第12話 接触!火の姫王子!
「今日も素敵なお弁当ですね、翼先輩」
「ご自分で作ってるんですよね。料理も出来るとはさすがです」
「ああ、今日も素敵ですわ」
昼休み、俺は空き教室の窓からその光景を見ていた。
不知火翼は本日も多くの女子生徒に囲まれている。
彼女達はいつも中庭で昼食をとっている。中央に座る不知火を女子が囲むその光景は去年も何度か見かけたが、今年に入ってからは毎日だ。
ただし、ここ最近は変化があった。
夏休み明けから取り巻きの数が増えている。
その理由は不知火と常に一緒にいるはずの土屋がいないからだ。土屋の存在は他の女子達から見れば邪魔者に映っていたのだろう。
土屋は不知火に惚れているわけだし、他の奴等に奪われないように警戒していたと容易に想像できる。無意識に相手を威嚇とかしていたのかもしれない。
邪魔者がいなくなり、他の生徒からすれば接近する大チャンスが到来した。そういうわけで近づいて来る女子生徒が増加している。
俺にとっては喜ばしくない状況だ。
話しかける決心はしたのだが、いざこの状況になると声を掛けにくい。女子の群れを突っ切って声を掛ける勇気は残念ながらない。強引に突破したら不知火に悪感情を与えてしまうだろう。そうなったら仲直りさせるミッションに暗雲が立ち込める。
距離感が微妙になっている土屋に紹介してもらうわけにはいかないし、やっぱり最初の難関は接触する方法だろうな。
問題点は他にもある。
噂によると、不知火は男子が嫌いらしい。
話しかけてきた男子を突き放すような対応をしているという。おまけに取り巻きの女子達からも「あっちいけ」の視線と声を浴びせかけられるらしい。そういった事情もあり、不知火にはあまり男子が近づかない。
「こりゃ昼もきつそうだな」
朝も話しかけようと思ったのだが、常に女子が近くにいたので声は掛けられなかった。
推しのフェニから応援してもらったので頑張りたいが、楽しそうに会話をしている最中に割り込むのはマナー違反だ。チャンスが訪れるまで待とう。
放課後ならチャンスがあるかもしれない。あまり気は進まないが、下校途中を狙うのが正解かもしれないな。それなら一人の時に接触できる。
昼の接触は諦め、スマホを取り出した。
昨日、フェニは配信の後に動画を投稿した。彼女の活動はライブ配信が大半だが、たまに動画をアップしてくれる。
時間もあるし、コメントしておくか。応援してもらったお礼もしっかり言っておかないとな。
「……相変わらずいい声だ」
アップされたのは定番の歌ってみた動画だ。
歌自体はそこまで上手くはないが、彼女の甘い声に惚れこんでいる俺としては素晴らしい歌にしか聞こえない。
何度か動画をリピートしていると、チャイムが鳴った。
「やばっ!」
慌てて立ち上がり、空き教室から出る。
その時だった。焦っていた俺はうっかりスマホを落としてしまった。落としたところに足が当たった。蹴られたスマホは床を滑っていく。
慌ててスマホの後を追いかけた。ようやく追いついたところで、俺ではない手がスマホに伸びる。
「あっ」
スマホを拾ったのは不知火翼だった。初めて間近で見るその顔は非常に整った中性的な顔立ちで、その美しさにドキッとした。
「……」
「……」
不知火は鋭い目つきで俺を見据える。
「君、物は大事に扱わないとダメだろう。いくら自分のスマホだからといって乱暴に扱うのは感心しないな。それに、廊下を走るのも止めたほうがいい」
不知火は呆れたように息を吐いた。
「いや、あの、手が滑っちまってさ」
「不注意でダメになることもあるから気を付けたほうがいい」
「お、おう。そうだな」
「まったく、これだから男子は……っ」
不知火は拾ったスマホに視線を向け、ピタッと固まった。
どうした?
何故だろうと不審に思ったが、謎はすぐに解けた。スマホの画面には不死鳥フェニが映っていた。慌てていたので動画サイトを閉じ忘れていた。
「……」
落ちつけ、大丈夫だ。
自分で言ったじゃないか。Vtuberはめちゃくちゃ人気がある。クラスの女子だって男性Vtuberの話題をしていた。俺が見ていても別におかしくはないだろう。ほら、俺は外見からいかにもなオタクだしさ。
自分を擁護するが、問題はこいつの性格だ。
不知火については良く知らないが、運動が得意だと聞くのでアニメとかVtuberが好きなオタクを見下しているイメージを持っている。
そもそも姫はオタクっぽい趣味を見下している可能性が高い。姫を目指している彩音の奴もオタクを毛嫌いしているからな。男に惚れさせる遊びをしていた風間はともかく、土屋のほうはアニメとかゲームの話をあまりしなかったし。
とにかく、ここは一旦去ろう。
今のままじゃ印象は最悪だ。どうせ俺みたいなモブの顔はすぐに忘れるはずだし、モブキャラに徹して仕切り直すとしよう。
「あの、スマホを返してもらっていいか?」
「えっ……あ、すまないっ!」
フリーズから我に返った不知火からスマホを返してもらう。
その際、不知火の顔が少しばかり女性っぽく見えた気がした。しかし今はどうでもいい。
「拾ってくれてありがとうな。それじゃ」
そそくさと逃げ出そうとしたら背後から「待ってくれ」と声が掛かった。
「どうした?」
「あの、君の名前を教えてくれるかな。何度か見たことがあるから二年生なのはわかるんだけど、恥ずかしながら名前を知らなくて」
「神原佑真だけど」
「神原か……なるほど、そういうことか」
なるほど?
不知火は咳払いすると、わずかに頬を染めた。
「神原佑真君、部活はしているかい?」
「特になにも」
「それは良かった。もし暇なら、放課後少し話がしたいんだ。どうだろうか」
「へっ?」
予想外のことが起こった。
急にどうしたんだ?
さっきまで俺に対して嫌悪感を抱いているような印象だったのに、急に呼び止めて名前を教えて欲しいとか。表情を見るかぎり敵意はなさそうだが、不知火をよく知らないので意図はわからない。
だが、俺にとってこの誘いは好都合だ。
「時間ならあるぞ」
「それは良かった。だったら放課後、そこの空き教室で待ち合わせでいいかな?」
「構わない」
「ありがとう」
約束すると、不知火は感謝の言葉を述べて去っていった。気のせいでなければ嬉しそうな表情をしていたようだったが。
軽い足取りで去っていく後ろ姿を眺めた後、俺は急いで教室に向かった。
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