第13話 姫王子は同志
放課後になった。
空き教室に向かうと、すでに不知火が待っていた。他には誰もいないようだ。目的が不明なので怖かったが、集団に囲まれてどうこうされるという可能性はなさそうで安心した。
「悪い、待たせたか?」
「大丈夫だよ。僕も今来たところだから」
デートの待ち合わせみたいな返しに苦笑しつつ、空いているところに座った。
「そういえば、よく一緒にいる女の子達はいいのか?」
「彼女達も部活があるからね」
「不知火は部活とかしてないのか?」
「去年はしていたけど、ちょっと問題が起こってね。今は帰宅部だよ」
問題という単語に引っかかりながらも納得した。少なくともここに取り巻きの少女達がやってこないのであれば安心だ。
会話が一度切れると、不知火が切り出す。
「神原君はVtuberが好きなのかい?」
「っ」
これは素直に答えていいのか。
好きといったら嫌な顔をされると思ったら何となく反応しにくかった。
「あっ、勘違いしないでほしいんだ。別に悪い意味の質問じゃないから」
「……?」
不知火は咳払いをすると。
「僕から言わないとフェアじゃないよね。実はね、昔からVtuberが大好きなんだ」
「マジか?」
あまりにも意外なカミングアウトだった。
姫の中で最も情報がないのが不知火だ。イケメン女子で、女子にモテモテという情報以外はまるでなかった。
勝手な印象でアウトドア系の陽キャ女子のイメージを持っていた。Vtuberが好きというのは完全に予想外だ。
「驚いたかな?」
「めちゃくちゃビックリした」
「出来ればこのことは秘密にしてほしい。周りの子達にも言っていないことだから。知られると、少し面倒になりそうでね」
「安心しろ。言い触らす気はない」
気持ちはわかる。
周囲の目が気になってしまうのがオタクって存在である。Vtuberは人気を博しているが、アンチが多いってのも十分に理解している。
しかもオタク系のイメージから最もかけ離れている不知火だ。この趣味が知られたらどうなるのか想像したくもない。本人もそれがわかっているのだろう。
「助かるよ」
不知火は安堵の息を吐いた。
「本当にVtuberが好きなのか?」
「大好きだよ。グッズとかも買ってるからね」
「……ガチじゃねえか」
「結構なガチ勢と自負しているよ。部屋の中はグッズまみれだし、動画サイトの高評価欄はVtuber関連で埋まっているといっても過言じゃないからね」
俺と同じか、それ以上だな。
「じゃあ、話っていうのは――」
「神原君の趣味が僕と同じだったからだよ。神原君も好きなんだよね?」
拾った時のスマホ画面からわかったのか。
「好きだ」
「だよね。良かったら、Vtuberについて語り合いたいと思ったんだ」
不知火がVtuber好きな同志だったのは驚いたが、これは距離を近づけるチャンスだな。ここをきっかけに話を広げていくとしよう。
提案に大きく頷いた。
◇
しばらく会話してわかった。
不知火はガチだった。
「3Dライブは最高だよね。普段の歌枠も好きだけど、ライブは特別感が増してる感じがするよね。あの一体感というか、コメント欄との一体感が素晴らしい」
「わかるぜ。テンション上がりまくるよな」
「あんな大勢に視聴されて歌うなんて、僕だったら緊張しちゃうよ」
「確かにな。数百人の前で喋るのでも震えるのに、数万とか絶対無理だ」
いつの間にか目的も忘れ、俺達はV談義で盛り上がっていた。
「男のVtuberはあんまり見ないのか?」
「そうだね、僕は基本的に女性ばかりかな」
男嫌いの噂は真実かもな。
そんな感じでしばらく話をして盛り上がった。好きなVtuberの趣味も近く、非常に楽しい時間だった。
数十分が経過した頃。
「……ところで、神原君」
「どうした?」
「聞いていなかったけど、君の推しは誰なのかな」
緊張した面持ちで尋ねてきた。
「マイナーだけどいいか?」
「その辺りにはこだわらないよ」
「さっき見たかもしれないが、去年の夏から配信を始めた”不死鳥フェニ”って名前のVtuberだ。ちなみに企業勢じゃなくて個人勢だ」
「っ」
名前を出した瞬間、不知火がビクッと震えた気もしたが俺は自分の推しについて口早に続ける。
「さすがに彼女のことは知らないだろ? 個人勢だし、同接もそれほど強いわけじゃないからな。収益化できるようになったのも今年の春だし、特に他のVtuberと絡みもないからな。でもな、めちゃくちゃいい子だから覚えておいて損はないぞ」
Vtuberといえば昨今は企業勢が圧倒的に強く、個人勢は弱い傾向がある。そもそも母数が増え過ぎているので埋もれてしまっているのだ。
人気のある個人勢といえば元々中身が有名な人だったりする。人気絵師だったり、有名人だったりするパターンだ。そうでない本当に素人が一から始めるとしたら、今はもうかなり厳しい状況にある。
「えっと、その……僕も彼女の配信を見たことあるんだ」
「マジか!?」
「う、うん」
不死鳥フェニを知っているとはな。
数少ない俺の友人達は誰も知らなかった。こんなところに彼女を知る人物がいたことに驚いた。
「どこが好きなのか聞かせてほしい」
「長くなるが、語っていいのか?」
「う、うん。神原君がどこにハマったのか知りたいんだ」
よし、存分に語ってやろう。
「まずは声だ。彼女はめちゃくちゃ声が可愛い。天使かと勘違いしてしまうくらい素敵な声だ。女性らしいっていうか、鬱陶しくない程度に甘い声で可愛い。キャラデザとマッチングしていて、非常に魅力的だな。それから――」
声がきっかけだった。
Vtuberにハマった当初、俺は企業勢の人気どころを追いかけていた。
どの分野でもそうだが、人気になるにはやはり理由がある。ガワは非常に可愛く、声も可愛く、おまけにトーク力が高い。歌声だって素敵だし、楽しそうにゲームをプレイする姿は見ているだけで癒されたものだ。
ただ、彼女達はファンが多い。
それはもう圧倒的に多いのだ。
コメントはあっという間に流れ、どれだけコメントしても全然読まれない。認知してもらうなど夢のまた夢だ。
ある日、運命的な出会いをした。
それが不死鳥フェニだった。
初めて見る子だったが、動画サイトがたまたまオススメしてくれたのだ。彼女は企業に所属していない個人勢で、同接やら再生数は人気どころに比べると全然だった。しかし彼女の声に惚れ、俺は一瞬で虜になった。
「コメント読むのも上手いんだよな」
完全にハマったのはコメントを拾ってくれた時だった。コメントに答えてくれるのが嬉しくて徐々に沼にハマっていった。
「それから歌声もいいぞ。すげえ上手いわけじゃないけど、頑張ってる感じが伝わるんだ。声以外で推してるのはまさにその頑張ってるってところだな。努力家で、ゲームだって下手だけど一生懸命さが伝わるんだ」
「えへへ、そっかそっか」
何故おまえが顔を赤くしている?
ジト目を向けると、不知火はハッとしたように我を取り戻した。それから誤魔化すように数回咳払いをした。
「ここまで話して神原君のことは理解したよ。同じ趣味を持つ同志で、おまけに話していて感じのいい人だとわかった」
「評価してもらったみたいで嬉しいぞ」
「そんな神原君に相談があるんだ」
不知火がまじめな顔に変わった。
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