閑話 女神の独り言
初恋はテレビで見かけた女性だった。
某歌劇団の男役だった人で、わたしは一瞬で心を射抜かれた。まるで物語に登場する王子様のように感じた。
でも、その恋が成就しないのは最初からわかっていた。
相手は大人だったし、有名人だったし、同じ性別だったし。
あれこれ言い訳を並べている内に憧れの人は結婚してしまった。最後に見たあの人は素敵な王子様ではなく、美しいお姫様になっていた。その変化に寂しさを感じながら、わたしの初恋は終わった。
それからしばらくは誰も好きになれなかった。
周りに魅力的な人がいなかった。男子も女子も恋愛的な目では見れず、ただただ毎日が流れていった。
中学生になる頃には男子が嫌いになっていた。
その理由は視線だ。自分の発育がいいのはわかっていたが、これがまた最悪だった。男子達の視線が露骨で、それがもう嫌で仕方なかった。
少しずつ大人になっていく中で、自分自身がわからなくなっていた。
わたしは女の人が好きだと思ってたけど、違ったの?
同級生や先輩を見ても特に気持ちは動かなかったし、あの人と同じような格好いい女性を見てもそういう気持ちにはならなかった。もしかしたらわたしは誰も好きになれないのではないか、と怖くなって震えた日もあった。
あれは初恋だったのか、単なる憧れだったのか。
そんなある日、運命の出会いを果たした。
きっかけは噂だった。
『隣の中学に王子様みたいなイケメン女子が転校してきたらしい』
王子様みたいな女子という興味を惹かれる噂だったけど、初恋のあの人を見た時の衝撃には敵わないだろう。
期待せず隣の中学に足を運び、噂の人物と出会った。
「……」
全身に電気が走った。
理想が歩いていた。男子に負けないくらい高い身長、整った顔立ち、抜群のスタイル、そこにいたのは憧れの人を超える王子様だった。
一瞬で恋に落ちた。
勢いだけでアタックしそうになったが、ぎりぎり踏みとどまったのは年齢のおかげだ。もし小学生の頃だったら迷わずアタックして玉砕していただろう。
友達からのアドバイスに従い、ゆっくり事を運ぶことにした。
裏でこそこそ情報収集した。王子様の名前は不知火翼ちゃん。頭は良く、運動も得意だという。そして彼女が姫ヶ咲に進学するという情報を掴んだ。わたしは勉強に力を入れ、同じ高校に入学する決意をした。
無事に入学すると、彼女も合格していた。神様に願いは届くもので、偶然同じクラスになれた。
自分の気持ちを抑えて近づいた。
翼ちゃんは内面まで完璧だった。さりげない気遣い、ドキッとするような発言、過剰ではないけどたまにしてくるボディタッチ。欠点はどこにもない、理想の王子様だった。
わたし達は友達になった。一年もすれば親友と呼べるほど関係が深くなっていた。
二年生になった夏休みのある日。
プールで楽しんだ帰り、わたしはとうとうガマンできなくなった。自分の内に秘めた気持ちを翼ちゃんにぶつけた。
「――ゴメン。美鈴の気持ちには応えられない」
世界が真っ暗になった。
生まれて初めての失恋にショックを受けたわたしはすべてにやる気をなくし、夏休み終盤は部屋から動けなかった。
でも、誰にも相談できなかった。失恋しただけならともかく、相手が女子だと知られたら両親にも友達にも引かれてしまう可能性が高い。
新学期になっても関係は元に戻らなかった。
わたしが側を離れると、翼ちゃんに憧れている女子達が動き出した。あっという間に自分の居場所が無くなった気がしてまた気分が萎えた。
「先輩、大丈夫ですか?」
落ち込むわたしに声を掛けてきたのは神原彩音ちゃん。
彼女は今年入学した後輩で、同じ学校出身だった。中学時代は部活の後輩でもあった。少しドジっ子だけど、いつも笑顔で愛想が良い人気者。昔から可愛がっていた子だ。
気落ちしていたわたしは肝心の内容を伏せ、悩んでいるとを伝えた。
「だったら、お兄ちゃんに相談したらいいですよ」
「……佑真君に?」
「はい。お兄ちゃんは相談に乗るのが上手いんですよ。今までも色々な相談を解決してきた実績があるんです。地味だけど、自慢のお兄ちゃんなんですから」
ハッとした。
神原佑真君は中学からのお友達で、同じ姫ヶ咲学園に通っている。中学の頃、よく相談に乗ってもらった友達だ。翼ちゃんと親友になれたのも佑真君が相談に乗ってくれたからだ。
男子が苦手なわたしが唯一友達と呼べる相手。他の男子と違って視線はいやらしくないし、こっちの気持ちを汲み取ってくれる。
他に相談できそうな人もいなかった。
藁にも縋る気持ちで佑真君に自分の秘密を打ち明けた。笑われたり、馬鹿にされ、言い触らされる覚悟もしていた。
「別に変じゃないだろ。多様性が叫ばれる時代だしさ。男だってイケメンに憧れることはあるし、不知火くらいイケメン女子なら理解できるぞ」
理解を示してくれた。
その後、佑真君は当たり前のように手伝ってくれるといった。
説得は上手くいったようで、気付いたら場所のセッティングをしたと連絡が来た。わたしは佑真君に感謝しつつその場に向かった。
「変なこと言ってゴメンね。驚いたよね?」
「まあね。正直ビックリしたよ」
「わたしね――」
ただの気の迷いといって謝っても良かったけど、わたしは自分の話をした。
「なるほど。正直、美鈴の気持ちに応えられる日が来るのかはわからない」
「……そうだよね」
「でも、それは置いておいて僕は美鈴とまた仲良くしたいよ。どうかな?」
それが聞けただけで幸せな気持ちになれた。わたしは迷わず頷いた。
こうして無事に仲直りできた。
◇
持つべきものは友達だ。
佑真君とはこれからもいい関係を築いていきたい。それに、佑真君を紹介してくれた彩音ちゃんにも感謝しかない。
神原兄妹はわたしにとって恩人だ。一生感謝して生きていこう。
仲直りしてから毎日が楽しくなった。同じ道を歩いているのにまるで光り輝く道を歩いているような気持ちになる。
以前よりも気持ちは強くなってるけど、焦っちゃダメ。今回は上手くやらないと。
佑真君に感謝の言葉を述べた日の放課後。
わたしは翼ちゃんを誘うために教室に向かったが、誰もいなかった。スマホに連絡を入れようと思ったけど、約束もしていないのに連絡するのは重い女になってしまうかもしれない。
「……しょうがない。一人で帰ろう」
そう決めた時、翼ちゃんの姿を見つけた。
あれ?
声を掛けようとしたら、翼ちゃんは空き教室の中に入っていった。
わたしはこっそり近づいて室内の様子を覗いた。空き教室の中では翼ちゃんが佑真君と楽しそうに喋っていた。
「……」
黒い感情がこみ上げてくる。
けれど、すぐに頭を振って邪念を飛ばす。
我ながら嫉妬深さが嫌になる。会話は聞こえないけど、要件はきっとわたしと同じだ。仲直りさせてくれたことを感謝しているに違いない。
そもそもあの二人がそういう関係になるはずない。
翼ちゃんは男子に興味とかない。前にお泊り会をした時、恋バナをしたけど好きな男子はいないと言っていた。男子を好きになった経験もないらしい。
佑真君だってあんまり女の子に興味がないはずだ。
自分の体が女性らしい自覚はある。でも、佑真君は他の男子と違って邪な視線を向けてこなかった。そういうところが良かったから男子に苦手意識を持っているわたしでも友達になれたのだ。
心配する必要はない。
「えっ、距離近くない?」
二人は席をくっ付けて楽しそうにお喋りしていた。
さすがに注意したくなったが、それでも大丈夫だと自分に言い聞かせる。翼ちゃんは男子が苦手だ。進展するとかありえな――
「っ」
その時、信じられない光景を見た。
あの翼ちゃんがメスの顔になっていた。わたしにも見せたことのない、恋する乙女の顔だ。頬を朱に染め、瞳にはくっきりと好意がにじみ出ていた。
白馬に乗った王子様が、可憐なお姫様に変化しようとしていた。
「……ユウマクン、セツメイシテクレルカナ?」
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