第11話 推しと女神と姫王子

 土屋から衝撃のカミングアウトをされた日の夜。


 俺は部屋のベッドで横になっていた。


 勢いだけで面倒な仕事を引き受けてしまったという後悔もあるが、それ以上に土屋が明かしてくれた秘密のほうに驚いて今日は授業どころじゃなかった。


 土屋には男に関する噂がなかった。中学時代からモテモテだったのに彼氏がいるとかそういう類の話は一切なく、高校に入っても男の影は皆無だった。


 その秘密がこれか。


 女神様の抱えていた秘密に頭がパンクしそうだ。


「……おまけに相手があの姫王子とはな」


 姫ヶ咲学園総選挙第5位・不知火翼。


 彼女は”火の姫王子”という二つ名を持っている。姫なのか王子なのかどっちだよ、と言いたいところだが今回ばかりは絶妙な二つ名と褒めておこう。


 姫王子の特徴はわかりやすい。そりゃもう非常にわかりやすい。


 不知火翼はイケメン女子だ。

 

 どこぞの歌劇団で男役トップスターに輝いていそうなタイプだ。中性的な顔立ち、高い身長、ハスキーなボイス、短くカットされた髪型。女子の制服を着ていなければ男子と間違えてしまいそうになるほどだ。


 性格も紳士的で、完全無欠なイケメン女子らしい。


 らしい、というのは俺が不知火について知らないからだ。あくまでも流れてきた噂でしかない。


 不知火は今年になって初めて姫に選出された。


 ずっと上位にはいたのだが、今回急に順位が上がったのは後輩の女子生徒から支持を集めたからだ。来年はトップを狙えるのではないか、と密かに囁かれていたりする。

 

 そう、彼女は圧倒的な女子人気を誇っている。


 昨年から注目はされていたが、先輩よりも後輩にウケがいいらしい。今ではファンクラブなども設立され、常に女子に囲まれている状態だ。


 土屋とは一年生の頃から行動を共にしていることが多かった。同じクラスだから仲良くなったのだろうと大して気にしていなかった。


 あいつがイケメン転校生だったとはな。


 中学時代、隣の中学に転校してきたイケメンの噂は聞いていた。まさか女子とは思っていなかった。俺が土屋から聞いていたのは「つばさ」という名前だけだったし、イケメンという話から男だと勘違いしていた。


 自分で調べようとも思わなかった。だってイケメンとか言われたら男子だと思って興味湧かなかったし。


 土屋は俺に相談してきたわけだが、その時は性別について触れなかった。恐らく隠したかったのだろう。多様性が認められる時代に変わりつつあるが、それでもまだまだ偏見があるのが現実だ。

 

 秘密を打ち明けてくれたのは失恋のショックと焦りから。そして、俺を友達として信用してくれているからだ。誰にも言い触らさないと信じてくれたからだろう。

 

 無論、言い触らすつもりなどない。


 今はもう土屋に対して恋心はないが、嫌いになったわけではない。自分の恋が実らなかったからといって逆恨みするとかダサすぎる。そもそも女の子が好きなら最初から俺は対象外だったわけだし。


 だからこそ微妙な心境だったりする。


 好きだった土屋からのカミングアウトは意識の外からの攻撃とでも言うべきか、俺の脳を激しく揺らしてくれた。


「……」


 こういう時は頭を空っぽにしよう。


 動画サイトを開いた。しばらく適当な動画を漁っていると、推しの放送が始まった。


『今日も元気に舞い降りました。あなたの心に小さな灯火を、毎日を楽しく生きる個人勢Vtuberの不死鳥フェニです』


 画面から聞こえてきたのは甘い声。


『みなさん、こんフェニです。今日は雑談枠です。最近はゲームばっかりだったから、たまには気分を変えてお喋りしましょう』


 燃えるような赤い髪の少女で、不死鳥が擬人化したキャラデザとなっている。


 現在、俺が最も推しているVtuberがこの不死鳥フェニだ。


 あまり言いたくないが、フェニは人気Vtuberではない。同接だって数十人程度だし、コメントの流れも早くない。企業勢の大手と比べたら不人気と言われても仕方ないレベルだ。

 

『えっと、フリートークは難しいから話題を募集します。話題をコメントに書いてくれるとうれしいな』

 

 フェニがそう言うと、ちらほらコメントが打たれる。


 コメントの多くは夏休みに起こった事件についてだ。


『話題を募集したらそうなっちゃうよね。えっと、あのね……実はその件はまだ解決してないんだ。フェニ自身もすごく困っていて、早く仲直りしたいんだけどね。今のところどうしていいのかわからない状態なの』


 事件とはフェニが親友の少女に告白されたというものだ。


『あっ、知らない人もいるよね。それじゃ最初から説明するね。フェニには親友がいるんだ。その親友と夏休みに遊んだんだけど、遊んだ帰りに告白されちゃったの。ビックリしちゃったよ。急に言ってくるんだもん』


 初見の人はその話に驚いている。


 そりゃ驚くよな。初めて聞いた時は俺も信じられなかった。


『フェニはそういう目で親友を見てなかったの。だからお断りする感じになったんだけど、それから関係がギクシャクしちゃったんだ。けどね、フェニはまた親友に戻りたいんだ。フェニにとってその親友は凄く居心地が良いっていうか、友達としては本当に大好きだから』


 フェニは落ち込んだ声を出した。


 親友から告白されて関係がギクシャクしてしまった。俺には無縁だが、世の中には色々な人がいるものだな。


 そういえば、最近どっかで聞いたようなエピソードだな?


「いやいや、ありえないよな」


 頭の中で浮かぶ妄想といっても過言ではない想像を消す。さすがにそれは都合が良いっていうか、ピンポイントな奇跡すぎる。

 世の中には似たような経験をしている奴は多数いる。同性に告白とか女子校ならよくあるらしいからな。

 

 フェニが苦しい心境を吐露すると、フェニを盛り上げようと投げ銭がいくつか飛ぶ。


『みんなありがとね!』


 俺は投げない。


 しばらく投げ銭は控えるつもりだ。


 金がないとかそういうわけではなく、彼女に迷惑をかけないためでもある。俺のせいでフェニもまとめサイトに取り上げられてしまった。気持ち悪いファンが付いてると騒ぎになると彼女の迷惑になる。


 見知った面々が投げ銭をするのをジッと眺めていると。


『そういえば、ヴァルハラ君はいないのかな?』


 突然、フェニが俺のアカウント名を口にした。


 その名前が出ると、コメント欄も少しにぎやかになる。


 俺の存在はフェニの配信でちょっとした名物になっている。毎回配信が開始されると最初にコメントし、頻繁に長文投げ銭する俺はフェニに認知されている。フェニだけでなく視聴者の多くに知られており、ある種の名物視聴者みたいな存在になっているのだ。


 ――いるよ。今日はちょっと元気ないからコメント控えてた。


『えっ、元気ないんだ。それは大変だね。フェニはヴァルハラ君にいつも元気貰ってるんだよ。だから、今度はフェニがヴァルハラ君に元気あげる番だね。ヴァルハラ君、頑張って』


 俺にだけ向けられた「頑張って」の言葉。

 

 推しから励ましに、テンションが上がっていくのを感じる。全身に力がみなぎり、やる気が沸き上がってくる。


 ――ありがとね。俺、頑張るよ。


 コメントを返し、立ち上がる。


「よし、うだうだ悩んでても仕方ねえよな。姫王子と接触するか!」


 不知火翼とは面識がない。


 どんな風に話しかけようか、どんな形で仲直りさせようか、あれこれ考えていたが全部どうでもいい。当たって砕けろだ。


 推しに元気を貰った俺は姫王子と接触する覚悟を決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る