第14話 姫王子の悩み

 相談?


 知り合って間もない俺に相談というのはおかしな話だが、共通の趣味を持つ不知火だ。Vtuber関連の相談だろうな。


「内容を聞かせてくれ」

「実は……同性に好かれて困っているんだ」


 全然違った。


「昔から女の子に好きって言われることが多くてね。これが結構きついんだよ。友達だと思っていた相手から急に想いを告げられるのは困るというか、僕自身はそういう目で見ていないんだ。だから、何か対策はないかなって」


 同性にモテる不知火ならではの悩みだろうな。


 気持ちはこれっぽっちも理解できない。同性にも異性にもモテない俺にはまるっきり縁遠い話である。本当の意味で理解できる日は永遠に訪れないだろう。


 ただ、想像はできる。


 仮に俺が男から告白されたら受け入れるのは難しい。そういう対象として見られていたという事実にしばし悩むだろう。かといって邪険にはしにくい。気が合っているから友達しているわけだしな。距離感と情緒がおかしくなりそうだ。

 

 偶然だが、似たような悩みを抱えている人を知っている。


 先ほどから話に出ているVtuberの”不死鳥フェニ”だ。


 推しである彼女もまた、何度も同性から告白されている。夏休みには親友から告白されたというエピソードを持っている。

 

 奇妙な縁になるが、ネットで笑いものにされたあの長文投げ銭を送った件がまさにそうだった。


 もっとも、フェニの場合は事情が違うだろうけど。フェニの甘くとろけるような声から中身は可愛らしい女の子だと想像できる。彼女の場合には可愛すぎて告白されてしまうのだろう。


「どうして俺に相談を?」

「恥ずかしながら僕には異性の友達がいないんだ。それどころかまともに話せる相手もいない。男子目線からのアドバイスが欲しかったんだ」


 確かに不知火が男子と話している場面は見かけないな。男嫌いという話だし、関わりたくなかったのだろうな。


「そんなに困ってるのか?」

「部活の話をしたと思うけど、辞める原因になったのも実はこれなんだ。色々な騒ぎが起こったから退部する事態になってね」


 部活のほうもモテすぎて問題を起こしたから辞めたのか。生活に支障が出るレべルでモテるとか一度は経験してみたいものだ。


 真剣な相談だったので俺も頭を働かせてみたが、残念ながら妙案は浮かばない。


「申し訳ないが、力になれない。俺には同性にモテる気持ちがわからないし、アドバイスとか出来そうにない」

 

 同志の力になりたいが、こればかりはどうにもできない。


「ううん、気にしないで。変な相談してこっちこそ申し訳ない」


 不知火が肩をすくめる。


 恋愛関係の話が出たし、ここが切り出すポイントだろう。俺もまじめな顔を作って不知火を見る。


「こっちも本題に入らせてもらっていいか」

「……本題?」

「土屋美鈴との関係についてだ」


 その名を出した瞬間、不知火の瞳が大きく開かれた。


「どうして神原君が美鈴との関係を!?」

「土屋から聞いたんだ。彼女が夏休みに不知火に告白して、今は気まずい関係になっちまったこともな」


 俺がそう言うと不知火は狼狽した。


「えっ、あの美鈴が神原君に喋ったのか。いや、それ以上にどうして美鈴と神原君がそんな話をしてるんだいっ!?」


 混乱するのも無理はないだろう。


 姫ヶ咲に入学してから俺と土屋の会話をほぼしていないし、無関係だと思っていたのだろう。それが急に告白した件まで知っていたら狼狽えるのも無理はない。


「ビックリするのはわかるが、一つ聞きたい。土屋と仲直りしたいか?」

「え、うん……もちろんだよ」


 良し、それが聞けてよかった。


「きっかけがなくてね。あれ以来、どうも近づきにくいんだ。向こうもそうみたいでね。距離をどう縮めていいのかわからなくてね」


 告白前の失恋しか経験のない俺だが、実際に告白して失恋したらその後も同じように関係を続けられる自信とかない。


 おまけに元々親友だったなら猶更だ。


「だからさ、俺が仲を取り持つんだ」

「神原君が?」

「実はその為に不知火と接触しようとしてたんだ。土屋から頼まれたんだ。仲裁役っていうか、間を取り持って欲しいってさ。話しかけるタイミングをずっと狙ってたんだが、偶然スマホを落として不知火から話しかけてもらってこうなってる」


 経緯を説明すると不知火は「なるほど」と納得した。


「……その前に、神原君と美鈴の関係を聞いてもいいかな」

「友達だ」

「友達!?」


 驚きすぎだろ。


「美鈴に男子の友達がいたなんて知らなかったよ」

「中学が同じなんだ。でもって、妹が土屋の仲良しな後輩でさ。いろいろと接点がある感じなんだ」

「妹って……そうか、あの小柄な彼女か。確か神原という苗字だったね」


 どうやら彩音の存在は知っていたようだ。


 中学時代に俺が土屋を好きだったという話はしないでおこう。それを言うと余計にギクシャクした感じになりそうだしな。


「まっ、高校に入ってからあんまり話してなかったけどな」

「そういえば、前に一度だけ美鈴から聞いていたな。中学の頃によく相談に乗ってもらってた優しい男子の話を。それが神原君だったのか」


 俺の話もしていたのか。


 罵倒ではなく褒めてくれていたようで気分が良い。


「不知火も仲直りしたいってことでいいのか?」

「そうだね。美鈴は僕にとって大切な親友だから」

「了解。土屋には俺から話をしておく。場所をセッティングするから、二人でよく話し合ってくれ。俺に聞かれたくない話もあるだろうからさ」

「ありがとう、お願いするね」


 ミッション完了だ。


 冷静さを欠いた勢いだけで引き受けたが、ひとまず無事に完遂した。


「しかし、神原君は優しいんだね。友達の仲直りのためにわざわざ僕のところにまで来てくれたんだよね。そういう友達思いなところ素敵だと思う」


 言えない。


 あの時は冷静さを欠いてしまった勢いから引き受けた仕事であり、元々こうなっているのは自分の秘密を晒されないために姫攻略をしていたからだとは。


 冷や汗を流しながらも、俺は爽やかな笑顔で。


「おう。友情は大切だからな!」


 心にもない言葉を口にした。

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