第8話 次なる標的
「さて、報告を聞かせてもらおうかね」
ベッドに寝転び、お菓子を頬張りながら彩音が言った。
現在は日曜日の夜。場所は俺の部屋。
部屋主である俺はベッドの前に正座している。正座させられている、といったほうが正しいだろうな。
このような状況になっている理由を説明すると簡単だ。
その日、夕食を済ませて部屋に戻るといきなり彩音がやってきた。部屋に押し入った彩音は机に置いてあったお菓子を発見すると、勝手に袋をあけてベッドの上で食べ出した。
さすがにイラっとしたので注意した。
そしたら彩音は勝ち誇った笑みを浮かべて「へえ、バラされたいんだ?」と脅してきやがった。
で、俺は歯向かった罰として正座させられたというわけだ。
暴れてやろうかとも思ったが、ぎりぎり踏みとどまった。
ここで暴れるのは悪手だ。こっちの立場は圧倒的に弱い。仮にここで暴れて彩音を倒しても待っているのは両親からのバッシングである。親に事情を知られたら彩音の奴も怒られるだろうが、それ以上に俺が送った長文投げ銭のことがバレる。
……長文ニキになった息子。
その事実がどういった結末に導くのか想像したくもない。仮に想像したとしても待っているのは地獄である。
つまり、俺に勝ち目はないのだ。
ここは理不尽な女王様ムーブに付き合うしかない。
「報告ってのは何だよ」
「定期報告だよ」
「定期報告?」
「そっ、これから日曜日の夜は姫の攻略具合について報告してもらうから」
ただでさえ日曜の夜は明日から学校ってことで気分が悪くなるのに、ホントに最悪だ。
「まっ、ヘタレの兄貴じゃどうせ変化なしだろうけど」
「馬鹿言うな。かなり動きがあったぞ」
「進展あったんだ?」
「聞いて驚け。実はな――」
ここまでの出来事を話した。
ただし、風間が隣の席の男子を惚れさせる遊びをしていた点は黙っておく。これは風間にとって隠したい秘密だろう。
風間に対して別に恩とか義理はないのだが、彩音にそれを教えたら「それを材料に脅して付き合っちゃえ」とか言い出しそうだから止めておく。
最初こそ俺の話を余裕の態度で聞いていた彩音だったが、一緒に帰ったと話した時はさすがに驚いていた。
「なるほどね。隣の席になって、それをきっかけに仲良くなったわけだ」
「仲良くなったかは不明だが、少しは近づいたな」
「凄いじゃん。あの兄貴が風の妖精と友達になるとはね」
彩音としてはもう少し進行が遅いと考えていたのだろうか。確かに俺も席が隣になったのは驚いた。
しかし、風間と友達になるのは誰でも簡単だぞ。なにせあっちから近づいて来るわけだしな。まあ、下級生には風間に関する噂が届いていないのかもしれないが。
あえてその辺は黙っておく。
「俺も中々やるだろ?」
「調子に乗らないで。まだ攻略出来てないんでしょ」
「ぐっ」
その通りだ。
一緒に下校したわけだが、あれから風間との関係に変化はない。
相変わらず隣の席で頻繁にからかってくる。隣の席の男子をからかう遊びを止めるつもりはないらしい。イケメン君の注意なら聞くが、モブキャラ君の忠告など無視するのは当然かもしれないな。
「状況はわかった。攻略する気があるみたいで安心したよ」
「しないと俺の生活が終わるからね」
「まあね。とはいえ、オタクの兄貴とは思えない順調さビックリだよ。今回ばかりはよくやったと褒めてあげてもいいわ」
褒め言葉に驚いた。てっきり罵倒されながら短い足で蹴飛ばされると思っていたのに。
「……攻略出来てないけどいいのか?」
そう言うと、彩音は呆れ顔になった。
「あのね、そんな簡単に姫を落とせるはずないでしょ。仮にも相手はあたしを抑えて姫になったくらいの女なんだよ。兄貴が多少頑張った程度で簡単に攻略させてくれるはずないじゃん。その辺りは常識的に考えてよ」
姫攻略しろとか非常識なことを言い出した奴が常識を語るな。
心の中で愚痴りながらも、彩音の言葉には納得した。簡単に攻略できるのなら他の男子が攻略しているはずだしな。
「重要なのはここから先よ」
「そりゃわかってるけど、ここから先に進むのは不可能だな」
「どして?」
「きっかけがないんだ。おまえの言うようにあっさりと攻略できる相手じゃない。取っ掛かりがないっていうか、今のところ恋愛みたいな空気にはなりそうもない」
現状ではどうしようもない。
風間の秘密を知ったわけだが、そこを取っ掛かりに攻略は難しいだろう。
どうしたら攻略できるのか俺にはさっぱりわからない。相手はゲームのキャラではなく現実の人間だ。残念ながら現実の女子の攻略法とか知らない。
「じゃあ、どうするつもり?」
「持久戦しかないだろうな」
しばらくは隣の席を利用して親睦を深めるのがいいだろう。あいつは隣の席の男子に告らせる遊びを止めるつもりがないので、俺を邪険にはしないはずだ。
関係を維持しつつきっかけを待つ、という戦略が最も現実的だ。そもそもフツメンに姫攻略とか全然現実的じゃないけどさ。
「わかった。妖精は持久戦でいこう」
「いいのか?」
「別にいいよ。その間に別の姫を攻略してもらうから」
彩音は淡々と口にした。
「……へっ?」
俺の口から変な声が出た。
「アホみたいな声は止めて。妖精が中断なら他の姫にアタックするしかないでしょ。時間の無駄になるじゃん」
おいおい、勘弁してくれよ。
風間と仲良くなりながら別の姫を攻略とか不可能だぞ。
「さすがに無理だろ」
「大丈夫だって。それとも、兄貴はあたしの言うこと聞けないの?」
拒否権はなかった。
「で、次の姫は誰にする?」
「誰にするって俺に言われてもな」
「選ばせてあげるって言ってるの」
「……そう言われても選べないぞ。なにせ接点がないんだからな」
今回は偶然だった。
風間とはクラスメイトであり、席替えという偶然があったからこそ接触できたに過ぎない。他の姫を攻略しろと言われてもそもそも接点がない。
向こうもいきなり知らない男に声を掛けられるのは不快だろう。ナンパみたいなのにはウンザリしているだろうしな。初対面の印象が悪かったら攻略不能だ。
「だったら、声を掛けやすい相手にしなよ」
「声を掛けやすい相手?」
「いるでしょ。例えば、幼馴染の美少女とか」
「……冗談言うな」
「確かに、今の兄貴とあの人じゃ月とスッポンだもんね」
やかましいわ。
「しょうがない。あたしが助け船を出してあげる」
「不安だな」
「大丈夫だって。前からお世話になってる姫がいるんだよね。その人がちょっと困ってるっぽいんだよ」
こいつにも姫の知り合いがいたのか。
「その人の相談に乗ってあげてよ。相談に乗じて口説くんだよ」
「強制か?」
「別に強制じゃないよ。ただ、従わないのなら口が軽くなるだけだから」
実質強制じゃねえか。
こうして不本意ながら、二人目の姫攻略を始めることになった。
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