにでもいる普通の女の子だ。むしろ普通の女の子よりも可愛い物が好きだったかもしれない。フリフリの服も好きだし、物語のお姫様に憧れていた。
表では王子を演じて、自宅では姫に憧れた。
二重生活みたいな日々の中で何度も思った。
……このままでいいのかな?
高校生になると周りの子達はちらほらと彼氏を作りだした。今までは全然気にしなかったけど、羨ましいと思う気持ちが芽生え始めていた。
僕も可愛いって言われたい。
一度そう思ったら止まらなくなった。
でも、心とは裏腹に同性にモテまくった。可愛いらしさではなく、格好よさのほうでモテまくった。適当に入った部活でもその件で揉め、場を収めるために退部した。
葛藤を抱えていた時に出会ったのがVtuberだ。
まるで日常系アニメのような可愛さに胸を撃ち抜かれ、あっという間にハマった。グッズを集め出し、ライブ配信も欠かさず見ていた。
ふと、閃いた。
僕もVtuberになればいい。現実じゃ無理だけど、配信でお姫様みたい女の子になれるかもしれない。
早速行動を開始した。ネットで情報を集め、必要な物を購入した。
誰にも知られないようにこっそりVtuberになる準備を開始していたが、途中で母にバレてしまった。母に事情を話すと理解してくれた。それどころか配信の準備を手伝ってくれた。どうやら母には僕の葛藤が筒抜けだったらしい。
そして、完成したのがもう一人の自分。
『不死鳥フェニです。よろしくねっ』
不知火翼という名前を少しだけ捻って作ったキャラだ。
好きなVtuberをイメージして声を作った。自分でもビックリするくらい甘い声が出た。
これで僕の正体がわかる人がいたら怖すぎる。あまりにも僕とフェニでは違う。これなら絶対にバレない。
――初見だけど声可愛いですね。
――めっちゃ好き。登録した。
――いい匂いしそう。応援してるよ。
多くの人が褒めてくれた。
今まで経験がない女の子の部分に対しての賛辞。それは僕の心に深く刺さった。心が満たされていくのがわかった。
どうせ誰にもわからないし、好きにやろう。
女の子の部分を隠さず、むしろさらけ出していった。配信では自分の部屋がピンク一色で、可愛い物が大好きだと公表していった。女の子の部分をアピールするほどコメントでは僕を持ち上げてくれた。
収益化に成功すると、多くの視聴者が祝ってくれた。
僕の女の子の部分に対し、お金を投げる価値があると言われているようで凄く気分が高揚した。
投げ銭を解禁すると、とあるアカウントの長文が目立った。彼の名前は”ヴァルハラ”と言い、男子高校生らしい。
決して上手な文章ではないけど、毎回長文で僕を褒めてくれた。気持ち悪いコメントだと笑う人もいるだろうけど、僕はヴァルハラ君の言葉に救われていた。毎日のように褒めてくれる彼の存在が配信の支えになっていた。
そんな日々が続いていた高校二年生の夏休み。
親友の美鈴に告白された。
頭が真っ白になった。美鈴からそういう雰囲気を感じなかったし、彼女だけは大丈夫だと思っていた。
『――ゴメン。美鈴の気持ちには応えられない』
僕にそういう気はなかったので断ったのだが、その日から関係がギクシャクしていった。
美鈴との関係を修復できないまま二学期が始まった。
どうにもできない状況に内心苛立っていたあの日、衝撃的な事件が発生した。
ヴァルハラ君の正体が判明したのだ。
目の前で男子生徒がスマホを落とし、それを拾った時だった。彼のスマホには不死鳥フェニが映っていた。それだけで心臓が止まりかけたのに、驚いたのはアカウント名に出ていた”ヴァルハラ”の文字だった。
確信したのはアカウントのアイコンだ。そのアイコンは昔放送されていたアニメの女の子で、ヴァルハラ君と同じだった。
ヴァルハラ君は投げ銭で自分が高校生だと明かしていた。年齢が近いのはわかっていたが、まさか同じ学校の同じ学年に居るとは想像もしていなかった。世間の狭さに驚く。
僕の恩人は普通の男子だった。
これといってイケメンというわけではないが、酷い顔をしているわけでもない。至って普通の男子だ。同じ学年なので何度か見かけたことはあったが、名前は知らない。
突然の事態に動揺しながらも、僕は彼と接点を持とうとした。
僕自身も自分の発言と行動に困惑していたが、恩人であり視聴者である彼に知らず知らず興味を持っていたらしい。
実は神原君は美鈴と友達だったらしく、間を取り持ってくれるという。彼のおかげで僕と美鈴は再び友人関係に戻った。
僕の中で神原君の存在がさらに大きくなった。
誰も褒めてくれなかった女の子の部分を褒めてくれる人。友達思いで優しい人。共通の趣味を持っている人。そして、僕を推してくれる人。
神原君に対して好意を抱くには十分な理由だった。
「もし、神原君に言ったらどうなるかな?」
僕が不死鳥フェニだと知ったら神原君はどうするだろう。
「……」
ダメだ。
推しと言ってくれたのはあくまでも不死鳥フェニに対してだ。僕に対して言ったわけじゃない。声も容姿も全然違うじゃないか。
男みたいな僕よりも女の子っぽい人が好きに違いない。
けど、フェニの中身は僕だ。優しい彼なら僕を受け入れてくれるかもしれない。もし受け入れてくれたら次の関係に進むはずだ。
「……次の関係か」
想像して何だか恥ずかしくなる。
このまま関係は切りたくなかったので相談を持ちかけた。我ながら無理のある内容だったが、神原君はこれに了承してくれた。
いきなり全部話しても混乱させてしまうし、神原君も受け入れられないかもしれない。でも、少しずつ女の子の部分を見せればどうだろう。そう、ゆっくりと時間をかけて惚れさせていく作戦だ。
彼は僕の内面であるフェニを推してくれている。可能性はあるかもしれない。
周りを見ても神原君に興味を持っている子はいない。そもそも大半の子が彼を知らない様子だった。
ただ、一つ気になるのは幸奈――風間幸奈の存在。
彼女が隣の席だったのは予想外だった。神原君とは仲が良さそうで、楽しそうにお喋りするその姿にイラっとした。
とはいえ、幸奈は一年生の頃から隣の席の男子と楽しそうにしていた。今回も同じだろう。目立たない神原君をからかっているだけに違いない。そもそも可愛くてモテる彼女なら別のイケメンを狙うだろう。
ライバルはいない。
ひとまずはこのままVtuber大好きな同志として親睦を深め、徐々にお互いを知っていく。そして最後に正体を明かす。会話していく中でちょっとずつ匂わせていくのも悪くないかもしれない。
「……いつかは不死鳥フェニじゃなくて、不知火翼を推してほしいな」
最終的には僕を好きになり、神原君から告白してほしい。
そんな明るい未来を想像して、僕は配信を開始した。
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