第10話 女神の秘密

 昼休み、俺は空き教室で土屋美鈴と向かい合っていた。

 

 朝は人が多かったこともあり、時間が取れる昼に話し合おうと誘った。午前中の授業は動揺から全然頭に入らなかったが、それなりに時間があったので冷静になれた。


「聞かせてくれ」


 久しぶりに土屋と向き合った。相変わらずの美しさにドキッとする。


 姫ヶ咲学園には”ビッグ3”と呼ばれる女子生徒達がいる。


 昨年入学した彼女達はその美貌で多くの男子生徒を虜にし、入学して最初の総選挙で表彰台を独占するという伝説を残した。


 その一角を担っているのが土屋美鈴だ。


 彼女が女神と称される理由はルックスにある。


 身長は平均よりも少し高めで、黒髪ロングの清楚系美女。顔立ちは同世代よりも大人びており、目元にある泣きぼくろは彼女の大きな特徴だ。

 最大の魅力は豊満な胸元にある。制服の上からでもはっきりとわかる膨らみは男子生徒を釘付けにし、男子から圧倒的な支持を得ている。

 

 まったく、顔と胸だけで女神とか低俗すぎるぜ。


 ちなみに俺が中学時代、彼女に惚れたのはその顔立ちと抜群のスタイルに心を射抜かれたからである。


「……」


 えっ、最低野郎?


 否定はしない。俺は最低な野郎だ。でもそれは仕方がないだろう。無論、理由はそれだけじゃないけどさ。


 そもそも学生の恋愛とか見た目がすべてだ。


 男はイケメンが正義。

 女は美少女が正義。


 これが世の中の真理ってものだ。そこにスタイル抜群という加点があれば最強に届くのは自明の理である。


 ちなみに俺が土屋に惚れたのは、初恋に破れて自分磨きをしている時だった。


 格好よくなろうと足掻いているところに優しい言葉を投げかけられ、土屋に惚れた。それはもうあっさりと好きになってしまった。我ながらチョロすぎるが、モテない男ってのは少し優しくされただけで惚れてしまう脆弱な生き物なのだ。


「朝も言ったけど、夏休みに告白したの」

「っ」


 そんな土屋からの相談は、覚悟はしていても相当なダメージがあった。

 

「ずっと好きだったの。もう我慢できなくなって、つい言っちゃった」

「……それって、中学の時に言ってたあいつか?」


 土屋は恥ずかしそうに頷いた。


 名前は確か「つばさ」だったな。


 どうして俺が名前を知っているのかといえば、土屋から相談されたからだ。


 思い出しても嫌な役回りだった。好きな女の子からイケメンを落とす相談をされた俺のテンションはそりゃもうガタ落ちだった。気分が悪くなり、イケメン君の素敵なところを延々聞かされて不快になったものだ。


 ただ、俺は八方美人というかビビリだった。


 相談に乗らなければ土屋に嫌われると思い、まじめに相談に乗っていた。相談された内容についてはあまり覚えちゃいないけど。


「でもね、諦めたくないの。だから佑真君に協力してほしいなって」

「協力といってもな」

「関係を修復したいの。せめて告白する前に」

「仲直りしたいわけだ」

「……そうなるね」


 告白してから関係がギクシャクしてしまった。だからその仲裁を俺に頼みたいってところか。


 失恋したが、せめて友達関係は維持したいわけだ。ホントに一途だな。俺が入り込む余地とか一切なさそうだ。


「そこで俺に相談したってことは、相手は姫ヶ咲にいるのか?」

「いるよ。その……親友だから」


 親友だと?


 同じ高校に通っているのに全然気付かなかった。たまに見かける土屋は仲良しの女子と群れており、男の影はなかったはずだ。


 おいおい、愚妹よ。これもう攻略どころじゃないぞ。


 関係は親友で、しかも告白済だ。土屋にしても仲直りしたいってことは、諦めるつもりはないらしいし。

 

 ……ちょっと待て。


 これはチャンスというか、姫攻略生活の終わりだろ。


 姫の一角である土屋に好きな相手がいる。もし、ここで土屋がそいつとくっ付けばどうなるか。


 答えは簡単だ。姫に彼氏が出来る。


 土屋がイケメンと抱き合ったりする姿を想像するのは嫌だが、これで任務は完了だ。後は交際したことを周囲に喧伝すればいい。そうすれば土屋は姫の座を陥落する。彩音がヘマしなければ姫の座を獲得し、すべて丸く収まる。


 サブプランとして用意していたイケメンとくっ付ける作戦が出来るじゃないか。今回の場合は姫が惚れているわけだし、相手のイケメン君に俺が交渉を持ち掛ければいい。


 相手は一度断っているらしいが、頑張れば何とかなるだろう。男は単純な生き物だし、顔とか胸とかアピールすれば靡くだろう。少なくとも俺がここから土屋を口説くよりは可能性が高いはずだ。


 それでこの生活ともおさらばだ。


 土屋についてはもう諦めがついている。よし、やってやろう。


「わかった。手伝うよ」

「いいの?」

「当然だ。ピンチの時に手を貸すのが友達だからな」

 

 打算に塗れた友情を口にすると、土屋は感極まった表情を浮かべた。


「昔から佑真君は優しかったよね。いつも親身になって相談に乗ってくれて、助けてくれたよね。本当にありがとう」


 相談内容を覚えていないとは言えないな。


 感謝の言葉を述べた後、土屋は緊張感のある顔になった。


「だから、佑真君にだけは伝えておきたいの」

「伝える?」

「わたしの秘密。手伝ってもらってばっかりなわけだし、誠意を見せないのは失礼だと思うの。それにどうせ仲直りのお手伝いをしてくれる途中でバレちゃうから。その前に自分の口で言うね」


 秘密?

 このタイミングで?


 もしかして告白した相手が特殊な人間とかだろうか。もしかしたら大人だったりしてな。学校の先生が相手とかだったら難しくなるな。最悪なのは相手が妻子持ちだったりするとかだな。その場合には完全にお手上げなわけだが。


 しかしながら現実ってのは想像を超えるものだ。


「わたしね、昔から格好いい女の子に憧れてるの」

「……?」

「だから、告白した相手も女の子なの」


 はい、作戦終了です。


 イケメンとくっ付かない時点で姫の人気は下がらない。むしろ一部から更に評価が上がりそうなカミングアウトだ。


 頭を叩かれたようなショックに襲われながら、疑問が浮かぶ。


「ちょっと待て、好きな相手はあの『つばさ』じゃないのか?」 

「そうだよ。わたしが好きなのは不知火翼しらぬいつばさちゃんだよ」

「……」


 不知火翼は学園が誇る姫だ。

 

 圧倒的な女性人気を誇る姫で、いつも女子生徒に囲まれている。王子のような立ち振る舞いで女子を虜にしている姫。


 土屋とはよく一緒にいる場面を見かける。その関係は親友と呼ぶにふさわしいものだ。


「驚いたよね」

「さ、さすがにビックリした」

「……変かな?」


 そう尋ねる土屋は不安そうだった。


「別に変じゃないだろ。多様性が叫ばれる時代だしさ。男だってイケメンに憧れることはあるし、不知火くらいイケメン女子なら理解できるぞ」

 

 頭が現実に追い付いていないながらも、とりあえず無難そうな言葉を選んでみた。


 上手く言えたわけじゃないが、俺の言葉に土屋はホッとしていた。


「良かった。佑真君ならそう言ってくれるって思ってた」

「趣味や好みは人それぞれって言うしな」


 俺だって自分の趣味のせいで姫攻略させられているからな。


「それが理解できない人が多いから誰にも言えなくて辛かったんだ。でも、佑真君にだけは打ち明けてもいいんじゃないかなって思ったの。中学の頃、佑真君は凄く親身になってくれたでしょ。佑真君のおかげで翼ちゃんと親友になれたんだよ。同じ高校を目指せってアドバイスは本当に的確だったよ。勢いだけで告白してたら絶交されてたかも」


 そんなアドバイスをしていたのか、中学時代の俺は。


 土屋が信頼してくれているのは素直に喜ばしい。喜ばしいのだが、どうにも複雑な気持ちになってしまうのは致し方ないだろう。


「仲直りの件、大丈夫そうかな?」


 不意に問われ、俺は慌てて。


「お、おうっ。任せてくれよ」

「ホント!? じゃあ、よろしくお願いします」


 立ち上がった土屋は深々と頭を下げる。


「大船に乗ったつもりで待っててくれ。進展があったら連絡する」


 唐突なカミングアウトに冷静さを欠いた俺は、頭の整理もできないまま勢いだけでそう答えた。

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