第6話 妖精の過去

 下校イベントは恋愛シュミレーションゲームにおいて定番のイベントだ。


 二人きりで喋ることで親密度を高められる。学校終わりという解放感も手伝い、本来よりも深い話をするチャンスである。


 ただし、失敗もあるイベントだ。


 話が広がらなければつまらない奴と受け取られ評価が下がってしまう。それはあくまでもゲームの話だが、現実でも同じだろう。


 小学生の頃は幼馴染と一緒に下校していたので慣れたイベントと言えるのかもしれないが、あの時はまだ恋心を自覚する前だったから特別なイベントではなかった。


 学校では周囲の目もあったが、今は誰もいない。仕掛けるには絶好の状況だ。


「神原君の家って近いの?」

「ここを真っすぐ行くと数分で家に到着する」

「随分近いね。もしかして、姫ヶ咲を選んだのも家に近いから?」

「それが一番の理由だな」


 世間話をしながら歩いていると、公園が見えた。


 ここは幼い頃によく遊んでいた公園だ。小さな公園で、ブランコと砂場があるくらいのものだ。


「ねえ、ちょっと話していこうよ」


 誘われるまま公園に入る。


 風間はブランコに向かうと、楽しそうに漕ぎだした。俺はその隣のブランコに座った。


「久しぶりに乗ると楽しいね」


 子供っぽい一面を見せたいのか、あるいは本気で楽しいのか風間はご満悦だ。


 よし、ここで勝負だ。


 妖精の猛攻によって精神的に疲弊していた俺は覚悟を決めた。クラスメイトも邪魔者もいないこの場で勝負に出ることにした。


「ブランコよりも隣の席の男子を惚れさせる遊びのほうが楽しんじゃないのか?」

「えっ――」


 風間はブランコを止め、一瞬フリーズした。


「きゅ、急にどうしたの?」

「悪いな。前に風間が告白されてるところを見ちまったんだ」

「告白?」

「数日前に空き教室で山田に告白されてただろ。その後、風間が楽しそうに一人で喋ってるのを聞いちまったんだ」


 そう言うと、すべてを察したのだろう。


「……なんだ、バレてたんだ」


 大きく息を吐き出した。


「だからこれだけ攻めても全然効果なかったんだね。あーあ、サービスして損した。あれ聞かれてたらそりゃ落ちないもんね。調子に乗るとベラベラ喋っちゃう癖はいい加減にどうにかしなくちゃいけないと思ってたんだけどな」


 風間の雰囲気が一変した。顔からは笑顔が消えていた。


「っていうか、知ってたなら先に言ってよね。無駄に頑張っちゃったじゃん。それとも、私のサービスが目当てだったとか? うわっ、神原君ってばモブキャラのくせに性格悪すぎ。最低でーす」


 性格悪いとかおまえにだけは言われたくねえよ。


「で、どうすんの。脅すつもり?」

「おまえと違って性格の良い俺がそんなことするわけねえだろ。大体、脅したところで学校の奴等は誰も信じないだろ」

「まあね。けど、自分で性格良いって言う奴は大抵ロクな奴じゃないよ」

「うるせえ」


 このまま口喧嘩するわけにはいかない。


 わざとらしく咳払いをして無理やり流れを変える。


「なあ、隣の席の男子を狙う理由は何だ」


 最初は単なる悪質な遊びかと思っていたが、途中からは執念みたいなものを感じた。単なる遊びであそこまでするとは思えない。


「知りたいの?」

「そりゃ気になるだろ」

「まっ、バレちゃったからにはしょうがないか」


 目の前に落ちてる石を蹴飛ばした後、風間はゆっくりと口を開いた。

 

「私ね……昔は暗かったの。地味で暗い子だった。誰にも相手されなくて、教室の隅っこでジッとしてるようなタイプだったんだ」


 今の姿からは想像できないな。


「意外だった?」

「ビックリした」

「……そっか。そうだよね」


 何故か風間は満足そうだった。


「地味で暗い私は隣の席の男子を好きになったの。あっ、ちなみにこれ初恋ね。その男子はクラスの人気者で、私みたいな地味な子にも話しかけてくれたんだ。明るくて、社交的で、イケメンで、当時は太陽みたいに感じたっけ」


 そういうタイプの奴はどこにでもいるな。


 クラスの中心人物的存在で、声が大きくて元気な奴だ。ついでに言うと調子に乗りやすいタイプの奴でもある。


「恋心が爆発したある日、そいつに告白したんだ。当時はスマホとか持ってなかったけど、直接告るような勇気もなかった。だからラブレターを書いてみたんだ」


 風間は言葉を止めた。


「どうなったんだ?」

「登校したら黒板に張られてた」

「……酷いな」

「クラスメイト全員に笑われたよ。あれは心折れたな」


 酷い奴がいるものだ。


 やっぱイケメンは敵だな。


「私はショック引きこもりになった。うす暗い部屋の中であいつに復讐する方法ばっかり考えてた。どんな風に復讐しようかって」

「……」

「でも、すぐに状況が変わったの」

 

 変わった?


「親が離婚して引っ越すことになったの。私はこれを生まれ変わるためのきっかけだと思って努力してみた。おしゃれを覚えて、性格も明るくなって、勉強もすごい頑張った。気付いたら周りにはいろんな人がいたわ。周りからは美少女って呼ばれるようになって、男子からもちやほやされるようになったんだ。そしたら、私を狙う男を目当てに女子まで媚びてきた」


 自分磨きで今のような姿になったわけだ。

 

「……初恋の男には復讐したのか?」


 恐る恐る尋ねると、風間は屈託ない笑みで頷いた。


「中学の頃に親の再婚で地元に戻ってきたの。あいつ、私が誰なのかわかってなかった。まあ、苗字も容姿も変わってたから仕方ないけどね。それで偶然また隣の席になったから鍛えたテクニックで惚れさせてやったわ。たった数日で好きになっちゃったみたい。顔を真っ赤にして告白してきたんだ」


 そう言って風間は遠くを見つめた。


「ホントに快感だったな、あれは」


 何となく気持ちはわかる気がする。


 俺の失恋はいずれも告白前に終わったわけだが、もし二度目の恋が成就していたら幼馴染には復讐した気分になったかもしれない。


「告白は当然断ったわ。でも、あの時の優越感は今でも忘れられない」

「それで今に繋がったと?」

「そっ。隣の席の男子はあいつを思い出して気分が良くなるんだよね。どうしても告らせてやりたくなるんだ。で、フッてやるの」


 初恋の復讐から快感に目覚めちまったわけだ。


 その感覚のまま現在までやってきたと。


「理由はそれだけよ。隣の席になった相手に恨みがあるとかそういうことじゃない。ただ私がいつまでも根に持ってるっていうか……そう言った意味じゃまだ初恋に囚われたままなのかもね。実際、二度目の恋とかまだしてないし」


 言い終えた風間はどこかスッキリした表情だった。


 この話は恐らく事実だろう。ここで嘘を吐くメリットもないだろうしな。


 どうする?


 性格が悪い女と突き放すのが正しい選択の気もするが、現在の俺は風間を攻略しなければいけない立場だ。その選択肢はありえない。ここで風間を糾弾したら恋愛関係に発展など不可能だろう。


 ここで優しくすればイケるのか?


 恋愛経験皆無の俺にはこの場面で投げる言葉が残念ながら見当たらない。


「話はこれで全部よ。話しながら思ったけど、やっぱり私って相当性格腐ってるわね。まあいいか。それで、話を聞いた感想は?」


 しかし、あの秘密をバラされるわけにはいかない。


 すべては「長文ニキ」というあだ名を付けられないために。そして、平穏な高校生活のために。


「聞いて納得したよ。風間は悪いことをしてないと思うぞ。むしろ素晴らしい行いをしたと褒め称えたいくらいだ」


 俺は意を決して、そう口にした。

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