第21話 ネトゲの嫁に相談する
「よし、繋ぐか」
夕食を済ませて自室に戻り、愛用のゲーミングチェアに腰かけた。慣れた手つきでパソコンを立ち上げ、ゲームを起動させる。
ユートピアオンライン。
パソコンでもスマホでもプレイ可能なマルチプラットフォームのMMORPGだ。数年前に大ヒットしたが、今では下火となっている。
俺は中学を卒業する辺りでこのゲームにハマった。
ゲームの売りは自由度の高さにある。狩り以外でも家を建てたり、畑を耕したり、料理やら釣りをしたり、昆虫採集まで出来るという幅広い遊び方が可能だ。
それだけじゃない。このゲームには結婚機能がある。夫婦だけが使える特別なスキルがあり、スキル目的で結婚する人もいたりする。
『あっ、ダーリンだ』
ログインすると、数秒もしない内にチャットが飛んできた。
『こんばんわ、ノンノン』
俺はゲーム内で結婚している。
嫁の名前はノンノン。ちなみに、俺のキャラ名はヴァルハラだ。
彼女との出会いはありきたりだが、ソロで狩りをしている時にピンチに陥っていたノンノンを助けたことだ。当時の彼女は初心者で、戦い方すらよくわかっていなかった。それがきっかけで仲良くなり、結婚スキルを使ってみたいという流れになって結婚した。
『最近忙しかったみたいだけど、時間出来たの?』
姫攻略を始めてからゲームのログインが減っていた。テンションが下がり、どうにも狩りをする気にはならなかった。
『おう。狩り行こうぜ』
『やる気満々じゃん。よっしゃ、すぐ行くからそこにいて』
程なくするとノンノンが到着した。
ノンノンのアバターは金髪のエルフだ。スタイル抜群の美女で、ジョブは僧侶。戦士の俺といつもペアで狩りをしている。
『お待たせ、ダーリン。今日はどこ行く?』
『城に行きたい』
『城攻略とはやる気ありまくりだね。ペア狩りだと最難関の場所だし、しっかり準備してから行こ。そういえば、露店で良さそうな装備見つけたんだ。エンチャントしてあるから値が張るけど、防御力も高いしかなりいい感じだったよ。まっ、金欠で買えないんだけど』
『金が出来たらプレゼントするよ』
『そういうとこ好き。超愛してる』
いつものように言葉を交わした後、念入りに準備をして狩りに出かけた。
楽しくチャットしながら数時間狩りをした。久しぶりに長時間プレイすると疲れを感じたが、ここ最近のストレスが解消された気がした。
『お疲れ様』
『お疲れ。今日はいっぱい稼げたね』
狩りが終わり、家に戻ってきた。
俺とノンノンは森の中に佇む小さな家で暮らしている。豪華な家ではないが、二人でお金を貯めて買った家だ。
『狩りは終わったし、話でもしようぜ』
『だね。戦利品の分配もしないと』
戦利品の分配をしつつ、他愛のないお喋りをした。
実は、今日はゲームを単純に楽しむことが目的ではない。俺にはある目的があった。
大きく息を吐くと、意を決して文字を打つ。
『ノンノン、相談があるんだ』
『どしたの?』
『リアルで女子を攻略することになったんだ。ノンノンに相談に乗ってほしい。出来ればアドバイスしてほしいんだ』
俺の目的。それは氷川妹をどうにかするためのアドバイスを貰うことだ。
チャットをした後、しばし間があった。
『……攻略ってなに?』
『口説くって意味だ』
『この浮気者っ!』
ノンノンが立ち上がり、持っていた杖でポコポコと殴り始めた。
僧侶なので全然ダメージはないが、普段はそういうことをしないノンノンの行動にビックリした。
『完全に浮気じゃん。ダーリンにはノンノンがいるのにさ。意味わかんないんだけど。ふざけたこと言ってると浄化するから!』
『おっ、落ち着いてくれっ。俺はアンデッドじゃないから浄化できない』
『うるさいっ!』
冷静に諭すが、ノンノンは全然大人しくならなかった。
しばらく殴られ続けた。ゲームの中なので全然痛くはないが、何となくアバターが泣いているような気がした。
時間が経過すると、ようやく落ち着いてきた。
『あれ、でもおかしい。攻略することになったって言ったよね。その言い方は変だよ。ダーリンは相手を好きなわけじゃないの?』
的確に嫌なところを突いてきた。
素直に言ったらどうなるだろう。
――実の妹に脅されて同じ学校に通っている美少女の中から誰でもいいから口説こうと考えている。だから良い案を出してくれないか。
「……」
冷静になって考えると、中々に頭おかしいのでは?
まともな人間の倫理観からしたら完全にアウトだろう。長文投げ銭のせいでそんな状況になっているというのもまずい。知られたらドン引き間違いなしだ。最悪、縁を切られるとかもあり得る。
ノンノンに嫌われたくはない。嘘を吐こう。
『前に妹がいるって話をしただろ。その妹と話してる途中で色々とあってな』
『詳しく聞きたい』
『妹にモテない野郎だと馬鹿にされたんだ。俺は妹に舐められたくないと反論したわけだ。それで、モテる証明として女の子を口説く羽目になっちまったんだ。相手は妹の指定した下級生の女子』
それっぽい作り話が出来た。
ある意味では嘘じゃない。妹のせいで女の子を口説く羽目になったという点においては完全な事実なわけだし。
『なにそれ……無理って言えば?』
『それをしたら負けみたいだろ』
『馬鹿』
呆れた様子のノンノンが再び俺のキャラを叩く。
『でも、どうしてノンノンに相談したの?』
『他に相手がいなかったからだ』
俺がそう返すと、ノンノンが上機嫌を表すエモートをした。
『そういえばそうだったね。ダーリンは全然モテないって言ってたもんね。ノンノンに相談するしかなかったのか。そっかそっか、非モテだからしょうがないよね。非モテの童貞野郎は誰にも相談できないもんね』
間違っていないけど大きなお世話だ。
俺を馬鹿にしたら少し機嫌が戻ったらしい。
『仕方ない。嫌だけどダーリンの頼みだから手伝ってあげる。ダメダメなダーリンにアドバイスしてあげるからしっかり聞いてよね』
『アドバイスしてくれるのか?』
『夫婦だからね。でも、一つだけ約束して。ノンノンの言葉は全部信じて行動して。そしたら必ず上手く行くから。逆に言うこと聞かなかったら絶対失敗するからね。絶対に失敗だから』
絶対に失敗するか。
女心とか一切わからない。ここはアドバイスを全面的に信じるほうがいいだろう。
今回、俺がノンノンを頼ったのには理由がある。
まず、現実の知り合い相手には相談できない。氷川妹と接触するから知恵を貸せ、などと知り合いに言っても協力は得られない。白い目で見られる。
その点、ノンノンはどこに暮らしているのかもわからないネトゲの嫁だ。ある程度喋っても問題ない。それでもさすがに妹に脅迫されているとは言いたくないわけだが。
他にも理由がある。以前、リアルの話を聞いた。
ノンノンはリアルでも女性で、恋愛経験が豊富だ。リアルでは金髪でスタイル抜群のギャルらしい。現在は高校生とのこと。常に数十人の男が近くにいて、男に不自由した経験はないと豪語していた。また、友人の数も多い。学校中の生徒が友達らしい。常に人に囲まれて逆に困ると漏らしていた。今はネトゲとはいえ俺と結婚して恋愛は控えているらしいが。
まあ、これはさすがに話を盛っているだろう。
しかしだ、俺より恋愛経験が豊富なのは疑いようがない。そもそも俺の恋愛経験はゼロなので俺以下はこの世に存在しない。
『わかった。全面的に信じさせてもらうぜ』
『よろしい。泥船に乗ったつもりで任せておいて』
『それはちょい不安だな』
『不安でも従うの。いい、よく聞いて――』
数分に渡ってアドバイスを聞いた。
にわかには信じられない内容だったが、嫁を信じられないのは旦那として失格だ。全面的に信じることにした。
翌日、俺は覚悟を決めて下級生のクラスに乗り込むのだった。
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