第16話 姫王子の提案
放課後になった。
土屋から感謝の言葉を貰った俺はどこか清々しい気持ちになっていた。自分が正しい行いをしたのだとテンションが上がっていた。
とはいえ、不安がないわけじゃない。
姫攻略ミッションに失敗した。日曜日の定期報告で彩音からボロクソに言われる未来が待っていると考えたら憂鬱な気分にもなる。
今考えてもしょうがない。そう思って教室から出ると。
「やあ、神原君」
「不知火?」
廊下に出てすぐのところで不知火とばったり出会った。
偶然、ではないだろう。明らかに俺に用事があってやってきた様子だ。
「あれって姫王子じゃない?」
「どうしてここに」
「話してるのって神原君だよね」
周囲の声が耳に届く。
注目になれていない俺は非常に居心地が悪かった。一刻も早くここから立ち去りたい。
「話があるんだけど時間はあるかい?」
「時間はあるが、出来ればここを早く去りたい」
「なら、例の空き教室でどうだろう」
「別に構わないぞ」
「じゃあ、先に向かっていてくれ。僕も準備をして向かうよ」
俺はそそくさとその場から離れ、空き教室に向かう。
空き教室で数分待っていると、不知火がやってきた。席はいくつも余っていたが、迷わず隣に座った。
近いとは思ったが、誰にも知られたくない話だから用心しているのだろう。Vtuber関連の話題が他人に聞かれると面倒だしな。
「遅れてゴメンね。途中で捕まっちゃって」
「気にするな。それより、用件は?」
「うん……前に僕の悩みを話したよね」
もちろん覚えている。同性からモテまくって困るという悩みだったな。
そもそも今回の一件も元々は不知火がめちゃくちゃモテることから端を発したものだ。これに関しては不知火が悪いわけじゃないけどさ。
「僕なりに打開策を考えてみたんだ」
「聞かせてくれ」
「実は、その打開策として神原君に頼みがあるんだ」
俺に頼み?
「たまにでいいから校内で僕と喋ってほしいんだ」
「どういう意味だ?」
「同性から告白される理由の一つに、僕が男子と全くお喋りしないというのもあると思うんだ。どうも僕は男子が嫌いだと考えられてるみたいでね。それで、女子が好きという噂が流れているそうなんだ」
「えっ……苦手じゃなかったのか?」
素直に驚いた。
噂では男嫌いという話だった。実際に男子と喋っていなかったし、俺がVtuber大好きとわかる前は睨みつけてきた。噂通りの奴だと判断していた。
「得意ではないけど、男子を嫌っているわけではないんだ」
「だったらどうして仲良くしないんだ?」
「意外かもしれないけど、単純に男子が怖いんだ。ほら、当たり前だけど僕よりも大きくて力が強いだろ。もし襲われたら、と考えたら怖くてね」
怖いというのは意外だった。
「じゃあ、俺と初めて接触した時に睨みつけてきたのは――」
「怖かったからだよ。精一杯虚勢を張ったというか、弱いところを見せるのは良くないと思ってね」
なるほどな。外見は男子っぽいとはいえ、中身は女子ってわけだ。
いくら中性的な顔立ちといっても、男子とケンカとかしたら分が悪いのは当然だろう。モテモテの不知火に対して敵意を抱いている男子がいてもおかしくはないか。多分いないだろうけど。
「それに、女子に囲まれるようになってからは何となくだけど男子には近づけなくてね。僕が近づこうとしたら周りの子達が男子に敵意を向けちゃって」
憧れの姫王子が男子と仲良くしているのは面白くないってわけだな。
「取り巻きの女の子を引きはがすのは?」
「慕ってくれている子を無理に引きはがすのは僕の流儀に反するかな。わがままなのはわかっているんだけど」
若干迷惑はしているが、慕ってくれている女の子に嫌われるのは遠慮したいわけだな。至極当然の感情だろう。
しかし事情を聞くと不知火も可哀想だ。男と話さないから勝手に男嫌いだと思われ、同性が好きだと勘違いされた。
負のスパイラルだな。
「だから、神原君にお願いしたいんだ。たまにでいいから僕と喋ってほしい。そうすれば周りの人達も理解してくれると思うんだ。僕にも仲のいい男子がいるんだって。そうすれば多少は幻想が消え、告白も減るんじゃないかなって」
妙案かもしれない。
ただその場合、俺は取り巻きの女子からめちゃくちゃ反感を買いそうだ。
「俺である理由は?」
「っ」
「この役目なら他に適任がいると思うのだが。ほら、もっとイケメンとか。事情を全部話す必要はないが、困っている不知火に手を差し伸べてくれる奴は出て来ると思うぞ」
周りの女の子としては俺よりはイケメンのほうが許容できるだろう。
美男美女なら絵にもなるし、周囲のイメージも損なわなくて済む。相手が超イケメンなら周囲の連中も納得できるだろうし。
「イケメンじゃ駄目だよ。むしろ逆だね」
「逆って?」
「イケメンじゃないから、安心かなって」
おっ、もしかして馬鹿にされたか?
確かに俺はイケメンじゃないし、俺がみたいなモブが姫王子と交際とか誰も考えないって意味だろうか。
「それに、神原君については今回の一件で色々わかったからね。性格的には問題ないし、暴力とか振るう人じゃないのも理解してるつもりだ。あの美鈴も神原君だけは高く評価していたからね」
ケンカとか暴力が嫌いなのは間違いないな。
「他の理由もあるよ。神原君とまたVtuberの話をしたいんだ」
「……不知火の秘密を知ってるのは俺だけらしいからな」
「趣味の話が出来ないのは結構なストレスでね」
不知火の言い分には納得できた。
俺はしばし考えて。
「わかった。その提案に乗ろう」
「やった!」
不知火は姫であり、俺の攻略対象でもある。きっと彩音の奴から狙えと言われるだろう。
男嫌いではないといっても不知火を口説くなど無理だ。そこで俺は考えた。学校で唯一この姫と仲が良い男子というポジションの美味しさを。
周囲の連中からすれば俺の存在は異質だろうし、取り巻きの女子からしたら面白くないだろう。これは攻略せず不知火の人気を落とすチャンスだ。
気の長い作戦だし、正直いって成功率は低い。しかし何もしないよりはいいはずだ。確率は少しでもアップさせておきたい。最終的に”姫6”の誰かが姫の座から陥落してくれればいいわけだしな。
我ながら策士だ。天才的発想すぎて怖くなってくる。
「それじゃ、神原君。これからもよろしく」
「こちらこそ」
俺達はガッチリ握手をした。
話が終わると不知火は去っていった。颯爽と歩くその姿は本物の王子のようであったが、嬉しそうな顔がどこか可憐な姫様っぽく見えた。やっぱり姫王子という二つ名はしっくり来る。考えた新聞部のセンスは抜群だと褒めておこう。
「ふぅ」
話が終わり息を吐いた瞬間、ふいに視線を感じた。
そちらに顔を向けると、教室の扉から土屋が俺を見ていた。
……えっ、なんか睨まれてね?
土屋は冷たい表情のまま、真っ黒な瞳で俺を睨みつけていた。まるで親の仇に向けるような憎しみがこもっている、気がした。
しばし目を合わせていると、怖い表情のままどこかに消えてしまった。
唐突に憎しみの視線を向けられて恐ろしくなった俺は重い気持ちで帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます