閑話 妖精の独り言

「気持ちいい」


 湯船に浸かった心地よさに、私は思わず言葉を漏らした。


 今日は疲れた。高校生になって一番疲労を感じた日だった。それもこれもすべては神原君のせいだ。


 昔話をしたせいで色々と思い出してしまった。


 小学生の頃の私は地味で暗い子だった。アニメや漫画が大好きで、口下手でコミュ力の低い女だった。いつの間にか地味子というあだ名を付けられていたが、自分でもそう思っていたから黙って受け入れた。


 ある時、そんな地味子は恋をした。


 初恋だった。相手は明るくて格好いいクラスの中心的存在。釣り合わないことは最初からわかっていたけど、それでも気持ちは止められなかった。


 今思い出してもイライラする。


 初恋は最悪の形で終わった。出したラブレターが黒板に張られ、クラスメイト達からくすくす笑われた。


 あの事件から引きこもった私は部屋の中で物騒な言葉を繰り返していた。地味子のくせにプライドが高かった私は自分を侮辱した連中への復讐を誓った。


 不幸は連鎖するもので、ケンカばかりしていた両親が離婚した。私は母に付いていくことになった。


 今になって考えると、この転校が人生の転機だった。


 住む場所も苗字も変わり、私は新しい環境でやり直そうと奮起した。悔しさをバネに必死で自分を磨いた。ダイエットして、勉強して、おしゃれも覚えた。


 努力の末に私は生まれ変わった。


 気付くと周りから「可愛い」と言われるようになった。


 生まれて初めての言葉にうれしくなった私は更に努力した。見た目はマシになっても会話が続かないと無口でつまらない奴と判定される。


 だから会話の引き出しを増やした。


 興味がなかったジャンルも必死に覚えた。元々好きだったマンガやアニメだけでなく、トレンドやら雑学も覚えた。男子が好きなスポーツだって勉強して、それなりに話せるようになった。


 いつの間にか地味子と呼ばれることはなくなっていた。私はクラスの中心的存在になっていた。

 

 不幸は連鎖するが、幸福も連鎖した。


 私が地味子を卒業した頃に母が再婚した。相手は優しそうな人で、実際に私の父になってからもすごく優しくて頼りになる父親だった。


 再婚をきっかけに生まれ育ったこの地に戻ってきた。


 よし、あいつに復讐しよう。


 真っ先に復讐を考えてしまう自分の性格の悪さに笑ってしまうが、それが私という人間だから仕方ない。


 生まれ変わった私を見てあいつはどんな反応をするだろう。


 不安と期待が入り混じった転校初日、待っていたのは大歓声だった。転校の挨拶をしただけで男子のテンションが凄く上がっていた。


 席に移動すると、隣の席は私を地獄に突き落としたあいつだった。

 

「は、初めまして」

「……?」

「よっ、よろしくっ」


 あいつは私に気付かなかった。容姿と苗字が変わっただけで気付かなかったのだ。

 

 へえ、私の存在ってその程度だったんだね。


 どす黒いものが自分の中で成長していくのがわかった。復讐しようという気持ちが膨れ上がっていった。


 あいつだけじゃない。クラスメイトの中には同じ小学校出身の連中も大勢いたが、誰も私があの地味子だと気付いていなかった。たった二年半しか経過していないのに。


「初めまして。よろしくね」


 だから私は初対面を装った。


 あの頃と違って私には余裕があった。これまで多くの男子に告白されたという経験と自分がしてきた努力が余裕を持たせてくれた。周囲からの可愛いという言葉が勇気をくれた。


「俺、部活でエースなんだ」

「へえ、凄いね」

「意外と頭良いんだぜ」

「勉強もできるんだね」

「友達も結構多くてさ」

「社交的だね。友達が多いのは素敵だと思うよ」


 あいつは必死だった。私にアピールしようと必死になっていた。


 ゾクッとした。


 すぐに理解した。あいつは私に惚れてしまったのだと。一目惚れして、少しお喋りしただけで気持ちを抑えられなくなってしまったのだと。

 

 同じ目に遭わせてやろう。馬鹿にされてフラれた恨みは、同じように馬鹿にしてフッてやることでしか癒せない。


 隣の席になってしばらくが経過したある日。


「付き合ってほしい!」


 告白された。

 

 太陽みたいに映っていたあいつは顔を赤くして、私に頭を下げて自分を彼氏にしてほしいと懇願してきた。

 

 快感だった。告白された時には恋心など既になかったが、自分の努力が認められたのがうれしくて仕方なかった。


 優越感が全身を駆け抜ける。私が頭を下げてでも付き合いたいと願った相手が、逆に頭を下げて自分を彼氏にしてほしいと言ってきた。完全に立場が逆転した。その優越感が私の気分を極限まで昂らせた。

 

 わからないの?

 あなたが告白してる相手は散々馬鹿にして笑った地味子だよ?

 地味子の彼氏になりたいんだ?

 

 真実を教えてやれば快感で身が震えるに違いない。


 でも、私は迷った。ここで真実を話したら全部終わってしまう。噂を広められ、私の正体が全校生徒に知られてしまう。


 この楽しい生活が終わっていいの?


 自分に問う。


 私は女王様気分の生活が楽しくなっていた。男子にちやほやされ、相手から好意を向けられるのが楽しくて仕方なかった。なにより、顔を赤くして告白してくるこの状況が愉快でたまらなかった。


 だから――


「ゴメンね。友達でいたいんだ」


 正体は明かさずに告白を断った。一時の快楽ではなく、今後の楽しみを取った。


 それに、私にはまだ復讐した奴がいる。私を嘲笑った男子は大勢いた。それに女子だってそうだ。


 イケメン君を惚れさせれば女子にも復讐ができる。あなた達が好きな男子全員惚れさせて、ゴミみたいにフッてやろう。


 性格悪い?


 悪いよ。自分でもわかってるし、別に直そうとも思わない。どうせ私は地味でブスな女だ。性格もブスで上等。


 自分がダメな女だと卑下すれば卑下する程に気分が良くなった。


 ダメな私に告白してくる男子は、ダメな私よりも格下だから。そして、ダメな私よりも選ばれない女子は私よりも全然格下のダメ女だから。


 だから続けた。


 口からは「ゴメンね」と可愛くって言って断る。

 心の中では「ざまあみろ」と馬鹿にして嘲笑う。

 

 それからも続けた。


 まじめな委員長、不良ぶった男の子、恋愛に興味がなさそうな顔をした男子生徒、アニメが大好きで三次元には興味ないと言っていたオタク君、果てには彼女持ちの男子まで――

 

 惚れさせて、最後にはお断りする。


 当然、高校生になっても続けた。


 快楽に浸っていたある日、私は姫に選出された。姫ヶ咲学園の噂は聞いていたが、自分が姫に選ばれるとは思っていなかった。

 

 ブスな地味子が姫だってさ。


「あははははっ、どいつもこいつも見る目なさすぎでしょ」


 姫に選出された日、私は部屋でケラケラ笑っていた。他の誰でもない。私自身が一番その称号に似つかわしくないのがわかっていたのだから。

   

 姫とか関係ない。私は私の楽しいことをするだけ。


 ◇

 

 次のターゲットは神原佑真君。


 正直、楽勝だと思った。特に目立つ点がない男子生徒で、顔立ちは良くも悪くもない。身長は高くもないけど低くもない。


 はっきりいって印象に残っていない。成績は平均くらいだったはず。体育は男女別だからわからないけど、話を聞かない辺り良くも悪くもないって感じだろう。


 モブキャラの極み。


 こういうタイプはオタク君が多い。話してみると予想通り、アニメの話に食いついてきた。何度か攻略してきた女の子に苦手意識のあるオタク君だ。

 

 しかし、攻略は予想外に苦戦した。ボディタッチにはちっとも動揺しないし、いくら持ち上げても興味なさそうな対応をする。


 こうなったら下校イベントで堕とそう。


 決めるつもりのイベントだったのだが、事件は起きた。


「ブランコより隣の席の男子を惚れさせる遊びのほうが楽しんじゃないのか?」

「えっ――」


 頭が真っ白になった。


 終わった。どうやら私が調子に乗って呟いていた声を聞いていたらしい。言い触らされたら全部終わりだ。積み上げてきたものが壊れ、小学生の時みたいな暗くて最悪な生活に戻ってしまう。


 でも様子が違った。神原君は私の行いを知って怒るわけでもなければ、脅すわけでもなかった。

 

 あの言い回しからして恐らく彼は私を改心させたいのだろう。私の行いに憤りを感じながらも、私が更生してくれるのを願っている。


「……生意気」


 モブキャラの癖に生意気すぎでしょ。私に惚れなかっただけでなく、説教するとかありえないんだけど。


 久しぶりに悔しいという感情が芽生えた。


 よし、神原君を惚れさせよう。惚れさせて最後には頭を下げて「付き合ってください」と情けない顔で言わせてみせる。この悔しさを晴らすにはそれしかない。


 神原君はモテるタイプじゃないし、ライバルとかはいないはずだ。これからゆっくりと時間を掛けて仲良くなろう。倒せるまで続く長期戦だ。


「最後にはしっかりと情けない顔で告白させてあげるからね、神原君」


 予期せぬ強敵の出現に不思議とテンションが上がった。


「ま、まあ……情けない顔で告白してくれたら付き合ってあげなくもないかな」


 その後については今はまだ考えられないが、少しだけ気になる男子が出来た私は高いテンションのまま湯船から出た。髪を乾かしながら鏡に映った私の笑顔は、今朝までとちょっとだけ違うように感じた。

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