第5話 妖精の猛攻

 妖精の裏の顔を見てから数日が経過した。


 あの日から風間幸奈の攻撃が始まった。これがまた非常にえげつないものであり、もはや猛攻といってもいいレベルだ。


 内容を一部紹介しよう。


 最初は授業中だった。消しゴムが机の下に転がってきた。


「ゴメンね、消しゴム落としちゃった」

「任せろ」


 紳士の俺に拾わないという選択肢はない。


 机の下に潜って消しゴムを拾う。

 無事にミッションを完遂し、机の下から戻ろうとした時だった。不意に風間が足を動かした。スカートが揺れ、下着が見えそうになった。


「……」


 俗にいうラッキースケベだ。


 天が与えてくれた贈り物に感謝していると、先生の声が聞こえたので慌てて我に返った。拾った消しゴムを風間に渡す。無論、ラッキースケベが発生したことなど表情には出さない。あくまでも紳士を装う。


「ほらよ」

「ありがとね、神原君」


 風間は俺の手をぎゅっと両手で包み込みながら感謝の言葉を述べる。柔らかい手の感触にドキッとした。


「拾ってくれるなんて優しいんだね」

「っ、これくらい普通だろ」

「そんなことないよ。助かっちゃった」


 しばらくして風間はゆっくりと手を解いた。その後、少しだけ妖艶な表情を浮かべると。


「……見た?」

「な、何のことだっ!?」

「ふふふっ、顔赤くなってるよ」


 ここで初めて足を動かしたのが俺を惚れさせるための攻撃だと気付いた。あれは天からの贈り物などではなく罠だった。


 この時は頭の中にネトゲの嫁を思い浮かべて平静を保った。

 

 攻撃はこれだけではない。別の授業ではさらに火力の高い攻撃を繰り出してきた。


「ゴメン、教科書忘れちゃった。見せてもらっていいかな?」

「構わないぞ」


 風間は机をくっ付けてきた。


「ありがとね。よくやっちゃうんだ、私ってドジだから」

「気にするな。俺もたまに忘れる」

「似た者同士だね、私達」

「いや、忘れ物くらい誰にでもあるだろ」


 教科書を忘れる程度はよくある、と気にしちゃいなかった。


 そこまでは良かったのだが、風間は机だけでなく体も密着させてきた。


 あまりにも接近するものだから、俺が教科書のページを捲った際に風間の胸に手が当たってしまった。というか、絶対にわざと当ててきた。明らかにページを捲るタイミングで体を寄せてきたし。


「もぅ、神原君のえっち」

「ゴメン!」


 おまえが密着してきたからだろ。

 

 とは言えず、俺に出来たのは慌てふためきながら謝罪することだけだった。我ながら情けなかった。


 胸元を手で抑えながら風間はジト目で俺を見た。


「今のわざとでしょ?」

「違う、偶然だ!」

「ホントに?」

「ホントだっ!」


 授業中ということを忘れて声を張り上げてしまった。そのせいでクラスメイトから変に注目されて気まずい思いをした。


 若干の恨みを込めて隣に視線を送ると、風間は楽しそうに笑っていた。


「イチャイチャしてるのがバレちゃったね?」


 なんて言いだしやがった。


 これがもし裏の顔を知らない状態で言われたら秘密の共有みたいな感じで気持ちが盛り上がったかもしれない。


 この時は推しVtuberの次回配信の内容を考えて気を紛らわせた。


 ボディタッチなど直接的な攻撃も多かったが、たまに別の切り口で仕掛けてきたりもした。


「神原君の字ってきれい」

「親が厳しくてな」

「字がきれいな人っていいよね。頭良さそうに見えるから」

「まあ、それは一理あるかもな」


 あくまでもイメージだが、確かに字がきれない人は何となく頭が良さそうという印象がある。


「神原君って目立たないように見えて意外とスペック高めだよね。頭は良いほうだし、会話は面白いし、運動だって出来るんだよね。目立たないように振る舞いながら実はスペック高めとかマンガの主人公みたい」


 この発言には引いた。


 残念ながら俺の頭は平均そこそこだし、運動神経だって普通だ。会話内容もアニメ系ばかりでお世辞にも面白くはないだろう。


 こいつ、俺をモブキャラ君とか言って馬鹿にしてたよな。恐ろしいほど平気で嘘吐いてくるじゃねえか。


 本性を知っていたので効かなかったが、もし本性を知っていなければ陥落していたかもしれない。恐ろしい奴だ。


 攻撃は日増しに苛烈になっていった。


 向こうに悪意があるとわかっていながらも、攻略対象である風間を邪険にはできない。下手に拒絶したら距離を開けられてしまうかもしれない。そうなれば別の姫と接点を持つところからのスタートになる。それはそれで困る。


 だから俺は攻撃を受け続けた。悪意があると知りながら、発言が嘘だとわかりながら耐える日々は精神的に悪かった。


 しかし、ふと考えてみた。


 彩音は別に付き合う必要はないと言っていた。仲良くして周囲の人間を誤解させればいいとも言っていた。


 クラスメイトは俺達が仲良くしている様を見ている。


 これはこれで作戦成功してないだろうか?


 一瞬そう思ったが、全然ダメだった。


 これくらいのスキンシップは風間にとっては日常茶飯事らしく、誰も気に留めていなかった。振り返ってみればこれまでも風間は隣の席の男子とイチャイチャしていた気がする。


 結局、どうすることもできなかった。


 ◇


「……」


 とまあ、こういった感じで数日過ごした。


 今日も無駄にボディタッチされ、心にも思っていないであろう発言で散々持ち上げれた。


 放課後になった現在、机に突っ伏してゲッソリしていた。本性がわかっていれば耐えられると思っていた過去の俺はどうかしていた。


 しかしあれだ、普通ここまでするか?


 最初はくだらない遊びだと思っていたが、風間の行動には執念みたいなものを感じた。何が何でも惚れさせてやるという強い意気込みを感じる。


 もしかしてその辺りに風間を崩す手立てがあったりするのか?  


 自問しても答えは出ない。


 ただ、確実に言えるのは長期戦が無理ってことだ。

 精神的な意味でもそうだが、次の席替えで遠い席になれば関係は希薄になる。隣の席でいる間に決めるしかない。風間のほうも俺を攻略する気でいるらしいが、向こうがどれだけ根気強いのかわからないし。


 きっかけが必要だ。この閉塞した状況を打破するきっかけが。


「ねえ、神原君」


 多くの生徒が下校したタイミングで風間が声を掛けてきた。 


「どうした」

「暇なら一緒に帰ろうよ」

「俺と?」

「うん。神原君ともっとお喋りしたいんだ」


 きっかけになりそうなイベントが訪れた。

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