第7話 隣の席は悪戯好きな風の妖精

「えっ、話聞いてたよね?」


 風間は驚きの表情で俺を見つめる。


「聞いてたぞ。まず、相手を惚れさせる行為のどこがいけないんだ。全然悪いことじゃないだろ。努力して相手を惚れさせるのは当たり前っていうか、普通だろ。世間にある恋愛ってのはそうやって始まるパターンばっかりだからな」


 これがもし、告白してきた男子を仲間内で馬鹿にしていたとかなら怒ったかもしれない。最低な行為だと声を大にしただろう。


 しかしだ。


「隣の席の男子を攻略してることは誰かに言ったのか?」

「……言ってないけど」


 予想通りだ。風間は自分の行いを悪事だと考えているらしいので誰にも言っていないと思った。


 風間は努力して相手を惚れさせただけ。


 ただそれだけだ。

 個人的に攻略した男子のメモをしていたが、誰かに話していたわけではない。自分だけの楽しみにしていたのならセーフだろう。


「被害者はいないわけだし、何の問題もないじゃないか」

「でも――」

「誰もいないだろ。人を好きになるのが被害であるはずがない。相手を惚れさせるのが罪に問われるのであれば女優とかアイドルは大犯罪者になっちまう」

「それはまあ、そうかもしれないけど」


 我ながら極論だが、風間は渋々納得したようだ。


「大体、風間のしていることは慈善活動だ」

「どゆこと?」

「風間は相手を惚れさせるためとはいえ、積極的に話しかけてくれるだろ。あれはモテない男には嬉しいものだ。可愛い女の子が普通に話しかけてくれるって行為がどれだけ世の中の非モテを喜ばせているのか」

「……なにそれ、気持ち悪い」


 気持ち悪いとか言うな。


「大人になっても男は可愛い子と話すためにお金を使う。つまり、風間のサービスに多くの男子は救われてるわけだ。イケメン以外の男子はそういう生き物だ」


 俺にはわかる。

 

 大抵の女はイケメン以外には塩対応だ。こっちが普通に話しかけているにも関わらず素っ気ない対応をされてイラっとするのだ。特に挨拶とか顕著だ。明らかにイケメンと挨拶するときはテンションが高くなっていやがるからな。


 でも、風間は違う。


 顔の良し悪しに関係なく楽しそうに話をしてくれる。モテない男からすれば崇める存在だったに違いない。


「つまり、風間はモテない男を元気にしているわけだ。それは褒め称えられるべき行為というわけだ」

「そうなのかな?」

「モテない俺が言うんだから間違いない」


 自信満々に言い切ってやったが、何故か風間は同情したような目を向けてきた。解せぬ。


「だから気にするな。よく言うだろ、恋愛は惚れた奴の負けだって」

「……負け」

「そう、負けだ。手玉に取られた男共が勝手に敗北者になっただけだ。あいつ等は勝手に惚れて、勝手に告白して、勝手にフラれただけだ。これに対して風間が罪悪感を覚える必要はまったくない。風間の勝ちだからな」


 恋愛は惚れさせたほうが勝つ。


 告白はした側が一方的に弱い立場であり、逆に告白された側は生殺与奪を握っている。これはもう覆せない絶対のルールだ。

 だから風間が相手を見下してフるのは自由だ。惚れさせたほうが強くて偉い。それだけだ。惚れてしまったほうは言いなりになるしかない。


「逆にアレだ、少しでも罪悪感があるなら絶対に謝るな」

「……」

「俺は言い触らすつもりはないし、風間も気にしてるのならわざわざバラす必要はないからな。バラしたほうが相手にダメージを与える」


 真実を知ったら弄ばれたと逆恨みされる可能性があるからな。世の中には知らなくていいこともある。


「風間に告った連中も満足しているはずだ。好きな相手に想いを伝えたわけだしな。山田のスッキリした顔を見ただろ? 風間は堂々としていればいい。おまえがいい女であり続ければ失恋した連中も報われる。自分の目が間違っていなかったと思わせてやるのが罪滅ぼしっていうか、贖罪になるんじゃないのか」


 我ながら上手く言えた。自分でもここまで口が回ったことに驚く。


「改心する気があるなら今後は抑えればいいさ。その……俺で良かったらいつでも力を貸すからな。頼ってくれていいぜ」

 

 どうだ?


 相手をフォローしつつ、さりげなく今後は親密になりましょうという誘い。これこそ俺がゲームで培った技術の結晶だ。


「神原君の言いたいことはわかったよ」


 おっ、伝わったらしい。


「……生意気」

「えっ?」


 風間はゆっくりと歩き出した。


「帰る。ばいばい」


 あれ?


 想像していた展開と違うぞ。俺の頭の中では言葉に感心した風間が顔を赤くして俺を男して意識する場面のはずなのにな。


 描いた期待に背き、風間はそのまま去っていった。


「えっと……どゆこと?」


 俺はしばらくその場で立ち尽くしていた。



 結論から言おう、失敗した。


 渾身の言葉を放ったものの、どうやら彼女の心には響かなかったようだ。結局、あのまま風間は家に帰ってしまった。その後は何のアクションもなかった。


 翌朝、登校した俺は自分の席で原因を探っていた。


 どこだ、どこで間違えた?


 我ながら完璧に口説いたつもりだった。どうして風間が乗って来なかったのだろう。おまけに帰り際の風間の表情だ。ちょっと悔しそうにしていたのが気になった。

 圧倒的な恋愛経験のなさ、さらには女性との対話経験のなさのせいで敗因すら全然わからない。


 席で唸っていると。


「おはよう、神原君」


 登校した風間が挨拶して隣に座る。


 その顔は普段と変わらないもので、今となっては猫を被っているとわかる。


「お、おはよう」

「今日もいい天気だね」

「おう、そうだな」

「いい天気すぎるのも考えものだけどね。まだまだ暑いから、熱中症には気を付けないと」


 風間の様子に変化はない。まるで昨日の会話がなかったかのようだ。


 ジッと見ていると、鼻歌まじりで朝の支度を始めた。


「ジロジロ見てどうしたの?」

「何でもないっ」

「そう?」


 程なくすると、いつものように女子達が風間に声を掛けてきた。


「今行くから待ってて」


 立ち上がった風間はこれまたいつものように仲良しの女子達がいるグループに向かって歩き出した。


「あっ、そうだ。神原君にはしっかり言っておかなくちゃ」

「……何だ?」

「宣戦布告だよ。これから覚悟しておいてね」


 宣戦布告とは物騒だな。


 俺的には口説くつもりで放った言葉だったが、どこかで風間を怒らせてしまったのだろうか。


 困惑していると、風間の顔が近づいてきた。


「悔しいけど昨日の攻撃はかなり効いちゃったよ。気付いてると思うけど、私って意外とプライドが高いんだよね。だからさ、神原君にはきっちり仕返しするから。というわけで、これから覚悟しておいてね」


 耳元でそう囁かれた。


 ……えっ、攻撃が効いたってなに?

 

 理解できず俺が顔を上げると、風間はくすくすと笑いながら友達の待つほうに歩いていった。

 

 その時の笑顔は先日までのものとは少しだけ異なっている気がした。そう、まるで物語に登場する悪戯好きな妖精のような笑みだった。

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